第30話 今日も楽しくレベル上げ!
リゼリノ建国記念祭から数ヶ月後、ルッタはいつも通りの日々を送っていた。
平穏な日常が戻ってきたのである。
あれから、イーリス第三王女は度々アルルー邸を訪れるようになった。
どうやらいつの間にかルッタは国王公認の許婚になってしまったようである。
この件に関して、父は大喜びしていたが、母は失礼がないか心配し、姉は密かに王女へ嫉妬していた。
アルルー家には現在、三者三様の想いが渦巻いているようだ。ちなみに、ルッタは特に変わっていない。
――それから、グランも時々ルッタの元へ訪れるようになった。
両親同士の交友のついでに連れて来られているだけなのだが、許婚の話を聞いてから少し様子がおかしい。
というのも、男の子だったルッタのことを仕方なく諦めた彼は、新しくイーリス第三王女に想いを寄せていたのだ。
王女と呼ばれている以上、性別が確定しているという安心感が一番の決め手である。
……結果的に、グランは幼くして二度も失恋の衝撃を味わうこととなった。
好きな子と好きな子が許婚になったという衝撃の事実が、未熟だった彼の精神を大きく歪めてしまったことは言うまでもない。
変な方向へ目覚めてしまったグランに、悪の道を歩んでいる余裕はないだろう。彼の将来は救われたのである。
これにて一件落着だ。
*
「ふわぁ……」
――あくる日の早朝、ルッタは小鳥のさえずりを聞きながら目覚めた。
「とうっ!」
素早くベッドから起き上がった彼は、ナイトキャップを脱ぎ捨て、寝巻きから動きやすい服に着替える。
「そー……っ」
そして、音を立てないようゆっくりと部屋を出た。
朝早くから働いている使用人たちに見つからないよう、物陰に隠れて移動し、裏口から屋敷の外へ出るルッタ。
彼の目に飛び込んできたのは、どこまでも続く青空に、そよ風で揺れる森の木々。
いつもの美しい自然を目の当たりにしたルッタは、希望に満ちた顔でこう言った。
「今日もいいグラフィックです!」
そうして、彼はレベル上げをするために森の中へと消えていったのである。
*
彼が向かったのは、アステルリンクで移動することができない森の奥深くに存在する「ひみつきち」だ。
原作では聖域と呼ばれているこの場所には、アルルー邸から「迷いの森」と呼ばれる特殊なループ構造をしたマップを通ることで辿り着くことができる。
聖域は世界の各地に点在する浄化された土地の呼び名であり、立ち寄るだけでHPとMPを全快できるのだ。
迷いの森にある聖域の中心には、人間が一人入れるほどの小さな祠が佇んでおり、そこの地下室がルッタの「ひみつきち」になっている。
「……到着しました!」
散歩の末に聖域へとやって来たルッタの右腕には、大きなワームが一匹だけ抱えられていた。
おそらく森で捕まえたばかりの個体である。
「もうすぐ離してあげるので、まだ暴れないでくださいね!」
彼はそのままいつも通り祠の中へ入り、地下へと続く階段をゆっくりと下りていくのだった。
やがて階段が終わると、武骨な石の扉が現れる。向こう側からは、何かのうめくような声が漏れ聞こえていた。
しかしルッタは、躊躇なく石の扉を開ける。
その先には、魔力によって光る魔導灯が吊り下げられた殺風景な地下室が広がっていた。
――秘密基地は、原作に登場する拠点システムである。
アステルリンクを手に入れることで解放され、世界中に点在する魔物の寄り付かない浄化領域――聖域や秘境と呼ばれる場所に、秘密基地を設置することができるようになるのだ。
秘密基地には様々な機能が存在し、内装のカスタマイズや友好キャラクターの招待、魔物の収容などが行えるようになっている。
ルッタは現在、この秘密基地をレベル上げ用モンスターの保管施設として利用していた。
「みなさんおはようございます!」
薄暗い部屋に向かって、意気揚々と挨拶をするルッタ。
「あああああああああああああああああッ! 死ねッ! 死ねッ! 死ねええッ!」
「ごめんなさいぃ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいっ……! ひいいいいいっ!」
彼の視線の先には、椅子に縛り付けられたラヴェルナとセレーヌの姿があった。
二人ともすでに正気を失っている様子である。
自由にさせていても部屋の外へ出ることはできないが、放っておくと自傷行為を始めてしまうので縛り付けてあるのだ。
「僕の方こそごめんなさい……ボグレスとガルゴルのことも探しているのですが……僕が爆発させて吹き飛ばしてしまったせいで、生きているのかも分からないのです。レベル上げはみんなでした方が効率がいいのに……」
ルッタは二人に向かって、申し訳なさそうに語りかける。
「……でも、いつかきっと見つけ出してみせます!」
「いやああああああああああああッ!」
「落ち着いてくださいセレーヌ!」
彼は建国記念祭の後も定期的に自身が誘拐されていたダンジョンを訪れ、潜伏していたラヴェルナとセレーヌを見つけ出して捕獲していたのだ。
しかし当初から二人とも発狂状態であり、まともに戦ってくれなかった。
一方的に殴るだけだと獲得できる経験値の量が減ってしまうので、二人がもう一度元気になれるよう、こうしてお世話をしているのである。
「……それから、今日もワームを捕まえて来ましたよ! この子を増やしてみんなでレベル上げをすれば、きっとラヴェルナもセレーヌも発狂状態が治るはずです! 体を動かすことは大切だとお父さまが言っていましたからね!」
原作の発狂状態は殴られれば治るので、ルッタには二人を元に戻す方法がこれしか思いつかなかったようだ。
「クソガキっ、やめろ……やめろおぉッ……!」
「ゲーム……これは、ゲーム、こわい……たすけて……たすけてたすけてたすけて……たすけてぇぇえっ……」
掠れた声でうわ言のように呟くラヴェルナとセレーヌ。
ルッタは彼女らの言葉を軽く受け流し、持っていたワームを両手で真っ二つに引き裂いた。
「心配しなくても、増やし終わったら縄を解いてあげますよ! 殴るなら自分ではなく、僕やワームにしてください! みんなで殴りあって防御力と攻撃力のステータスをアップさせましょう!」
言いながら、手際よく分裂したワームたちを引き裂いていき、どんどん数を増やしていくルッタ。
基本的に魔物は分裂するとHPが半分に減ってしまうが、聖域では全てが勝手に回復する仕様であるため、ワームもあっという間に増えていくのである。
一匹持ち込めば簡単に増殖させられるという事実は、ルッタにとって革命的であった。
「ああああああああああッ! ここから出せええええェッ! 」
「いやぁ……っ! 離してくださいぃいいいいいっ! 来ないでえええええっ!」
足元に群がって来るワームたちを前に、半狂乱になって叫ぶラヴェルナとセレーヌ。
「あと少し……もう少しだけ増やしたいので……待っていてください!」
――無限に回復する場所で、分裂モンスターとボスを混ぜ合わせて殴り合う。それこそが、ルッタの導き出したレベル上げの答えであった。
ひみつきちはこれからも更に進化していくだろう。
「さてと……。それじゃあ、今日もよろしくお願いしますね!」
「ぎゃああああああああッ!」
「いやああああああああッ!」
地獄のような光景が広がる地下室に、ラヴェルナとセレーヌの絶叫が響き渡った。
「レベル上げ開始ですっ!」
――ルッタの奮闘はまだまだ続く。
第一章 『ルッタ・アルルー奮闘の日々』 完




