第101話 命が危険で危ないです!
その男が恐る恐る物置部屋の扉を開け、外の様子を確認した時には、全てが終わっていた。
「お、おいおい……」
道場の廊下には、夥しい数の幻夢流門下生たちが倒れ伏し、完全に意識を失っている。もはやぴくりとも動かない。
「こりゃあ……何があったんだよ……!」
町のごろつきであった彼は、数日前にこの道場の人間に絡んだところ返り討ちにあい、そのまま無理やり入門させられたばかりだ。
いずれ師範であるラオに下剋上をするため、今日は粛々と物置部屋の掃除を行っていたのだが、突如として異変が起きた。
廊下の方から激しい怒声や悲鳴、そして爆音が鳴り響き、彼は恐ろしさのあまり外へ出られなくなってしまったのだ。
息をひそめて『何か』をやり過ごしているうちに静寂が訪れたので、今は意を決し外の様子を覗いてみたところであった。
そして目の当たりにしたのが、死屍累々の地獄絵図と化した廊下の惨状である。
「道場破り……?」
一番の下っ端にして雑用である彼は、誰からも事情を説明されていなかった。
「普通ここまでするか……? いや、できるのか……?」
幻夢流の門下生たちは武闘派揃いの危険な集団だ。彼はここ数日で嫌と言う程それを理解させられている。
そんな血気盛んな武闘家たちが、全員まとめて気絶させられているのだ。
明らかに異常であった。
「……ません……。……が…………りま……」
その時、どこからともなく子供の囁くような声が聞こえてくる。
「ん?」
ぎしぎしと軋む床の音が、だんだんと近づいて来ていた。
「……足りません……経験値が……ぜんぜん足りません……」
やがて廊下の突き当りから姿を現したのは、白髪の小さな少年――ルッタである。
「エンカウント率が……低すぎます……僕はレベル上げをしたいのに……」
彼は前後左右に謎のステップを踏みながら、ゆっくりとこちらへ近づいて来ていた。
ちなみに、アルティマ・ファンタジアはフィールド上に敵の姿が見えているシンボルエンカウント方式であるため、無駄に動いても意味はない。
「せめて、武闘家見習いも一体くらい倒しておきたいです……!」
回避率が高く遭遇してもすぐに逃走してしまう武闘家見習いは、道場の雑魚敵の中で一番経験値が高く設定されているのだ。
「エンカウント……エンカウント……早く出て来てください……!」
言いながら、おかしな動きのまま扉の前を通り過ぎていくルッタ。
「なんだお前……」
人が大勢倒れている廊下で謎の奇行を続ける少年を目の当たりにした男――武闘家見習いは、思わず声を出してしまう。
刹那、二人の目が合った。
「!」
物置に潜む男の存在に気づいたルッタは、にこぉっ……と満面の笑みを浮かべて一言。
「……経験値だぁ」
――その後、彼がどうなったかを知る者は誰もいない。
*
同刻、真元流師範と幻夢流の実力者たちとの闘いは、熾烈を極めていた。
「ふぅ……老体には堪えるわい」
襲い来る数多くの門下生たちを返り討ちにした老師だったが、どうやら体力の限界が近いようだ。
「どうした老師? まだ戦える者は大勢残っているぞ?」
まるで玉座のような椅子に座り、離れた場所から高みの見物をしていたラオは、余裕の笑みを浮かべながら言った。
「……降参すれば帰してもらえるかのう?」
老師は呼吸を整えながら問いかける。
すると、ラオは腕を組みながら答えた。
「そんなことを言うな。俺は今、感動している。これほどまでに技量を高めた武闘家を見るのは初めてだ。まさに、その所作全てが奥義たりえる……お前の言うことは正しい」
「では、もう争う理由もないじゃろ」
「……だからこそ悲しい。老いとは、才能と力を持った人間からも闘争心を奪い去り、それほどまでに弱くしてしまうものなのか? 今のお前にあるのは達観ではなく、ただの諦めだろう」
彼の言葉を老師は鼻で笑う。
「お主と違って、素直で可愛い弟子たちに囲まれておるからのう……単に満ち足りておるだけじゃよ」
「くだらんな。心が弱れば身体も鈍る。そうやって欺瞞に満ちた言い訳を重ねるうちに、お前の素晴らしい技は消え失せてしまうのだ。……本当はまともな弟子がいなくて困っているのだろう?」
「技など、結局は各自で勝手に発見し身につけるもの。もっと大切な教え――真元流の心は、あの子らにもしっかりと受け継がれておる。……かつてのわしがそうであったように」
そう話す老師の目からは、頑なな意志が感じられた。
「……そうか。ならばその素晴らしい技が衰え穢れていく前に、この手で引導を渡してやるのみだ」
ラオがそう言って指を鳴らすと、今まで老師と闘っていた門下生たちが一斉に引き下がる。
「一流の使い手である俺に敗北し、せめて華々しく散れ」
彼は老師の前で構えを取り、冷たく言い放った。
「まったく、難儀な人間じゃな……。もうそんな体力残っておらんよ」
対して、老師も大きく息を吐きながら迎え撃つ構えを取る。
(最早これまで、かのう……)
――絶体絶命。
老師の頭に、そんな言葉がよぎった次の瞬間。
――バーンッ!
……突如として、大広間の巨大な扉が外側から勢いよく開け放たれた。
「ようやくボス部屋に到着しました!」
場違いなほどに明るい少年の声が、その場に響き渡る。
「おや、こんな所に居たのですね師匠! さっきぶりです!」
全てを蹴散らす災厄の入場だ。




