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第17話 夜会で言い寄られてしまいました!


 時間は流れ、いよいよ貴族たちの夜会が始まった。


 王宮内の広間はシャンデリアの灯りに照らされ、テーブルの上には一流の料理人が腕を振るったご馳走が並び、宮廷楽団による優雅な演奏が流れ続けている。


「やれやれ……どうしたものかな、はぁーあ……」


 そんな中で、クロードは珍しく深いため息をついた。


 式典と夜会の合間に親交のある貴族たちへの挨拶を済ませ、子供たちの待つ客室へ戻った際、リリアから留守番中に起こった一連の騒動を聞かされたのである。


「こうなってしまったら、素直に謝るしかないわ……」


 ステラは言いながら、夫の腕にそっと手を添えた。


「もちろんそうするつもりさ。……まったく、クソガキ――ごほんごほんっ、グランお坊ちゃまは少々やんちゃが過ぎるなぁ」


 ヴァレット家の子息に対してそんな愚痴を零すクロード。


「……ルッタのことは責めないであげてね。私たちがいない間、お姉ちゃんのことをしっかりと守っただけですもの……あの子は何も悪くないわ」


「そうだね。もし俺があの場に居たとしても同じことをしていただろうから……むしろ子供同士の喧嘩で済んで良かったと言えるな!」


「あなた……」


 そんな返事をするクロードだったが、相手は王国三大貴族の一つであるヴァレット家だ。いくら向こうに非があったとしても、そんな言い訳が聞き入れられるとは限らない。


 このことがきっかけで大きな問題に発展すれば、場合によってはアルルー家の存続すら難しくなってくる可能性もあった。


 先代当主を早くに亡くし、若くして当主の座を継いだ平民出身のクロードと、一人娘であるステラの二人が年長者となってしまったアルルー家は、没落寸前の難しい立場にあるのだ。


「とにかく……まずは向こうのご両親を探さなければ――」


 その瞬間、クロードは何者かに軽く背中を叩かれる。


「は、はい!」


 とっさに振り返ると、立っていたのは立派な髭を蓄えた大柄な男――ヴァレット家の当主、ヴォルス・デラ・ヴァレットと、その妻のレーヌであった。


「クロード殿とステラ殿……でよろしいかな?」


 背の高いヴォルスは、少しだけ二人に目線を落としながら問いかける。


 クロードもステラもあまり背が高い方ではないため、かなりの体格差であった。


「……はい、私がクロードです」


「す、すすっ、ステラです……!」


 ステラは怯える小動物のように縮こまりながら答える。


 王国の防衛と治安維持を担う宰相にして辺境騎士団の統括者であり、彼自身も随一の武人であるヴォルスの威圧感は、それだけ圧倒的なものであった。


「お子さんたちから……話は聞いているかな?」


「ええ、実はその件で私も貴殿を探しておりました」


 覚悟を決め、毅然とした態度で答えるクロード。


 彼とステラは魔導騎士団と呼ばれる魔法研究や救護を主とする組織に所属しているため、今までヴォルスと直接関わったことはない。


(さあ、私の圧倒的な謝罪力を見せてやろう……!)


 しかし、このまま流れるように地面へ両手を付いて謝罪する準備は整っていた。


「――馬鹿な息子が……あなた方の大切なご息女に無礼を働き……本当に申し訳ない」


 次の瞬間、ヴォルスはそう言って深々と頭を下げる。


「え……?」


「謝って済むことではないが……どうか許してほしい」


 予想外の事態に、一瞬だけ固まるクロード。


「……と、とんでもない! 子供のしたことです! ……どうか頭を上げてください!」


 彼は慌てて言った後、さらにこう続ける。


「――それに、私の息子も同じことをしました。彼には後で厳しく言って聞かせますので……何卒ご容赦を……ッ!」


「その必要はない。ご子息――ルッタ君は正しいことをした」


 どうやら、ヴォルスは式典で宝玉を割ったルッタの名前を憶えていたらしい。


「……聞くところによれば、まだ六歳だそうじゃないか。あの歳で、自分よりも大きな相手に向かっていく勇気を持ち合わせているとは……大したものだ。――グランも、少しは彼のことを見習ってくれると良いのだが」


「……お、お褒め頂き光栄です」


「私はむしろルッタ君に感謝している」


「感謝……ですか?」


 想定すらしていなかったヴォルスの発言に、思わず首を傾げる。


「グランは……遅くに生まれた一人息子でね。私も妻も、少し甘やかしすぎてしまったらしい。――まったく、子を育てるというのは存外に難しいものだな……」


「……わ、私も常々そう感じております! いやはや、まったくもってその通りです! 特にルッタのすることには度肝を抜かれてばかりですよ!」


 流れが良い方へ向かいつつあるのを感じたクロードは、全力で彼に同調した。


「……己の才能に己惚れ、道を踏み外しつつあった愚息の鼻っ柱を、ルッタ君がへし折ってくれたのだ。彼には感謝してもしきれないよ。――私自身も見習おうと思う」


「……は、ははは。それは流石に――」


「君は私の考えを否定するかね?」


「いえ! 滅相もない!」


 クロードはそう言って、引きつった笑みを浮かべながら思う。


(ルッタ、やっぱりお前は……大物になるよ……とほほ……)


 泣きそうになりながら。


 ――ともかく、一族崩壊の危機は免れたようだ。


 *


 一方その頃、ルッタも夜会にてグランと遭遇していた。


 彼は経験値――もといグランの誘い出しに応じ、人気のないバルコニーで二人きりになる。


 ちなみに、姉のリリアはこの状況を許しそうにないが、全属性型だったことで他家の令嬢たちに取り囲まれ、それどころではなかった。


「これは決闘の申し込みですか? もちろん喜んで受けますよ!」


 ルッタはファイティングポーズをとりながら宣言する。


「……違う」


 何故か頬を腫らしたグランは、首を横に振った。


「ところで顔が腫れていますが……また経験値にされてしまったのですか?」


「これは……親父に初めて、ぶたれただけだ……」


「なるほど、きっとお父さまも我慢できなかったのでしょうね! それなら、僕が治癒魔法で――」


「い、いや……必要ないっ」


 腫れた顔をさらに赤くしながら身構えるグラン。


「……その、さっきのことは……悪かった。後でお前の姉にも謝っておく……」


 どうやら、彼は謝りに来たらしかった。


(悪役貴族が謝るなんて、一体何があったのですか?! 完全にキャラ崩壊しています!)


 原作の態度からは想像できないほどしおらしい彼の態度を見て、ルッタは驚愕する。


「なんと…………!」


 驚きのあまり言葉を失っていると、グランはもじもじしながら話を続けた。


「それでっ、その……オレのことを殴った女は……お、お前が初めてだっ! 最初はムカついたが……オレは、お前のことを面白い女だと思った……! 本当は……式典の時からずっとそうだったんだ……っ!」


「………………はい?」


「だから――オレの許嫁になれっ! ルッタ・アルルーっ!」


「僕は男です」


「……へぁ?!」


 一世一代の告白を予想外の言葉で遮られ、目を白黒させるグラン。


「キャラデザが原因でたまに間違えられますが、僕は男です」


「う、あ、え……?」


「なので、そういうことはリリア姉さまに言った方が良いと思います!」


「ほ、本当に……男なのかっ?!」


「はい、男です! 名前でなんとなく分かりませんでしたか?」


「………………っ!」


 しばしの沈黙の後、グランは一歩後ずさる。失恋と同時にとんでもない衝撃を味わうこととなった不憫な少年の姿がそこにはあった。


「う、うわーーーーーーーーっ!」


 混乱状態に陥ったグランは、泣きながら逃げ出す。


(やはり、グランは逃げるのが得意ですね! つれない経験値です……!)


 ルッタは彼の背中を見送りながらそんなことを考えるのだった。


 ――ひとまず、これにて一件落着である


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