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第20話 誘拐犯に攫われてしまいました!?


「経験値にならないボス……? 意味のわからないことをほざくな……! ……ったく、近頃のガキは……貴族ですら正しい言葉遣いが出来ないのか……? ――やはり、この国は一度魔王に壊されなければならないようだな……! 仮初の平和に慣れ切った愚民どもが……ッ!」


「クラウスの台詞は長いですね!」


 特に会話をする気がないルッタは、そう言いながら戦闘態勢に入る。


「――貴様、どこで俺の名前をッ!」


火球ファイアーボールッ!」


 そして、自身の名を呼ばれ驚愕の表情を浮かべるクラウスに対し、燃え盛る火の弾丸を放った。


(あまり暴発はしなくなりましたね!)


 以前と比べて、威力と精度が格段に上昇している。日々鍛錬を怠らず、何かに向かって魔法を撃ち続けてきた証だ。


闇壁ダークウォール


 それに対抗して闇魔法を詠唱し、足元の影から伸びて来た黒い影に火球を吸収させるクラウス。


(このガキ……殺しの訓練でも受けているのか……? 妙に戦い慣れてやがる……! ――それにまずいな……もうすぐ、今の爆発を聞きつけた騎士どもがここへ来そうだ……)


 まさか、催眠を解除するために自分ごと吹き飛ばす頭のおかしい少年が第三王女と一緒に居るとは思っていなかったクラウスは、大いに焦っていた。


(第三王女にこんな側近が居るなんて聞いてないぞセレーヌ……!)


 本来であれば、王女の誘拐はとっくに成功していただろう。


風刃ウインドエッジ!」


 続けて、魔術による防御を貫通することができる風魔法を放つルッタ。


影喰シャドウバイト


 しかし、クラウスの対処は的確であった。


 ――真空の刃を、巨大な影が飲み込む。


(これでは埒が開かない……!)


 ルッタと魔法を撃ち合っている今この瞬間も、刻一刻とタイムリミットが迫っていた。


「チッ……! 影縛シャドウバインド!」


 クラウスが指を鳴らすと、今度はルッタの足元へ影が伸び、彼のことを絡め取ろうとする。


(捕らえてもう一度眠らせる……!)


 同時に、再び催眠魔法を詠唱しようとしたその時。


「させませんっ!」


 わずかな動作からその行動を呼んだルッタは、跳躍して魔法をかわし、素早く距離を詰めてクラウスの腹部に拳を叩き込んだ。


 ――ボスッ!


「ごふッ!?」


 魔力がこもった一撃を受けたクラウスは、吐血しながら吹き飛び、通路の壁にめり込む。


「連続攻撃ですっ!」


 ルッタは、そこへさらにもう一撃叩き込んだ。


 ――ドムッ!


「ぐっ、がはッ!」


 くの字に折れ曲がるクラウスの体。


火球ファイアーボールッ!」


 ルッタはそのまま、躊躇なく火魔法を詠唱する。


「はぁっ?!」


 すると、今度はクラウスの腹部で火球が爆発し、ルッタの腕ごと巻き込んだ。


「ぐっ、があああああッ!」


 焼けつくような痛みに絶叫し、うずくまりながらその場に倒れ込むクラウス。


 意識を失う直前に彼が目撃したのは――


「い、痛すぎます……回復ヒール……っ!」


 涙目になりながら、火傷した自分の手に治癒魔法をかけるルッタの姿だった。


(狂ってやがる……っ! 最初の爆発といい……下手をすれば自分ごと死んでいたんだぞ……ッ?!)


 そこでようやく、彼はルッタのことを理解する。


 ――怪物だ。こいつは年相応の愚かさと、底知れぬ狂気と、自らの苦痛すらいとわない凶暴性を全て内包する存在……まさに怪物なのだ! この世に存在してはいけない、無垢な子供の皮を被った化け物だッ!


「ごほっ!」


 クラウスは心の中でそう叫びながら、再び血を吐いて気絶するのだった。


「勝ちました!」


 戦いに勝利したルッタは、ぼろぼろの拳を高く突き上げてそう宣言する。


 ノクト教団執行機関『白の背教者(イノセント)』の一員であるクラウス・ウィンザールは、厄介な状態異常攻撃をしてくるレベル三十六の強敵である。


 しかしHPが低いため、相手の隙をついてひたすら攻撃を叩き込む戦法が有効なのだ。


 相手に態勢を整える暇を与えなかったことが勝利に繋がったのである。


「それでは……早速、ドロップアイテムを……」


 ルッタはふらふらになりながらクラウスに近づき、そう呟いた。


 ラヴェルナの時の反省をふまえ、邪魔をされる前になるべく早く戦利品は入手しておこうと考えたのだ。


「……うぁ?」


 だがしかし、蓄積ダメージにより体力の限界を迎えてしまい、ルッタはそのまま倒れ込んでしまう。


「そ、そんな……! これでは、クラウスのアイテムが……誰かに……とられてしまいます……! ……うぅっ」


 そう言い残して動かなくなってしまうルッタ。


「どろっぷ……あいてむ……がくっ」


 ――どうやら、結果的に戦いは相打ちに終わったようである。


 そうして再び静まり返った廊下に、間伸びした女の声が響く。


「あらあら……」


 しかし、女の姿はどこにも見当たらない。

 

「大きな音を立てて、おまけにこんな小さな子に負けて……本当に困った人ですねぇ……。我々の目的を理解していただきたいものですぅ……」


 女は言った。


 その声は、天井に張り付く粘性の液体――スライムのような姿をした何から発されている。


「音がしたのはどこだ?!」


「こっちだッ!」


 そうこうしている間に、騒ぎを聞きつけた衛兵の第一陣が、もうすぐこの場に到着しそうだ。


「のんびりしている余裕はなさそうですねぇ……」


 言いながら、それ――セレーヌはルッタの体に巻きつき、王女が倒れる物置部屋へと引きずり込む。


 どうやら、失態を犯したクラウスのことを見捨てる判断をしたらしい。

 

「イーリス第三王女と……この子も連れていきましょう……。一人では心細いでしょうから……ねぇ」


 気を失ったまま、液体化したセレーヌに巻き付かれたイーリスとルッタは、床へ沈み込むようにして別の空間へと消えてしまうのだった。


 ――かくして、原作に存在しない誘拐事件の発生により、第三王女は王宮から忽然と姿を消してしまったのである。

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