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第108話 魔王の宴


 魔王の姿や力に関する伝承は、国ごとに大きく異なっている。その原因は歴史や文化の差異によるものではなく、彼らが複数の災厄として同時に存在しているからだ。


 無数の怪物たちの魂が繋がれた深淵の底で、彼らは今も解放の時を待っている。


 天からの光が届かぬ奈落の中心には六つの巨大な椅子が円環上に並び、彼ら――六柱の魔王が暇つぶしの宴会を続けていた。


「いやあ、今日も愉しいねぇ。キミらと居ると飽きが来ないよ」


 椅子の一つにだらしなく腰掛け、円卓に並ぶ山盛りの料理にフォークを突き立てているのは、華奢な少女のような姿をした青緑色の髪の美少年であった。


 彼の名はベルゼビュート。リゼリノ王国の魔素結晶マナクリスタルにその肉体を封じられている魔王そのものである。


「たのしい? ……退屈の間違いでしょう」


 隣に座る桃色の髪の気だるげな少女――ベルフェゴールが、ぎの人形を抱きしめながらため息交じりに言った。


 よく耳を澄ませば、人形の口からうめき声のようなものが漏れているのが聞こえてくる。


「ふむ。強いて言うなら……愉快なほど退屈じゃな」


 褐色の肌をした金髪の女性――バアルが、大きな器に注がれた酒を一気に飲み干し、不敵な笑みを浮かべる。


「喧しいぞ! うぬらはくだらん嘆きしか口にできんのか? この腑抜け共めッ!」


 全身を灼熱の炎が包む大男――イブリースが拳で円卓を叩くと、衝撃によって深淵の空気が震えた。


「即物的な快楽に溺れてばかりいるから退屈に苦しむ。それに腹を立てるのも結局は等しく愚かなことだ」


 死人のように真っ白な肌をした銀髪の美青年――ルシフェルは、独り言のように呟く。彼が指先で触れたグラスが一瞬にして凍り付き、粉々に砕け散った。


「隕九◆縺ェ」


 円卓の一角に鎮座する巨大な異形の影――ディアボロスは、無数の手足を不気味に変化させながら虚空を見つめ続けている。何か声のようなものを発しているが、明確な思考があるのかすら判らない。


 彼ら魔王の周囲を取り巻くのは、過ぎし時代に封印された怪物たちの魂だ。思わず耳を塞ぎたくなるような怨嗟の声を漏らしながら、獲物を求めて蠢いている。


 六柱の魔王が集う深淵の底には、あらゆる恐怖が濃縮されたかのような重苦しい空気が流れていた。


「皆さんの言うことはとてもよく分かります! 退屈なのは辛いですよね!」


 ――その時、底抜けに明るい場違いな声が響き渡る。


 ベルゼビュートとベルフェゴールの間に存在しないはずの七つ目の席が出現し、そこに白髪の可愛らしい美少年が座っていたのだ。


「敵キャラに意外と共感できてしまうのは……ストーリー重視のゲームでは良くあることですっ!」


 少年は身を乗り出し、円卓に並ぶご馳走へ必死に手を伸ばしながら不可解なことを話し続ける。


 しかし手が届かなかったため、残念そうに諦めてこう言った。


「……ところで、どうして僕はこんな場所に居るのでしょうか?」


 彼の名はルッタ・アルルー。人より少しだけ経験値が好きなごく普通の少年である。


「おうちで寝ていたはずなのですが」


「……だれ。この子」


 ベルフェゴールはぎゅっと人形を抱きしめながら、興味深そうにルッタのことを観察する。


「あー。たぶんボクの弟……ってことになるのかな?」


 ベルゼビュートはあっけらかんとして答えた。


巫山戯ふざけるな、理解できんぞッ!」


「妾も此奴の意見に賛成じゃな。今の説明では言葉が足りぬわ」


 イブリースとバアルが同時に彼を睨みつける。


「つまりね、ボクが現世に出していた魂の一部をこの子が勝手に取り込んじゃったみたいなんだよ。どうしてそうなったのかは分からないけど」


 ベルゼビュートは苦笑しながら続けた。


「そのまま眷属にできれば良かったんだけどさ、完全に新しい魔王として独立しちゃってるみたいだし……。だからまあ、弟ってことになるのかなぁ?」


「なんと! 魔王ベルゼビュートが僕の兄様だったのですか?! ベルゼビュート兄様なのですか?!」


 衝撃の事実にルッタも驚いている様子だ。


「確かに……ちょっと似てるかもしれないわ。うざいところが」


 ベルフェゴールは横目で新しい魔王のことを見つめながら呟く。


「無駄に騒がしいのが増えたか……」


 鬱陶しそうに顔を歪め、深いため息をつくルシフェル。


「いいえ、そんなこと有り得ません! 魔王と家族になった覚えは……」


 そこで、彼はルッタツーのことを思い出す。


「なくはないかもしれません!」


 どうやら一人で勝手に納得することができたらしい。


「何にせよ、魔王の皆さんを経験値にするにはまだレベルが足りていません! ひとまずお家に帰りたいのですが、どうしたら――」


 刹那。


「谿コ縺励※」


 ディアボロスが伸ばした腕――巨大な触手がルッタの頭部を丸ごと呑み込み、そのまま噛み砕く。


「親切だねぇ」


 ベルゼビュートはゆっくりと消滅していく胴体を冷たい目で眺めながら、そう呟くのだった。


 *


 それからすぐ、ルッタは自室のベッドの上で目覚める。


「帰れました! 良かったです!」


 そして、安心した様子でそう言った。


「ちゃんとお家に帰してくれるなんて、魔王の皆さんは思っていたよりも親切なのですね!」


 外はすっかり朝である。

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