第39話 鬼幻楼、炎上
ルッタたちが脱出したのとほぼ同時刻、鬼幻楼の最奥にて。
「……なんか、焦げくさないか?」
同盟の盃を交わしたばかりの河和羅会会長――河和羅鱗之助は、机の向かいに座る鬼幻組組長――鬼幻赤蔵に向かって訝し気に問いかけた。
「気のせいじゃろう」
赤蔵はそう答えてぐいっと酒をあおる。
「ワシの吸うとった煙草のせいじゃと言いたいんか? ……そがいな回りくどい文句たれられたところで、ワシはやめんぞ?」
そして、真っ赤な顔に薄ら笑いを浮かべた。
「アホ抜かせ。煙草のことだったらこんな遠回しな言い方せぇへんわ」
鱗之助が不満げに言った直後――
「お、オジキぃッ! 屋敷が……燃えとりますッ!」
広間に駆け込んで来た鬼の手下たちが、うろたえた様子で報告する。
「なんじゃとォ……?!」
唸るような声で言いながら立ち上がる赤蔵。
「辺り一面……火の海でがんすッ! 早う避難を――」
――ドゴオォォォーーーンッ!
手下の鬼が言い終わる間もなく、爆音が響き、外からなだれ込んできた炎が大広間を呑み込んだ。
「ぐぼああああああああぁッ!」
「ぎぃやゃああああああああああッ!」
燃え盛る炎によって、赤蔵や鱗之助とその側近たちは派手に焼き尽くされていく。
「なんじゃあこりゃあああああッ!」
「皿が割れるうううううううゥッ!」
人より遥かに頑丈な妖怪たちの肉体も、流石に耐えられなかったようだ。
「……ぐふっ!」
広間全体が火に包まれ、天井が崩れ落ち、鬼や河童たちはその下敷きになってゆく。
「う……ごほっ、ごほっ! おい……鱗之助ェ……まだ、生きとるかァ……!」
「あ、アカン……ワイの皿が……乾く……っ!」
辛うじて意識があったのは、煤だらけになった赤蔵と、熱気で干からびて死にかけている鱗之助だけであった。
「赤蔵ォ……ワイら、もう……終いやなぁ……! なんで……こないなことに……ッ!」
鱗之助はかすれた声で嘆く。
「ワシら……どこで間違ったんかのう……」
言いながら天を仰ぐ赤蔵。見えるのは今にも焼け落ちそうな天井だけである。
「間違えとんのは……おどれの防火意識や……! 熱に弱い河童……巻き込むなやぁ、ドアホ……!」
「アンタら……河童じゃろうが……! 水でもなんでも吐いて……消火せい……! ――がはッ!」
「無茶ぁ……言うなや……! ジブンらだって鬼やろ……炎くらい……根性で耐えんかいっ! ――ごふッ!」
その瞬間、天井が崩れ落ちて二人の姿は火の海に消えた。
――かくして、妖怪の二大勢力であった鬼幻組と河和羅会は、同盟を組んでから間もなく壊滅したのである。
めでたしめでたし。
*
一方その頃、屋敷の外では。
「あかぞーっ! りんのすけーっ!」
ルッタは眼前で燃える鬼幻楼を前に、涙を浮かべながら叫んでいた。
「あかぞーーーーーーーーっ!」
彼はオボロたちと共に怪我無く屋敷を脱出したが、外に出たところで「間接的に倒してしまったモンスターからは経験値を得られない」という、取り返しのつかない事実を思い出してしまったのである。
「りんのすけーーーーーーっ!」
地面に両手を付き、じりじりと屋敷の方へ這って行こうとするルッタ。
「うわーーーーーーーっ!」
「お、落ち着くでござるよるっ太! 今戻れば、お主も焼け死んでしまうでござるっ!」
オボロは彼のことを全力で押さえつける。
「生を諦めかけていた私が言えた義理ではないが……無意味に命を投げ捨てるようなことはするな」
ユキマルも弱った体でそれに協力し、屋敷の中へ再び突撃しようとするルッタを必死に引き留めていた。
「離してくださいっ! 僕は……赤蔵と鱗之助を見殺しにするわけにはいかないのですっ! 僕の……僕の手で倒さないとっ……経験値がっ!」
「諦めるでござる。……いくら妖怪といえど、この火の中ではもう助からぬ! 黒焦げでござるよ!」
「そ、そんな……っ!」
ルッタはがくりと項垂れる。
「……そなた、もしや仇討ちか? あやつらに家族を……」
「いえ、経験値です……っ!」
ユキマルの問いかけには、そう返事をした。
「……けいけんち?」
「経験値がっ! 僕の大切な……鬼幻楼がっ……!」
「別にそなたのものではないと思うが……」
冷静なツッコミを入れるユキマル。
「まだぜんぜん攻略してないのに……っ! 宝箱もボスも……沢山残ってたのにっ! おーいおいおいっ!」
「…………本当においおいと泣く者が存在するのだな」
意味の分からないことばかり口にしながら泣きじゃくるルッタを見て、彼はそっとしておくことに決めた。
ひとまず、彼との対話は無意味だと感じ取ったからである。
「あ、屋敷が崩れるでござるよ」
オボロが呟いた次の瞬間、燃え盛る屋敷は大きな音を立てて崩壊していく。
「あーーーーーーっ!」
そうして、ルッタの悲鳴が響き渡るのだった。
「き、きげんろー……っ!」
「元気を出すでござるよるっ太! 妖怪の根城を焼き払えたのも、全てお主のおかげでござる!」
「うぁあっ……!」
励ましのつもりでかけたオボロの言葉は、完全にトドメとなった。
「こんなの……あんまりですよぉ……っ! おーいおいおいっ!」
――かくして、鬼幻楼は跡形もなく焼失したのである。




