第113話 お風呂よりも入りたいものがあります!
冒険者ギルドでの登録を済ませる頃には、外はすっかり夕方になっていた。
ルッタはもう一度下水道に入ってレベル上げすることを提案したが、それは早くお風呂に入りたい精霊たちによって全力で拒否されてしまう。
そこで彼は仕方なく精霊たちをアルルー邸に送り届け、自分はレベル上げのために再び湖上都市の下水道へと戻ることに決めるのだった。
別れ際、必死に引き止めてお風呂へ連行しようとする精霊たちに、彼はこう宣言する。
「僕は湯船ではなくスライムに浸かりたいのです!」
というわけで、今ごろ彼は一人で楽しくスライム浴を行っているのだろう。
一方精霊たちは、体についたべとべとを入念に洗い流した後、湯船に浸かり一息ついていた。
「ごくらくだわー」
メルカは頭にタオルを乗せ、顔を赤くしながら気の抜けた声を発する。
「とけちゃうぅ……」
ツララは幸せそうに目を細めながら、だらしなく湯船の縁にもたれかかっていた。
炎や氷の精霊である彼女達にとって、特性を打ち消すお湯は天敵のように思えるが、どうやらそんなことはないらしい。
「ふへぇ~」
ちなみに、一番とろけているのはフロナである。
頬は完全に緩み、目も口も半開き、頭の中は空っぽである。これで摩耗しきった精神も少しは回復するだろう。
「……ルッタ、予想以上だったわね」
その時、不意にメルカが呟いた。
「毎日ああだと、フロナの身がもたないよぉ~……」
三人の中で一番楽観的なフロナまで弱音を吐く。
「でも……リリアお姉ちゃんにお願いされた……ルッタお兄ちゃんのこと……」
ツララは悩ましげな表情で湯船に肩まで浸かる。
しばしの沈黙の後、メルカが勢いよく立ち上がった。
「あたし達で……やるしかないわ!」
彼女は拳を天高く突き上げ、こう続ける。
「ルッタをまともな男の子にするの!」
「うーん。本当にそんなことできるの~?」
「できるわ! 心優しいあたし達と一緒に過ごせば、そのうちルッタにもちゃんとした人間の心が芽生えるはずよ!」
「なるほど~。わたし達でルッタちゃんに『じょーそーきょーいく』してあげるんだね~!」
何故か納得した様子のフロナ。
「そうよっ! 『|じゃくにくきょうしょく《弱肉強食》』してやるのよっ!」
「お~! なんかすごそ~!」
それはルッタに一番足りている要素である。
「よく分かんないけど……わたしも手伝う……!」
控えめなツララもやる気を出して立ち上がり、決意に満ちた眼差しで二人のことを見つめる。
「ルッタお兄ちゃんを……人間にする……!」
「あたし達ならできるわ! 力を合わせましょっ!」
「じゃくにくきょ~いく~!」
三人はそっと手を重ね合わせた。
「せーの……っ」
「「「おーーーっ!」」」
風呂場に響き渡らる決意の掛け声。
こうして、精霊たちによるルッタ更生計画は静かに幕を開けたのであった。
*
その夜。
「ふぅ……」
満足いくまで経験値を稼ぎ尽くし、全身べとべとで屋敷へと舞い戻ってきたルッタは、誰にも見つからないようこっそりと風呂場へやって来る。
そうしてべとべとになった服を脱ぎ捨て、湯けむりの立ち込める浴場へと足を踏み入れた。
「……それにしても、なぜお風呂に毎日入らないといけないのでしょうか? スキップ機能を実装して欲しいです!」
その言葉が人としての義務に対する文句なのか、ゲームシステムに対する疑問なのかは不明である。
(体を綺麗にすることが目的なのであれば、洗浄効果のあるスライムがいれば……)
彼が頭の中で恐ろしい計画を閃きつつあったその時。
「お風呂に入るのが面倒なら、お姉さまが代わりに洗ってあげるわ」
背後から声がした。
振り返ると、いつの間にか服を脱ぎ終えたリリアが湯気に包まれ立っている。
「お断りします」
ルッタは即答した。
「そんな……」
悲しそうな顔をするリリア。
そんな姉には構わず、ルッタはシャワーを浴びてべとべとになった体を綺麗に洗い流した。
すると、その肌が妙につやつやと輝き始める。一部のスライムには美肌効果があるのだ。
「……リリア姉さまは、お風呂に入るのが面倒ではないのですか?」
ふと疑問に思い、何気なく尋ねるルッタ。
「それはもちろん……面倒だわ。だからこんな時間に入っているの……」
即答であった。
「……いっそ、ルッタちゃんが私の体を隅々まで洗ってくれないかしら」
「自分で洗ってください」
「あうぅ……」
当然のごとく拒絶され、失意の表情をするリリア。原作のメインヒロインとは思えない体たらくであった。
「……そうだ! 自動で体を洗える方法を思いついたので、完成したらリリア姉さまにも教えてあげますね!」
その時、ルッタが目を輝かせながら言う。
「それは本当?」
「はい! 僕に任せてください!」
「うふふ、期待しているわルッタちゃん」
こうして、将来的に姉がスライム浴をさせられる未来が確定した。彼女の精神は本編開始まで無事でいられるのだろうか。




