第3話:傷の共有
屋上の風は、少しだけ優しくなった気がした。
遥はフェンスにもたれながら、空を見上げていた。
美咲は隣に腰を下ろし、バッグを膝に抱えている。
「……母親、いなくなったの。突然」
遥がぽつりと口を開いた。
「“ちょっと出かけてくる”って言って、それっきり。警察にも言えなかった。恥ずかしくて」
美咲は黙って聞いていた。
遥の声は震えていたが、どこか諦めたようでもあった。
「それから、誰とも話してない。学校も、友達も、全部どうでもよくなった」
「……怖かった?」
「うん。怖いし、悔しいし、でも……一番は、悲しかった」
美咲はそっと、自分の手を握った。
「私も、家が怖い。父親が……怒鳴るだけじゃなくて、叩いたり、物壊したり。
でも、誰にも言えない。“いい子”でいなきゃって思ってた」
遥は驚いたように美咲を見た。
「そんなふうに見えなかった。いつも笑ってるし、みんなに好かれてるし」
「それ、全部演技。誰にも本当のこと、知られたくなかったから」
ふたりはしばらく黙っていた。
でも、その沈黙は、もう重くなかった。
「……ねえ」
美咲がそっと言った。
「リリィってさ、最後に“痛みを知ってる人は、誰かを守れる”って言ってたよね」
「うん。あれ、すごく好きだった」
「私たち、ちょっとだけリリィに似てるかもね」
遥は、初めて自分から笑った。
それは、ほんの少しだけど、確かな笑顔だった。
「……友達になってくれる?」
「うん。なりたい」
夜空には、ふたりの言葉を包むように、星が静かに瞬いていた。




