第120話 みんなのレベル上限を撤廃します!
「――というわけで、グランにすごい薬を渡しに来ました!」
まず手始めに、王都にあるヴァレット家の屋敷に忍び込んだルッタは、グランの部屋を訪れて言った。
「お前は変なものばっかり持って来るな」
呆れ果てた様子のグラン。実はたった今起きたばかりであるため、少し眠そうである。
「……というか、どうやってここまで来たんだよ。家の人間に見つからなかったのか?」
朝は使用人たちが忙しく動き回っているため、侵入する隙は少ない。彼の疑問も当然であった。
「グランには見つかっていますよ!」
「そりゃ、お前から訪ねて来たからな」
しばしの沈黙。
問い詰めたところで、理解できるような答えは返って来なさそうである。
「……まあいいや」
やがて、グランは諦めたように呟きながらルッタのことを部屋の中に招き入れる。
「それで、薬を私に来たんだったか? 俺はどこも悪くないぞ」
「飲むことで強くなれる薬なので、健康な時に飲んだ方がいいです!」
ぎゅっと拳を握りしめながら、無邪気な笑顔で答えるルッタ。
「お前、騙されてるんじゃね? 最近、王都でも変な宗教が流行ってるらしいし……」
グランは疑いの眼差しですごい薬を見つめる。透明な液体であるため、ただの水のようにも見える。
「錬金術師の人にお願いして作ってもらったので大丈夫ですよ!」
「ふーん。それって親の知り合いか?」
「いえ、下水道で遭遇したので僕が捕まえました!」
「ちょっと意味が分からない」
話せば話すほど謎は深まるばかりであった。ルッタの行動はいつも謎に満ちている。
「とにかく、将来悪役貴族になる予定のグランは、これを飲んで立派な経験値に育ってくださいね!」
「ならねえよ。お前の……姉の件は反省してるって言ってるだろ」
少しだけばつが悪そうに言うグラン。
「はい? リリア姉さまがどうかしたのですか?」
しかし、ルッタは不思議そうな顔で問いかけてくるだけだった。
(――あまり根に持つような奴じゃないか)
グランはそう思い直し、小さく首を振る。
「……いや、何でもない。その変な薬も飲まないからな!」
「三つ置いておくので、グランのお父さまや妹のベルと一緒に飲むのが良いと思います! おそらく、この屋敷の中だとその三人が強キャラなので!」
「聞けよ。人の話を」
「それではさようなら! 用事があったらまた来ます」
そう言いながら、ルッタはアステルリンクを取り出し、彼の目の前で姿を消すのだった。
「な、なんでもありだな……あいつ……」
あまりにも滅茶苦茶な行動を目の当たりにしたグランは、苦笑いしながら呟く。しかし、近頃は少しだけ彼の奇行にも慣れつつもあった。
精霊のような生き物なのだと思えば、辛うじて受け入れられる。
「…………」
しばらくして、置いてあった瓶を手に取るグラン。彼は試しに、それを一口だけ飲んでみるのだった。
「ふ、ふぉぉぉおぉおおおおおおおおおおっ!?」
――刹那、感覚が研ぎ澄まされ全身に力がみなぎる。体内の魔力が爆発し、頭に電流が走った。
「ふあっ……!」
悪役貴族、覚醒の時である。
*
その次にやって来たのは、ユキマルの居るタヌキ城であった。
かつては妖怪の襲撃によって荒廃していた城や城下町も、ゲーム・ピコピコ教団の協力と城主であるユキマルが生み出す式神たちの働きにより、復旧が済んでいる。
当初、式神たちは鬼のような姿をしていたが、怖がる人間が続出したため現在は巨大な化け狸の姿にされている。特にその間抜けな顔が愛らしいと好評らしい。ユキマルのデザインセンスが発揮された結果であった。
ともかく、タヌキ城は本格的にタヌキ化が進行しているようだ。
「どうぞ、強くなれるすごい薬です!」
そんな化け狸が徘徊する城の大広間にやって来たルッタは、城主であるユキマルに薬の入った瓶を献上する。
「……怪しい水でござるな」
訝し気な表情で呟いたのは、隣に控えていた狸のような尻尾と耳を生やした少女――忍者のオボロであった。
「ルッタがくれたものだ。私が飲もう!」
一方、完全にルッタのことを信頼しきっているユキマルは、嬉しそうに目を輝かせながらそれを受け取る。珍しい物が好きらしい。
「せ、拙者が先に毒見するでござるっ!」
オボロはそう言いつつ、薬を受け取って処分してしまおうという魂胆であった。
「いやいや、その心配はない。私はルッタのことを信頼している。そんなことをしたら失礼であろう」
彼女のことを理解しているユキマルは、そう言い張る。
「どう考えても信頼の置けない存在でござるよっ!」
「しかし、私が飲んだ方が式神の力も増して良いのではないだろうか?」
「そうであっても、安全が確認できるまでは絶対に飲ませないでござるっ!」
薬を取り合っている二人を見て、ルッタはニコニコしながら瓶を追加する。
「ここにもう二つ置いておくので、仲良く飲んでください!」
「なッ――!?」
厄介な物が増え、絶望の表情を浮かべるオボロ。
「喧嘩は良くありませんよ!」
ルッタはそれだけ言い残して、二人の前から消えるのだった。
*
そのようにして、すごい薬は各地へとばら撒かれていった。その作成方法がまとめられた紙はセレーヌの手に渡り、ゲーム・ピコピコ教団の間で共有されることとなったのである。
当然、教団の信者たちは喜びながらそれを世に広めていく。人々の能力は覚醒し、限界が取り払われる。
――そうして圧倒的な強さを手に入れた人類に、魔人との違いは存在するのだろうか。
その答えは誰も知らない。




