第3話 怒られたので魔術の勉強をしよう!
地下室でワームを増殖させていることが両親にバレてしまったルッタは、謎の液体まみれだったのでひとまずお風呂で強制的に洗われることとなった。
自分で洗えるという言い分は聞き入れられず、メイドに取り囲まれて隅々まで洗われ、この上ない屈辱を味わうルッタ。
メイドたちは呆れた様子で「ルッタ様の脱いだ服がいつも汚れている理由が分かった」と口にするのだった。
――体が綺麗になった後は、廊下で母親のステラによるお説教が始まる。
「ルッタ! どうしてあんなことをしたのっ! お姉ちゃん泣いてたでしょうっ!」
右手の人差し指をピンと立て、まん丸な青い目をつり上げながら怒るステラ。
彼女が動く度に、一つに結ばれた白髪がぶんぶんと左右に振れる。
「ごめんなさい。子供にはちょっとしげきが強すぎる光景だったみたいです……」
ルッタは、母のややオーバーな動きを目で追いながら謝罪した。
「あなたもまだ子供ですっ!」
(お母さまのアニメーションは本当によく作り込まれていますね。製作陣の本気が伺えます! 悲しいことに……原作では第一章が終わったら眠ったまま動かなくなってしまうのですが……)
ステラの言葉は、あまりルッタの耳に届いていない様子である。
「パパ! あなたからも何か言ってあげてくださいっ!」
どうしようもなくなったステラは、地下室から戻って来た黒髪に赤い瞳を持つ青年――夫のクロードに助けを求める。
「ステラ、男の子ならこれくらいのイタズラはするものさ!」
しかしクロードは、顎に手を当てながら何故か自慢げにそう言ってのけた。
「俺もよく怒られたなぁ……だが今となっては良い思い出だ!」
彼はルッタに似て物事をあまり深く考えない性質なのである。
「僕は本気なので、いたずらではないのですが……」
小声で不服そうに呟くルッタ。
「いくら何でも度が過ぎてますっ! あんな、思い出すだけでもおぞましいこと……!」
ステラは身震いした。どうやら彼女もワームが心の傷になってしまったらしい。
「まあまあ、落ち着いてくれよママ。地下室のワームは私が魔法で焼き払ったんだから、それで良いだろう?」
「よくありませんっ! あのまま放置していたら、屋敷中がワームまみれになっていた可能性だって……ひぃぃっ!」
最悪の事態に対する想像を膨らませ、ガタガタと震えるステラ。
「そ、そんな……っ! あんまりすぎます! お父さまっ!」
一方、何故かルッタは父の言葉にショックを受けていた。
「レベル上げをするのは自由ですが……ワームは一匹残しておいてくださいっ! 増やせなくなってしまうので!」
彼はこの期に及んでもなお、屋敷でのレベル上げを続行するつもりだったのである。
「ルッタ……残念ながら、これからうちにワームを持ち込むのは禁止だ! ママとリリアが怖がるからな!」
「なっ、なんと……!」
「お前は賢いから、一度言えば分かるだろう?」
言いながら、豪快な手つきでルッタの頭をなでるクロード。風呂上がりで梳かしたばかりの髪がくしゃくしゃになる。
「た、確かに僕は人生二周目なので賢いですが……」
「どこで覚えて来るんだそんな言葉?」
その時、ルッタはふと前世の記憶を思い出す。
(そういえば、前世でも小さい頃に虫を持って帰って怒られた記憶があります……! なるほど、虫を家で勝手に増やすのは良くないことなのですね!)
「……分かりました。もう、うちでワームは増やしません。ごめんなさい」
「ルッタ……! やっと分かってくれたのねっ!」
このようにして、ルッタは日々少しずつ成長しているのだ。
(次からは外で増やすようにします!)
成長……しているのだ。
*
屋敷でのレベル上げを禁じられたルッタが次に始めたのは、魔術の勉強であった。
ステラに教えを乞い、頑張ってこの世界の読み書きを一通りマスターしたので、魔導書も読めるようになったのである。
ルッタがまず手に取ったのは、魔術の入門書だ。
「魔術を習得する為には、魔導書を読み込んで仕組みを理解した上で、実際に魔法が発動する様子を思い浮かべながら念じ続ける必要がある……ふむふむ、このゲームの魔法にはこんな裏設定があったのですね!」
屋敷の書庫にこもって入門書を読みながら、そんな風に感動するルッタ。
「ただし、その前に自身の適性を知らなければならない。魔術には火、風、水、土、光、闇という六つの元素が存在する。自身の持つ適性によって、習得のしやすさや魔力効率が変わってくるのだ……これはいわゆる属性や適性というやつですね」
基本的には複数の元素に弱い適性を持つ『複合属性型』の人間が多く、魔術師に向いているとされるのが一つの元素に強い適性を持つ『単一特化型』だ。
ごく稀に全ての元素に強い適性を持つ『全属性型』の者や、一つも元素適性を持たない『無属性型』者も存在する。
適性ではない属性の魔法を使用した場合、魔力消費量の増加や威力減衰などのデメリットが付随するため、まずは自身の適性を見極めてから魔術の習得を始めるのがセオリーだ。
(ちなみに、原作の知識によるとリリア姉さまは全属性に対する適性持ちです。まさに圧倒的な主人公属性……!)
なお、原作のルッタは魔法を習い始めるのに最適とされる年齢――十歳に成長する前に死んでしまうので、適性は不明である。
(お姉さまのことを考えると、弟である僕にも期待が持てます……!)
そんな希望を胸に、さっそく適性診断に取り掛かるのだった。
「えーっと、やり方は……」
手順の説明に従い、入門書の一ページ目に描かれた魔法陣に手を置き、体内の魔力を流し込むイメージをするルッタ。
適性の診断方法はいくつかの流派が存在するが、この場ですぐに行えるのは魔法陣を用いた魔力識別方式による判定だ。
魔方陣の周囲には六つの元素に対応する記号が描かれており、これらのうち光ったものが自分の適性という仕組みになっている。
あくまで分かるのは適性の有無だけであり、強弱や細かい情報に関しては抜け落ちてしまうが、もっとも簡単で再現性が高いのがこの手法なのだ。
「…………おや?」
――しかし、いくら魔力を流し込んでみても記号は光らなかった。
「……なるほど。どうせすぐ死ぬから適性すら与えてもらえなかったわけですね。そんなの、あんまりです……!」
目を潤ませながら、がくりと肩を落とすルッタ。
だが、元素に対する適性がないからといって魔法を使えないわけではない。様々なデメリットのことを気にしないのであれば、習得は自由だ。
「こ、この程度の障害で……僕は止まりません!」
知的好奇心と魔術への憧れを抑えきれなかったルッタは、適性診断を諦めて魔術の習得を開始することにしたのである。
習得の手順は、魔導書を読んで仕組みを理解し、実際に発動する様子を思い浮かべるというものであることは既に勉強済みだ。
入門書によると、魔術の詠唱はイメージを手助けするために存在しているらしい。
「イメージが盤石であれば、完全詠唱をせずとも魔術名の詠唱のみで魔法を発動できる。そこまで身につけて、初めて使える魔法を習得したとみなせるのだ……ですか」
続きの一節を声に出して読み上げ、しばらく考え込んだ後でこう口にした。
「つまり――我が内に眠る炎の力よ――みたいな部分を飛ばして、火球! だけで魔法を発動できるようになればいいわけで――」
刹那、試しに突き出した右手から火の球が勢いよく射出される。
「――すねっ?!」
そして、その場で盛大に爆発したのだった。
「………………」
顔が真っ黒になったルッタは、そのままゆっくりと持っていた本へ視線を落とす。
幸いなことに、入門書は無事であった。
「ひ、被害が僕だけで……助かりました……!」
どうやら原作ゲームで何度も魔術が発動するシーンを見て来たルッタは、すでに完璧なイメージが脳内に出来上がっているようだった。適性こそないものの、これは大きなアドバンテージである。
「MP切れ……です」
とはいえ、魔術を使うと魔力と精神力を大きく消耗してしまう。
何度も適性の診断を繰り返した上に、体が慣れていない状態で完全な火球の詠唱に成功したルッタは、気絶して机の上に倒れ込むのだった。
「な、なにがあったのルッタちゃんっ!? ……って、いやあああああああっ!?」
爆発音を聞き、書庫へ駆け込んで来た姉の悲鳴を聞きながら。




