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第109話 あまりにも恐ろしすぎます!


 部屋の窓を開け放ち、朝日に向かって大きく伸びをしたルッタ。


「今日もいいグラフィックです!」


 彼は眼前に広がる屋敷の庭を見てそう言った。


 幻夢流師範であるラオとの戦いから更に月日が流れ、現在の彼は八歳である。


「ルッタツー! お留守番をよろしくお願いしますね!」


 いつものように分身を呼び出し、服を着替えて脱走の準備を整えるルッタ。


 しかし、今日はルッタツーの様子がおかしかった。


「…………っ!」


 ぶるぶると震えたまま、その場から動こうとしないのである。


「おや、風邪をひいてしまったのですか? 僕の分身なのに……?」


 ルッタは思わずそんな疑問を口にした。


「お前は……怖くないのかっ……! どうして平気でいられるんだっ!」


「ええと、何の話をしているのですか?」


「魔王だよっ!」


 叫ぶルッタツー。その顔はすっかり青ざめてしまっている。


「あいつら……本物だ……! お前でも殺された……っ!」


「でもゲームオーバーにはなりませんでしたよ?」


「お前でも勝てないんだっ!」


 どうやら彼は、真の魔王たちのことをルッタの中から見ていたらしい。その恐怖を忘れられず、完全に心を折られてしまったようだ。


「あの、そういう挫折イベントは主人公がやった方がいいと思いますよ?」


「我は真面目な話をしているのだぞっ!」


「なるほど。シリアスシーンをやりたかったのですね……!」


 ルッタツーの意図を盛大に間違った方向で察したルッタは、きりっとした表情をして雰囲気を合わせようとする。


「魔王の力……とても強大でした……! 僕も恐ろしくて、足が一歩も動かず……その心が安らぐこともなく……えーと、大変な気持ちで……」


「嘘をつくなっ! お前は今も平気な顔をしているではないかっ!」


「ルッタツーに合わせたのに……注文が多すぎます!」


「どうしてお前はそうなのだっ! 何を考えているっ?! 恐怖は感じないのかっ!」


 我慢の限界を迎えたルッタツーは、本体に詰め寄る。


「……よく分かりませんが、現時点で魔王の皆さんに勝てないのは仕方がないことです。ステータスの差が大きすぎますからね。――でも、その分レベルを上げて強くなれば良いのです!」


 ルッタの返答はいつも通りといった感じであった。


「…………。確かに、お前が一番怖いな……」


 恐慌状態だったルッタツーは、少しだけ冷静さを取り戻す。


「僕の熱い言葉が届いたのですね……!」


「違う」


 彼は首を横に振りながら、力なくベッドに腰かけた。


「ともかく、そういうわけなので僕はレベル上げに――」


 だがその時、不意に部屋の扉がノックされる。


「……ルッタちゃん。お話があるの」


 リリアの声だ。


「はい! なんでしょうか?」」


 ひとまずルッタが返事をする。


「開けてちょうだい」


「分かりました!」


 中を覗き込まれないよう、少しだけ扉を開けて姉の呼びかけに応じた。


「用件をどうぞ、リリア姉さま!」


「あのね、ルッタちゃん……」


 リリアはいつになく真剣な声で続ける。


「――今、二人で話していたでしょう」


「…………わっ!?」


 驚愕の表情を浮かべて固まるルッタ。


「そ、それは……幻聴かもしれません!」


 慌てて否定するが、もちろん姉は引き下がらない。


「あのね、これが初めてじゃないの。隣の部屋から、ルッタちゃんの可愛らしい声が重なって聞こえることが何度もあったわ」


「つ、疲れているのかもしれません! リリア姉さまが!」


「ルッタちゃん……二人いるでしょう?」


 リリアは半開きの扉の中へ体を押し込み、顔を間近まで近づけて問いかける。


「またおかしな魔法を覚えたのでしょう……? きっと、それを使ってお屋敷を抜け出しているのね……?」


 優しい声音であったが、妙に圧が強かった。


「………………」


 完全に言い当てられてしまったルッタは、冷や汗をかきながらルッタツーへ助けを求める視線を送る。


 しかし、小さく首を横に振られるだけだった。


「ルッタちゃんはお姉さまに嘘をつかないって……信じているわ」


「た、試されています……!」


 魔王たち相手でも動じなかったはずのルッタが、一歩だけ後ずさる。


「もはや……これまで……!」


 観念したルッタは、扉を開けてリリアを部屋の中へ招き入れることにするのだった。


 *


「こっちの僕が……分身のルッタツーです……。割と頻繁に入れ替わっていました……」


「騙してごめんなさい、リリア姉さま。分身の僕は本体の僕に逆らえないのです」


 ルッタツーはそう言って、ぺこりと丁寧にお辞儀をする。


 ルッタに代わって貴族の礼儀作法を学んでいるせいか、明らかに彼の方が品行方正であった。


「な、なんてことなの……! 本当にルッタちゃんが二人も居るわ……っ!」


 リリアは胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、感激した様子でルッタとルッタツーの姿を交互に眺める。


 喜びのあまり目が潤んでいた。


「あの……僕はこれからもお屋敷を抜け出したいので、お父様やお母様には内緒にしていて欲しいのですが……」


 反省した雰囲気を出しつつ、一切反省していないことが明白なお願いをするルッタ。


「でも……ルッタちゃんに危ないことはして欲しくないわ……」


 リリアは悲しそうな表情をしながら言った。


「そんなに危ないことはしません! ゲームオーバーになったら意味がないので、安全第一です!」


「……お姉さまの目を見て、ちゃんと約束できるかしら?」


「はい! 約束します!」


 真っすぐな瞳でそう宣言されたリリアは、少しだけ考え込むように目を伏せる。


「一つだけ……条件があるの」


 そして、ゆっくりと顔を上げた。


「はい! なんでも言ってください!」


「一人で良いから……寝るときにルッタちゃんを貸してちょうだい……?」


「…………?」


 姉の発言に理解が追いつかず、笑顔のまま固まるルッタ。


「大切にするわ」


「――僕を抱き枕にしようとしないでくださいっ!」


 抗議されたリリアは、小さく肩をすくめる。


「本当は二人に挟まれて眠りたいのに、一人で我慢してあげているのよ……? これ以上お姉さまを困らせないで」


「あまりにも理不尽です!」


「いい? お姉さまは、寝ているルッタちゃんのほっぺたをぷにぷにしている時が一番幸せを感じるの。それ無しでは生きていけないわ」


「もっと他の幸せを見つけてください!」


 珍しくルッタの意見の方が正しかった。


「……仕方ないので、ルッタツーにお願いします。ルッタツーは怖がりなので、お姉さまと一緒に眠れた方が嬉しいと思います!」


「な、何を勝手に……っ!」


 もちろん、ルッタツーに拒否権はない。本人もどこか満更ではなさそうな様子なので、問題ないだろう。


「よろしくね、ルッタツーちゃん」


 リリアは分身の方へ歩み寄り、優しく頭をなでる。


「あ……うぅ……!」


 かくして、ルッタとルッタツーは恐るべき独裁者の監視下に置かれることとなったのである。


「――そうだ。二人のこと、私だけが見分けられるようにしなければいけないわ」

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