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第23話 王宮の方も大変そうです!


 事の始まりは、王宮の片隅で鳴り響いた爆発音であった。


 夜会の最中、貴族たちの集う華やかな大広間は騒然とし、皆が動きを止める。


「今の音は……何だ……?」


 貴族たちが不安げに顔を見合わせる中、全ての扉が開け放たれる。


 そして、白いローブを纏った謎の集団――白の背教者(イノセント)の者たちが襲撃してきたのだった。


「きゃあああああああっ!」


 広間のあちこちから悲鳴が上がり、一部の貴族たちが方々へ逃げ惑う。


「王国に仇なす不届き者めッ! 成敗してくれるわッ!」


 その場に居た騎士たちは怒声を発しながら即座に応戦し、一帯は魔法が飛び交う戦場と化した。


 しかし、高い戦闘能力を誇る貴族たちとその護衛が揃うこの場を真正面から襲撃するなど、常識的に考えれば自殺行為である。


 序盤こそ奇襲によって有利に戦いを進めていた白衣の襲撃者たちだったが、やがて圧倒的な戦力の差によって形成を逆転され、次々と倒れていった。


「うぐっ……黒き、胎の底へ……我が、命は……還る……」


「こいつ……何を言っているんだッ!? 意味が分からないぞッ!」


 ――彼らの目的は貴族を討ち倒すことではない。


 騒ぎを引き起こすことで、イーリス王女の誘拐が発覚するまでの時間を稼ぐことこそが本当の狙いだ。


 ルッタの起こした爆発を誤魔化すため、セレーヌが密かに待機させていた教団の信徒たちに襲撃の指示を出していたのである。

 

「――ステラ、そっちは無事か!」


 教団の人間を十数人ほど斬り伏せたクロードは、血のついていない剣を納め、人の波をかき分けて妻子の元へ駆け寄った。


 火を纏う魔法の剣術を扱う彼は、いつも返り血一つ浴びることなく戦いを終わらせるのである。


「あなた……っ!」


 クロードの姿を見つけたステラは、少しだけ安堵した表情で彼を呼んだ。


 他の者たちと共に結界を張ってリリアを含む子供たちを保護していた彼女は、青ざめた顔でクロードを見る。


「お父さま……ルッタちゃんがいないの……」


 そして、彼女のすぐ後ろに控えていたリリアが、今にも泣き出してしまいそうな声で言った。


「ルッタが……!?」


「リリアとはぐれちゃったみたいで……私も探しているけれど……どこにも……見当たらないの……っ!」


 憔悴しきったステラを見て、クロードの脳裏には最悪の想像がよぎる。


「……わかった。ルッタは俺が探す。君はリリアと――他の子供たちのことを頼む」


「あ、あの子は……じっとしてないから……きっと、今回だって……そうよねっ? どこかに隠れているだけよねっ? もうっ、こんな危ない時に……っ!」


 ステラは、まるで自身に言い聞かせているようだった。


「……ああ、そうだな。爆発の音を聞いて……誰にも見つからない場所へ隠れたんだろう。……すぐに見つかるさ」


 クロードも自身の動揺を隠すためにそう言い切るが、考えていることは逆であった。


 ――あの子は、もし何かあったら真っ先にリリアを守りに来るだろう。姉のために、後先考えずヴァレット家の子息を殴れる子なのだから。


「わ、私……ルッタが他の家の子を殴ったって聞いて……あの子の言い分も聞かずに……叱ってしまったのっ! まだ……ちゃんと謝れてないわ……っ!」 


 ――ステラも本当は分かっているのだ。ルッタは爆発音がしたくらいで怯えて隠れるような子ではない。


「あれっきりだなんてっ、そんなの……嫌よ……っ!」


 目に涙をにじませながら、クロードに縋るステラ。


「落ち着くんだ、ステラ。……会えてから……ちゃんと話してあげればいい」


 お互い、それ以上は何も言わなかった。


 ――そしてこの後、王宮内の捜索と教団の人間に対する尋問が行われ、イーリス王女とルッタ・アルルーの誘拐が判明することとなる。


 王族とその側近、関係者による緊急会議が開かれ、激怒した王の命によって騎士団は教団の壊滅へと乗り出すことになったのだった。


 また、イーリス王女の誘拐の件に関しては事の重大さを鑑み、公にはしないことに決まったのである。


 必然的に、ルッタの捜索も大々的には行えないということであり、クロードは己の無力感に苛まれることとなった。


 *


 その日の深夜、クロードはルッタの捜索を一度切り上げ、王宮の地下牢に訪れていた。


「……申し訳ありませんが、お引き取りを」


 牢屋を見張る衛兵は、階段を下って来た彼の前に立ちふさがる。


「クラウスという男と話がしたい」


 クロードは静かな声で言った。


 襲撃者の一人であるクラウス・ウィンザールは、数年前まで魔道騎士団に所属していたらしく、話せば何か手掛かりが得られるかもしれないと思ったのである。


「……関係者以外は……尋問に関わらせるなとの王命です」


 しかし、衛兵は彼にそう告げる。


「俺も関係者だろう? ルッタを奴らに攫われている。……違うか?」


 すると衛兵は、わずかに目を伏せた。


「クロード殿……ですか。それでは尚更、通すことはできません」


「俺が被害者だからか?」


 彼の問いかけに、衛兵は小さく頷く。


「そうか……おかしな話だな。王も被害者だろうに」


「クロード殿! あまりそのようなことは……」


「……ああ、そうだな。すまない」


 ため息まじりの返事をし、石造りの階段の途中に座り込むクロード。


 しばしの沈黙の後、彼は顔を上げて言った。


「……《《いないんだな》》」


 一瞬だけ時が止まり、衛兵は目を見開く。


「な、何故それを……!」


「――ここは静かすぎる。あれだけの人間を捕らえたのであれば、もう少し息遣いや衣擦れの音が聞こえてもいいはずだ。……おまけに、見張りが一人というのはあまりにも手薄すぎるだろう?」


「………………!」


 衛兵は何も言わなかった。


「逃げられたのか?」


 クロードは鋭い視線を向ける。


 やがて、衛兵は観念したかのように真実を語り始めた。


「……捕らえた者たちは……目覚めると口々に奇妙な言葉を叫び……自害しました。直後、遺体は突然燃え上がり……骨すら残っていません」


「……そうか」


 クロードはさほど驚いていない様子である。


「牢屋の中をお見せしましょうか?」


「いや、必要ない。……邪魔をして悪かったな」


 彼は言いながらゆっくりと立ち上がり、階段を降りる。


「今は……ご家族のお側に居てあげてください。……あなたのことを必要としているはずです」


「ああ。そうだな」


 彼はさらに一歩踏み出し、腰の剣に手をかけながら続けた。


「――お前が息子の居場所を吐いてくれるのならそうするよ。クラウス・ウィンザール」


 名前を呼ばれた衛兵は、静かに目を見開く。


 金属同士の激しくぶつかり合う音が、地下牢に鳴り響いた。

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