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第2話 おうちで楽しくレベル上げ!


 アルティマ・ファンタジア序盤のストーリーは、平和だった世界の崩壊が描かれるところから始まる。


 聖歴せいれき四千年目の節目を迎える前日、後に『星災禍テルストルム』と呼ばれる世界規模の大災害が発生するのだ。


 星災禍テルストルムはやがて訪れる『星の終焉』の前兆であり、荒れ狂う海や裂けた大地から一斉に魔物が溢れてきて手当たり次第に人々を襲い始める。まるでこの世の終わりのような状況が、一日中ずっと続くのだ。


 同時に迷宮の奥底に封印されていた凶悪な魔獣たちが解放され、その犠牲となるのが、本来であればその年に十歳の誕生日を迎えるはずだったルッタであり、主人公のアレンが平和に暮らしていた村の人々なのである。


 一人だけ運良く生き延びたアレンは、村の領主であるクロードに拾われ、養子として育てられることになる。


 そして、失った者同士である義姉のリリアと心を通じ合わせ、全ての元凶である魔王を討って世界を救う英雄となることを誓い合うのだ。


 つまるところ、その日六歳の誕生日を迎えたルッタに残された時間は、三年と少しであった。


「これからも、ずーっといっしょよ、ルッタちゃん!」


 リリアは、お祝いの誕生日ケーキを食べながらルッタに微笑む。


「……なるべく努力します、リリア姉さま!」


 一方のルッタは、齢六歳にして誕生日を素直に喜べないお年頃になってしまったようである。


 *


 無事に六歳児となったルッタは、誰も使っていない屋敷の地下にこもることが増えた。


「ねえルッタちゃん。いつも下で何をしているの? あそこは暗くて危ないわよ……?」


 そんな彼のことが心配になったリリアはその日、元気よく地下室の階段を降りて行こうとするルッタを呼び止め、問いかけた。


「僕がしていることですか? ……それはもちろん、レベル上げです!」


「れ、べる……あげ?」


 意味の分からない返答に首を傾げるリリア。


「それって……どういう遊びなの? わたし、気になるわ」


「レベル上げというのはですね、経験値を稼ぐことでキャラが強くなることをいうのですよお姉さま!」


「ご、ごめんなさいルッタちゃん。そんなにいっぺんに言われても、分からないわ……」


 知らない単語を使った早口な説明をされ、何一つ理解できずにおろおろするリリア。


 ……ここで聞き流すことができていれば、彼女は何も知らずに幸せでいることができただろう。


「うーん……口で説明するのは難しいですね」


「そんなに大変な遊びなの?」


「やることは単純なのですが……ゲームのキャラに概念として理解してもらうことが非常に困難なのです……」


「ルッタちゃんは、むずかしい言葉をよく知ってるのね……」


「うーん」


 感心するリリアを放置して、しばらく考え込むルッタ。


「そうです!」


 やがて、彼はぽんと手を打って続けた。


「――実際に見てもらえばすむ話でした! こんな簡単なことにも気づかないなんて、ふかく(不覚)です!」


「よくわからないけど、いっぱいお話しするルッタちゃんはとても可愛いわ……」


 リリアは周囲から心配されるくらい弟に対する愛が強い。姉弟ともに、特定の物事に対する執着が並外れていた。


「リリア姉さま! まずは僕がお手本を見せるので、一緒に地下室でレベル上げをしませんか?」


「でも、あの場所はカギがかかっているでしょう……?」


「お屋敷を探索して宝箱からゲットしたので大丈夫です! マップを記憶していて助かりました!」


 言いながら、リリアに手を差し伸べるルッタ。


「ええっ? そんな、勝手に……!」


 ちなみに、原作では魔物の襲撃から逃れ地下室へ逃げ込む際に鍵が必要となる。リリアの命を救うキーアイテムだ。


「一緒に来てください、リリア姉さま!」


「……。わ、わかったわ……」


 リリアは少しだけ不安な気持ちになりつつも、可愛い弟から差し伸べられた手を握らずにはいられなかった。


「出発ですっ! 足元に気をつけてくださいね!」


 ルッタは姉の手を引っ張りながら、意気揚々と薄暗い階段を下っていく。


「その、れべるあげっていうのは、地下室じゃないとできないことなの?」


 リリアはルッタの背中に向かって問いかけた。


「経験値になる相手がいればどこでもできますが、今のところ安全にできる『環境』が整っているのは、お屋敷の地下室だけですね!」


「あ、あんぜん……」


 言いようのない不安を募らせていくリリア。


「到着しました!」


 ルッタは重々しい扉の前で立ち止まり、鍵を使って錠を外す。


「あ、うぅ、ルッタちゃん……危ないことなら誰か大人の人を呼んだ方が……」


 ――ガチャン、と扉の閉まる音がした。


 自分が降りてきた階段の方を見ていたリリアが慌てて振り返ると、すでにルッタの姿はない。


 どうやら、いつの間にか扉の向こう側へ行ってしまったらしい。


「な、何をしているのかしら……?」


 リリアは震えた声で呟きながら、そっと扉へ耳を当てる。


 すると聞こえてきたのは、ぶちっ、ぶちゅっ、という何かが潰れるような音だ。


 それが止むことなくひっきりなしに鳴り響いている。


「る……ルッタちゃん……?」


 リリアは今にも泣き出してしまいそうであった。


 しかし、可愛い弟が危険な遊びに興じているのであれば、姉としてこれを止めなければならない。


 リリアは意を決して、少しだけ扉を開け、中を覗き込んでみる。


「…………ひぃっ!?」


 ――そこに居たのは、部屋全体を覆うおびただしい数のワームと、その中心で謎の液体にまみれて拳を振るうルッタであった。


「あ、ぁ、うぁ……!」


 リリアはその場で尻餅をつき、口をぱくぱくさせる。恐怖のあまり言葉を発することすらできなくなってしまったようだ。


「な、なに……なにこれっ……! だれか……っ!」


 過呼吸になりかけながら、必死で助けを呼ぼうとするリリア。


「最初は、森にいる一匹のワームをつかまえるところから始まりました! てやっ!」


 再び閉まった扉の向こう側から、楽しそうに語るルッタの声が聞こえてくる。


「ワームは攻撃されると分裂するので……それから時間をかけて、はっ! 頑張ってここまで増やしたんです! おりゃっ!」


 ワームとは森に生息する弱い魔物だが、切断されると分裂する厄介な特徴を持ち合わせていた。


「おかげで、僕のレベルは十五まで上がりました! とうっ!」


 ルッタはそれを利用して地下室でワームの数を増やし、レベル上げに利用していたのだ。


「さあリリア姉さま、僕と一緒にレベル上げをしましょう!」


 勢いよく扉が開き、ワームの残骸を両手に持ったルッタが満面の笑みで登場する。


「一つ注意があるのですが、倒したワームは後でお庭に埋めるので一か所にまとめておいてください!」


「い、や……」


 青ざめた顔でブンブンと首を振るリリアを見て、ルッタは首をかしげた。


「リリア姉さま……どうしたのですか? レベル上げは楽しいですよ?」


「い、いやあああああああああああああああッ!」


 かくして、哀れな少女リリアの悲鳴が屋敷中に響き渡ることとなったのである。

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