第16話 勘違い殴られ悪役貴族グラン!
「ぐすんっ……いけないわ……私のために殴るなんて……っ!」
リリアは、自身のために拳を振るってしまった心優しい弟のことを想い、さらに涙をこぼす。
「大丈夫ですか? リリア姉さま。……とりあえず、HPを回復しておきますね!」
「え、えっちぴー……?」
困惑するリリアの近くにルッタが歩み寄り、そっと彼女の頬に手をかざした。
「回復」
ルッタが魔法を詠唱すると手から淡い光が溢れ、リリアの頬の赤みがみるみるうちに引いていく。
「すごい……もう痛くなくなったわ……! ルッタちゃん、いつの間に治癒魔法を覚えたの……?!」
「秘密です!」
「そんな……っ!」
教えてもらえなかったリリアは、肩を落としてしょんぼりする。
「ルッタちゃんも……反抗期なのね……っ!」
「そうですね」
上の空で返事をした後、ルッタはグランの方へ目をやった。
「ともかく……気絶しているグランにも治癒魔法をかけておきましょう!」
「で、でも、起こして大丈夫かしら……? ルッタちゃんが殴ったって騒いだら……大変な問題になってしまうかもしれないわ……」
「うーん……」
そう指摘されたルッタは、少し考えてから真剣な表情で言う。
「駄目そうだったら、もう一回殴って経験値にしましょう!」
「こ、これ以上殴るのはダメよ?!」
不穏な発言に、リリアは慌てて注意をした。
「……でもよく考えたら、勝手に部屋に入ってきて私をぶったのはグランなのだから……殴られても文句は言えないわよね」
しかし、今回ばかりは怒りの方が勝ったらしい。
「ルッタちゃんに悪いところは一つもないわ……!」
「――つまり! 起こしても特に問題はないということですね!」
「……ええ。もし何かあったら――次は私が殴るわ……!」
リリアは拳を握りしめ、覚悟を決めた。
「その意気ですよお姉さま!」
一方のルッタは、レベル上げに積極的な姿勢を示してくれた姉に対し微笑む。
どうやら、彼女もルッタからよくない影響を受けつつあるようだ。
「それでは復活させます!」
彼はそのまま、床に倒れているグランに近づき、そっと手をかざした。
「回復」
「うぅ……っ」
グランは小さくうめいた後、ゆっくりと目を開ける。
どうやら無事に意識を取り戻したらしい。
「おはようございます!」
目覚めたばかりのグランに、経験値を前にしたときの眩しい笑顔で挨拶をするルッタ。
「う、あ……!」
その顔を見た瞬間、グランは自分が殴られた瞬間の衝撃を思い出した。
「折り入ってお願いがあるのですが……もう一度だけ経験値になってくれませんか!? なってくれますよねっ!?」
再び我慢できなくなってしまったルッタは、両手の拳を握りしめながら真っ直ぐな瞳で懇願する。
「う、うわーーーーーーっ!」
まるで化け物でも見てしまったかのように、グランは悲鳴を上げながらその場を逃げ出してしまうのだった。
「なってくれませんでした……やはり、経験値の多いモンスターは逃げるのが得意ですね……」
がくりと肩を落とすルッタ。
「勝手に入ってきて……勝手に行ってしまったわ……」
彼の後姿を見送ったリリアは、呆れたように呟く。
こうして、グランはどうにか命拾いし、当面の危機は回避されたのである。
*
「はぁっ、はぁっ……くそっ! なんなんだアイツ……ッ!」
アルルー家の客室から逃げ出したグランは、何度も背後を振り返りながら王宮の廊下を走り続けていた。
「クソッ、クソッ! なんでオレが逃げなきゃいけないんだ……っ!」
殴られた頬に手を当て、顔を真っ赤にしながら苛立ち、歯を食いしばる。
見下していた相手に倒された屈辱と、治癒魔法で手当てまでされてしまった情けなさ――そしてそれ以上に、心の奥底から湧き上がってくるモヤモヤとした感情が彼の胸を締めつけていた。
「適性なしのくせに……なんで魔法なんか使ってんだよ……っ!」
彼はそう吐き捨てながら、自身の胸に手を当てる。
(オレのことをブン殴った《《女》》は……アイツが初めてだ……ッ!)
グランは、ルッタのことを女の子だと勘違いしていた。
本人も気づいていないが、式典でひと目見た時から頭の中はルッタのことでいっぱいだったのである。
(名前は覚えたぞ……ルッタ・アルルーっ!)
完全に一目ぼれであった。
わざわざアルルー家の客室に乗り込んだのも、馬鹿にして注意を引こうとしたのも、全ては無意識にルッタとの関わりを求めていたからである。
リリアを叩いてしまったのは、目当てじゃないのに邪魔をしてきたからだ。
「くそっ! なんなんだ……この気持ちは……っ!」
それは紛れもなく――恋であった。
(あんなイカレた暴力女のことなんて……どうだっていいだろ……ッ!)
どうやら、ルッタは罪深いことに彼の初恋を奪ってしまったようである。
「お、親父に言いつけてやる……ッ!」
その後、怒りと混乱のままに父の元へ駆け込み、起きたことを話したグランは、父からもぶたれて「自業自得だ!」と説教をされることになったのだった。
こうして人は成長していく……のかもしれない!




