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第36話 土蜘蛛の悲しき過去!?


 蜘蛛蔵の番人を名乗る妖怪との戦闘が始まってから、わずか数分後。


「ツララ……オラは、もう駄目だァ……」


 弱弱しい声で呟いた土蜘蛛の体は、土遁の術と拳による殴打によって痛々しい傷跡が無数に刻み込まれていた。


「おにいちゃん……しっかりして……!」


 ツララは彼に縋り付き、ぽろぽろと涙を零す。


 ルッタとオボロは、そんな二人の姿を何も言わずに見ていた。


「ごめん、な……ツララぁ……」


「ごめんじゃない……死なないで……っ!」


 満身創痍の土蜘蛛は、ゆっくりと目を閉じる。


「……オラ、たちが……人間だった時のこと、覚えてるかぁ……?」


「……。あんま覚えてない……」


 ツララは小さく首を振った。


 *


 ――それは、まだ彼が人だったころの話。


 農作業を手伝わず、怠け者と蔑まれていた男はある日、毎日のように罵倒してきたうるさい両親を殺した。


 そのまま家を焼き払い、名を捨てて人里離れた洞窟に隠れ住むようになったその男は、やがて土蜘蛛と呼ばれて恐れられるようになる。


 近くを通りがかった人間を殺し、身包みを剥いで暮らしていた彼はある時、奪った荷物の中から氷のように冷たく透き通った水色の石を見つけた。


 そっと伸ばした指先がそれに触れた瞬間、辺りの空気が凍り付く。


 石はまばゆく光り輝き、一人の少女の姿へと変化した。


「おにいちゃん……あそぼ……?」


 呆気に取られる土蜘蛛に対し、雪のように白い少女――ツララは言う。


「あァ? オラのこと呼んでるのかぁ……?」


 土蜘蛛の問いかけにコクリと頷く少女。


「あそんで……?」


「…………うるせぇ、死ねぇッ!」


 反射的に振り払った拳は、少女に触れる寸前で凍り付く。


「ひいいいいぃっ!?」


 予想外の事態に恐怖し、腰を抜かす土蜘蛛。


「あそんで……くれないの? おにいちゃん……?」


「あ、遊ぶッ! オラが遊ぶっ! だから許してええええええッ!」


 そうして、彼は訳も分からぬまま少女の兄となった。


 *


 目を閉じ過去を振り返った土蜘蛛は、昔を懐かしむように兄妹の身の上を語り始める。


「オラたち、親に捨てられて……盗みでも、何でもして生きてきた……泥水だってすすったなァ……っ」


「そ、そうだっけ……?」


「ああ、そうだァ……。ツララはまだ、ろくに言葉も喋れないような、赤ん坊だったからなぁ……。覚えて、ないのも……無理はねぇ……っ」


 ちなみに、土蜘蛛の語る身の上話は当てにならない。なぜなら、それらは全て捏造された記憶だからである。


 彼の頭は、自身に都合の悪い記憶を美しく書き換えることに長けていた。


「ツララがひでぇ熱出したとき……どうしても薬が必要で……それで……オラ、盗みがバレてなァ。村の奴ら……お前のことまで何度も何度も、棒で叩きやがった……!」


「…………。う、うんっ」


「痛かったよなぁ、ツララ……あのとき、守ってやれなくてごめんなぁ……」


「そんなこと、どうだっていい……! おにいちゃんがいてくれれば……それだけでいいの……!」


 主人に似たせいか、ツララもあまり記憶力が良い方ではない。


 言われたことは例え嘘であっても素直に信じてしまうのである。


「……思えばオラたち……ニンゲンの時は、ずっと……奪われてばっかりだったなぁ……っ」


「ひっぐ……っ!」


「……あれから、色々あったけどよぉ……二人で鬼になって……ここに迷い込んだニンゲン……いっぱい、殺すの……楽しかったよナぁ……。オラたち、やっと奪う側になれたんだ……!」


「うん……! だからまだ……死んじゃだめ……! もっといっぱい……ニンゲン殺そうよっ……!」


 大粒の涙を流しながら必死に訴えかけるツララ。


 しかし土蜘蛛の体は徐々に崩壊していき、脚が一つずつ折れて落ち始める。


「やっと、面白くなってきたのに……オラ……まだ死にたく、ねぇなぁ……」


「おにいちゃんっ! おにいちゃああああああああんっ!」


 ツララが叫んだ次の瞬間、土蜘蛛の体は完全に塵となって消えてしまった。


「あっ……」


 ほどなくして、ツララの体も風に吹かれた雪のように消失していく。


 そうして残されたのは、蜘蛛の糸と氷の精霊石だけであった。


「――例えどのような過去があろうとも、人を襲うあやかしに慈悲はないでござる」


 全てを見届けたオボロは、わずかに残った土蜘蛛の残骸へゆっくりと歩み寄っていく。


「然れども……せめて安らかに」


 そうして、両手を合わせて静かに祈りを捧げるのだった。


「アイテムゲットですっ!」


 ――その間、ルッタは嬉々としてドロップアイテムを回収する。


「蜘蛛の糸は投げつけた相手の素早さを下げるアイテムなので、サポートキャラのオボロが持っていた方が良いですよね!」


「……あまり気は進まぬが、もらっておくでござる」


 オボロはルッタから『蜘蛛の糸』を譲り受けるのだった。


「土蜘蛛の邪気のこもった代物を、ここに捨て置くわけにはいかないでござるからな」


 彼女はそう言った後、忍術を使い蜘蛛の糸を燃やして供養した。


「えっ……」


「これで土蜘蛛の怨念が蘇ることはないでござろう。一安心でござるな」


「………………」


 ドロップアイテムは燃やされる運命にあるのだ。


「あの、それで……こっちの石はツララを呼び出せる精霊石なのですが……」


「なるほど。少女の方は雪の精だったのでござるか」


「つ、使いこなせる人を知っているので、僕がもらってもいいですか?!」


 精霊石まで燃やされてしまわないよう、必死に訴えかけるルッタ。


「――かまわぬ。また悪しき者の手に渡ってはいけないでござるからな」


「ありがとうございます! これでお姉さまをさらに強化できますよっ!」


「………………うむ?」


 その時、オボロは呼び出した雪の精と本当の兄妹であったかのような過去を語っていた土蜘蛛に対し違和感を覚えたが、過ぎた事なので深くは考えないことにした。


 そんなことよりも、さらに重大なことに気づいたからである。


「あの……オボロ? いきなり黙ってどうしたのですか?」


「――近くにユキマル様が居るでござる!」


 彼女はそう言うと、薄暗い蔵の奥へ向かって走り出すのだった。

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