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第122話 お姉さまが入浴するみたいです!


 一日の勉強を終えたリリアは、ほっと溜息をつく。


 読み書きや計算、礼儀作法や魔術の理論について等、貴族の家系に生まれた彼女に課せられている学びは多い。もちろんルッタも例外ではないのだが、近頃はルッタツーに全て丸投げしていた。


 勉強を教えてくれた家庭教師に礼をして部屋を出た彼女は、大きく伸びをする。――次の瞬間、三つの光が飛び出して彼女の周囲をぐるぐると回り始めた。


「今日も長かったね~、べんきょーつまんな~い! さいあく~!」


 明るくそう言ったのは、緑の光――花の精霊フロナだ。リリアの前で姿を現した彼女は、不満げに頬を膨らませた。


「そう? 魔法の勉強はけっこう面白かったわよ! あたしの頭が良いからかしら!」


 赤い光から現れた炎の精霊メルカは、得意げに胸を張る。


「……メルカ、さっきまでずっと寝てた。……嘘は、よくないと思う……」


 青い光を明滅させながら出現した氷の精霊ツララは、リリアの背後に隠れながら小さな声で呟いた。


「もしかしてフロナ、馬鹿にされてる~? メルカのこときらーい!」


「何言ってるのよツララっ! 魔法の授業の時はちゃんと起きてたわよっ!」


「……リリアお姉ちゃんの迷惑になるから……大人しくしてれば、何でもいい……」


 リリアの周囲を取り囲んだまま言い争いを始める三人の精霊たち。


 本来ならルッタの行動を監視する役目を与えられていたはずだったが、スライムまみれになってからはリリアの元で心の傷を癒している。


「あら、喧嘩は良くないわ。……ひとまず、お風呂に入って気持ちを切り替えましょう?」


 リリアが穏やかにほほ笑みながら言うと、精霊たちは声を揃えて返事をした。


「「「さんせー!」」」


 彼女の精霊を従える才能は、なかなかのものである。


 こうして、四人は屋敷の浴場へと向かったのであった。


「フロナ、お風呂だいすきー!」


「わたしも……お風呂すき……」


「ふん、はしゃぎ過ぎて転ぶんじゃないわよ!」


 衣服を脱ぎ、先を争うようにして扉を開ける精霊たち。


「うふふ、みんな元気で可愛いわね」


 ――しかし。


「…………え?」


 湯船を満たしていたのは、温かいお湯ではなかった。


「な、なによ……これ……っ!」


 ぶよぶよと無数に蠢く、半透明の塊。浴槽から溢れ出すほどに詰め込まれた粘体――スライムである。ぴちゃ、ぐちゃ、という湿った音が不気味に反響し、水面が脈打っていた。


 その中心で、スライムにまみれている一人の少年がいる。


「なかなかいい感じです!」


 服を着たまま頭にタオルを乗せたルッタは、至福の表情を浮かべていた。


「……おや、リリア姉さまと精霊の皆さんも来ていたのですね!」


 あまりにも異様な光景にリリア達が絶句していると、彼の方からその存在に気づく。


「丁度良かったです! 今すぐ入りますか?」


 そして、彼は笑顔で問いかけた。


「い、いや……」


 あまりにも悍ましい光景を目の当たりにしてしまったリリアは、恐怖に怯えながら後ずさる。


「あっ、うああ……っ!」


 精霊たちも忘れかけていた恐怖が蘇ったらしく、その場で腰を抜かした。


「「「「いやああああああああっ!」」」」


 浴場に、少女と精霊たちの悲鳴が響き渡ったのである。


 *


 それから数日後。


「……というわけで、びっくりされてしまったのでこのスライムはバルザールさんに返します」


 秘密基地に戻ってきたルッタは、しょんぼりしながら小脇に抱えていた入浴用のスライムを差し出す。


 ちなみに、名前は『クリーンスライム』である。入浴と服の洗濯を同時に済ませてしまえる優れものだ。欠点は感触が気持ち悪く、入っても一切癒されないことだけである。


「ひとまず、バルザールさんが使ってあげてください……」


 ――ちなみに、分裂させた他の個体は全てルッタが経験値にした。楽しい時間だったが、その後に母親や使用人たちから怒られたことは言うまでもない。


 最近はルッタツーのおかげで優等生として振る舞えていたこともあり、全員この上なく驚いていた。


「最近はルッタも落ち着いてきたことだし、このくらいの悪戯なら大目に見てやってもいいんじゃないか?」


 と適当に言い放った父も、母から怒られた。散々な結果である。


「お家で飼うのもダメみたいです……」


 がくりと肩を落としながら、そう話すルッタ。


「まったく……」


 呆れた様子で呟きながら、ぷるぷると震えるクリーンスライムを見下ろすバルザール。


 前回のムゲン水と同様、この発明も間違いなく傑作であった。失敗すれば賞金首として突き出されるかもしれないという焦りが、彼に普段以上の力を発揮させたのである。


 魔物の有効利用という目的を実現させられる錬金術師など、大陸全土を探してもそうはいない。国家からの表彰間違いなしの大発明――それが、こうも呆気なく返品されて終わってしまうとは。


「……私は、どこで人生を間違えたのでしょうか」


「賞金首になるようなことをした時だと思います!」


 ルッタは満面の笑みを浮かべて即答した。


 あまりにも無慈悲かつ残酷な言葉に、バルザールは力なく項垂れる。


「私はただ……ちょっと町を一つ吹き飛ばしただけなのに……」


「もう少し反省するべきです!」


 ――自分はもう、発明の素晴らしさや価値を一切理解しないこの愚かな少年から逃れることはできないのだろう。


 彼はそう悟り、隠された目を静かに閉じるのだった。


「もう疲れました……。あなたに協力するのも……何もかも……」


「ふむ、そうなのですか」

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