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第4話 こっそり屋敷を抜け出そう!


 魔術を暴発させてしまったルッタは包帯で体をぐるぐる巻きにされ、自室のベッドに寝かされていた。


(大した怪我ではないのに、これはやりすぎではないでしょうか?)


 彼は内心そう思っているが、今は言い出せるような雰囲気ではない。


 何故なら、お見舞いに来た両親と姉がベッドのかたわらに勢ぞろいしているからだ。


「はっはっはっ! まさか、六歳で魔導書の内容を理解して派手に火魔法をぶっ放すなんてな!」


 父のクロードはそれほど深刻な怪我ではないと判断したらしく、心底愉快そうに笑った。


「笑い事ではありませんっ! 一歩間違えていたら、命に関わっていたかもしれないのに……っ!」


 一方、母のステラは最悪の事態を想像して涙ぐんでいる。


「だったら、むしろ少しの怪我で済んだことを喜ぶべきだろう? それに、六歳でこんなことをしでかすルッタは間違いなく将来大物になるぞ! ――やはり適性は私と同じ『火』かな?」


「ルッタもリリアも、幸せに生きてくれればそれで良いのです。何も……大物になる必要なんて……」


「ステラ。――親がどう思っていようと、子は勝手に育つものさ!」


 クロードはカッコつけた顔で言った後、小声でぼそりと続けた。


「この台詞、一回言ってみたかったんだ――うぐっ?!」


 そして、ステラに無言で腹を小突かれうずくまる。


(お母さま、今のは禁じられた暴力なのではないでしょうか?)


(これは愛ある拳よ、ルッタ)


(…………なるほど?)


 ルッタとステラは、視線だけでそんなやり取りを交わした。


(愛があれば人を殴ってもよし……ということですねお母さま!)


 教育に失敗し、さらに危険な思想に目覚める六歳児。


「ルッタちゃん大丈夫……? 苦しかったら、いつでも私を呼ぶのよ……?」


 するとその時、姉のリリアが心配そうな表情でそっと彼の頭をなでた。


「……毎度お騒がせしてすみません、リリア姉さま」


 結果的に姉ばかり不憫な目に遭わせていることを申し訳なく思ったルッタは、言いながら掛け布団で顔の半分を隠す。


「もう危ないことはしないでね、ルッタちゃん」


「それは……前向きに検討しておきます」


 もう少し堅実なゲームプレイを心がけようと、その瞬間だけは反省するルッタであった。


「――リリアの言う通り、しばらくは危ないことをせず安静にしていなさいね」


 ステラは目元の涙を拭いながら告げる。


「はい! ええと……半日くらいでいいでしょうか?」


 一刻も早くレベルアップしたいルッタは、うずうずしながら問いかけた。


「そうね……怪我の具合から考えて、最低でも三日間」


「そ、そんなっ!? 聞き間違いですよねっ?」


「三日間!」


 それは明らかに多い日数だった。ワームの一件もあり、しばらくは反省させたいという意図もあるのだろう。


「な、長すぎますっ! せめて一日――いや、四分の三日さんにちくらいにしてくださいっ!」


「おかしな言葉を作ってはいけません。……魔力が少なくなっている状態で動き回ったら、ふらついてまた怪我をしてしまうかもしれないでしょう? だから三日は絶対安静よ」


「あう……!」


 癒しの術に長けた聖女である母の診断には誰も異議を挟めないため、今回ばかりは父の助け舟も期待できない。


「おやすみなさい、ルッタ。まずは眠って空になった魔力を回復させるの」


「……はい。おやすみ……なさい」


 かくして、何もできない療養の日々が始まってしまったのであった。


 *


 ステラから三日間の療養を言い渡され、退屈な時間を過ごすルッタ。


(これだけ時間があると……天井を眺めるのも飽きてしまいます……)


 素晴らしいグラフィックも、見続ければいずれ慣れてしまうのである。


(仕方がありません……レベル上げではなく、ステータスアップの訓練をしましょう)


 追い詰められたルッタが始めたのは、魔力の鍛錬であった。


 アルティマ・ファンタジアでは、MPを回復する度に少しだけ最大値が伸びていくシステムになっている。


 従って、魔力を増やしたければ消費と回復のサイクルをひたすら繰り返せば良いのである。


 十分に眠ったことで失われた魔力は回復したため、後はどうにかしてもう一度魔力を消費すれば良い。


「ファイアーボ……を撃つのは危険ですね。他の安全で簡単そうな魔術を使えないか試してみましょう」


 危うく同じ過ちを繰り返しそうになりつつ、他に使える魔術がないか検証を始める。


水球ウォーターボール……って、よく考えたらこれも勘違いされるので色々と危ないですね。発動しなくてよかったです」

 

 水魔法の詠唱は失敗に終わり、ほっと胸をなで下ろすルッタ。


(発動の仕組みを理解できた火球ファイアーボールの応用でやれそうな魔術があれば……)


 そこまで考えて、ルッタはある魔術の名前が頭に浮かぶ。


灯火トーチ


 その呪文を唱えると、彼の体がわずかに発光した。


「おお……!」


 灯火トーチとは、暗いダンジョンを照らすことができる補助魔法である。


 火魔法と光魔法の要素を持つが、分類はなし――即ち無属性だ。


(よく分からないけど……上手くいきました!)


 原作をプレイしたことで全ての魔術のイメージが明確に頭の中にあるルッタは、発動の仕組みさえ推測できればいつでも魔術を習得することができてしまうのだ。


(でも、原作の灯火トーチは手のひらから光る球を出す魔法だった気が……)


 ただし、完璧ではない。


(と、ともかく……もっと出力を高めてこれを発動し続ければ、魔力の消費も簡単にできそうです……!)


 ぴかぴかと発光しながら、きらきらと目を輝かせるルッタ。


 まずはその目を閉じ、体内を循環する魔力を限界まで外側に放出するイメージをした。


 ルッタの体は昼間でもはっきりと分かるくらい強く発光し、急激に魔力が消費されていく。


(……ふぅ、まずはこのくらいですね)


 魔力欠乏によって意識を失う寸前で切り上げ、今度はじっと瞑想をして回復を待つのだった。


(もう一度……!)


 基本的に、完全に魔力が失われなければ回復までそれほど時間はかからないのである。


(このくらいが限界ですね……!)


 本人は至って真面目だが、寝ている子供がピカピカと発光し続ける異様な光景がそこには広がっていた。


(それでは、もう一度いきましょう……!)


 そうして、何度も魔法による点滅を繰り返すルッタ。


 ――当初は数秒で気絶寸前まで追い込まれていたが、日が沈むころには一時間近く発光し続けられるようになっていた。


「はぁ……はぁ……、疲れました! ずっと寝てるのに! 視界が歪んで頭がガンガンします!」


 幼少期は訓練によって魔力が伸びやすいのだ。


 しかし、普通の子供の精神で魔力欠乏の苦痛に耐え続けることは不可能に近い。


 様々な事情から異常な精神構造をしているルッタだからこそできる危険な芸当であった。

 

 だが、そんな彼にもとうとう精神の限界が訪れてしまう。


「飽きました!」


 二日目の深夜、彼は退屈に敗北した。


(あのアイテムがあれば、こういう時でも簡単に移動できるのに……)


 原作序盤に登場するとあるキーアイテムを思い浮かべながら、そんなことを考えるルッタ。


(……よし、決めました! お屋敷を抜け出して、あのダンジョンに行きましょう! ボスを倒すのではなくアイテムを取りに行くだけだったら、安静にしているのと変わりないはずです! きっとそうですよねお母さま!)


 どうやら、いよいよルッタは屋敷の外へ飛び出しダンジョンへ挑むつもりらしい。

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