第27話 王女をヘンにしてしまいました!
「イーリス王女! 大丈夫――ではなさそうですね!」
中ボス二人を経験値にしたルッタは少しだけ冷静さを取り戻し、色々と悲惨なことになっているイーリスの元へ駆け寄って言った。
「ごめんなさい、いきなり中ボス戦は難易度が高すぎました!」
彼はぺこりと頭を下げて謝罪する。
(やはり最初のレベル上げはワームやスライム辺りから始めるべきですね!)
将来ワームの巣穴に放り込まれるかもしれないという危機が、イーリス王女の身に迫っていた。
「ぐすっ、こんな……情けない姿を見せてしまって……わたくし、もう……お嫁に行けませんわ……っ!」
そんなことなど知らないイーリスは、涙声で嘆く。
彼女が必死に保ってきた王女としての誇りと尊厳は崩れかけていた。
「イーリス王女は僕とせいりゃくけっこん! するので、問題ないのではありませんか? 気を落とさないでください!」
「ルッタ……っ!」
しかし、ルッタの何気ない一言によって少しだけ元気を取り戻すことができたようだ。
「……ええ、そうですわねっ……あなたは、わたくしの……将来の夫ですわっ!」
イーリス王女は完全に本気になっていた。
「いずれ……あなたをこの国の王にして差し上げますわねっ!」
「それはゲームジャンルが変わってしまいますよ?」
国家転覆の危機である。
「――でもまずは……お洋服を着替えなければいけませんわ……」
彼女は目元の涙をぬぐいながら、恥ずかしそうに言った。
「それなら、とりあえず全部水で洗い流しましょう! セレーヌのベトベトも付いているので、この際まとめて!」
ルッタはそう返事をしつつ、じっとイーリスのことを見つめる。
「わ、わたくしに……目の前で服を脱げとおっしゃいますの……?」
「はい! 服を着たままより、脱いでしまった方が洗いやすいと思いますよ?」
元気よく返事をするルッタ。
「へ、へんたいっ!」
「ひどいです」
「せ、せめて後ろを向いてくださいまし……っ!」
イーリス王女は動揺を隠しきれない様子である。
「ですが、僕がちゃんと相手を見ていないと……上手く魔法で洗い流すことができませんよ? コントロールが利かないので」
ルッタは困った顔をしながら言った。
「あなたは……年頃の乙女の裸を見ることに対して、その……恥じらいとか引け目とか……そういったものはありませんのっ!?」
思わずそんなツッコミを入れるイーリス。
「うーん……リリア姉さまとよく一緒にお風呂に入っているので、同い年くらいの人なら特に気にしませんよ!」
「おっ、お姉さまと……っ?!」
「子供のうちは普通らしいです! リリア姉さまが言っていました!」
「そんな……っ!」
あまりにも衝撃的な発言を聞いてしまったイーリスの頭の中は、妄想でいっぱいになる。
「きっ、禁断の愛なんて……そんなのっ、許せませんわっ!」
「一体なんの話ですか……?」
「わたくしだって……あなたになら、何を見られても構いませんのよっ!」
対抗心から覚悟を決めた王女は、そう宣言しながら濡れたドレスを脱ぎ捨て、下着姿になる。
「はぁ、はぁっ、はぁ……! ――こ、この下もっ、見たいとおっしゃるのですわね……っ!」
「見たいとは言っていませんが……」
王女として守ってきた大切な何かを捨て続けすでに限界寸前のイーリスは、震える手でパンツの紐に手をかけた。
「わ、わわわたくしは……例え服を着ていなくても……気高い王女なのですわっ!」
「――あの、これ以上はゲームの対象年齢が上がってしまうので脱がないでください」
「えっ」
「お風呂場と違って都合の良い湯気を発生させることができないので、検閲に引っかかってしまいますよ!」
――静寂が辺りを支配する。
「う、ぁ、ああっ……」
ぎりぎりのところで止められ、力なくその場に座り込むイーリス王女。
「雨露!」
ルッタが魔法を詠唱すると周囲に大量の水が降り注ぎ、彼女の色々なものを一気に洗い流した。
(ルッタ……。あなたは……わたくしのことをどうなさりたいの……?)
イーリスはうつろな目をしながら思う。
(わたくし……ヘンな気持ちになってしまいそうですわ……っ)
二つに結んでいた縦ロールの髪が水の勢いで解け、ただの濡れた長髪になってしまった。
「み、見かけによらず……強引なのですわね……乙女はもっと……優しく扱うものですのよ……?」
「それはこの魔法を考えた人に言ってください」
何かが致命的に噛み合っていない会話をする二人。
――ちなみに、原作において雨露は毒や酸などの状態異常を洗い流すことができる浄化魔法の一種である。
その代わりに水浸し状態となり、電気や氷の魔法が通りやすくなってしまうのだ。
「次は水浸し状態を解除しますね。熱風!」
ルッタが詠唱すると、今度は温かい風が発生し、瞬く間に濡れたイーリスのことを乾かした。
「あなた……本当にたくさんの魔法を使えるのですわね……」
綺麗になった王女は感心した様子で言う。
「よく服を汚すので、怒られないように習得しているのです!」
一方、得意げにそう話すルッタ。彼はワームの失敗から学んでいたのである。
「ええと……着替えはセレーヌのローブを使わせてもらいましょう! 持って来るので待っていてください!」
そう言って通路を引き返し、元いた牢屋の中へ入っていくルッタ。
「…………」
取り残されてしまったイーリスは、ぽつんとその場に立ち尽くす。
(いっそ消えてしまいたいはずなのに……)
彼女は自身の体を両腕でぎゅっと抱きしめ、ぶるぶると震えながらこう呟いた。
「わたくし……王女ですのに……! こんな気持ち、初めてっ……」
そう言って呼吸を荒くし、頬を赤らめるイーリス王女。
「この開放感……戻れなくなってしまいそうですわ……っ!」
どうやら、彼女は新しい何かに目覚めつつあるらしい。
果たして、リゼリノ王国の行く末やいかに。




