転生者が集まる町にあの娘がいた。〜魔術師ショウの恋愛事情〜
女神からもらった火魔法でオークを片付けると、俺は手早く心臓から魔石を取り出した。
転生した直後は恐ろしくてできなかったこうした仕事も、必要に迫られて何度もやっているうちに今では何も考えずにできるようになった。
オークはいい。そんなに強いわけでもないし、魔石だけでなく、肉も売ることができる。売れない屑肉も自分で食べる分には味も変わらないし、食費の節約になる。オークを狩っていれば生活にまず困ることはない。冒険者の強い味方である。
俺がオークの魔石と肉を持ってギルドの扉を開けると、この町のトップパーティである『風と共に去りぬ』が大騒ぎをしていた。南の洞窟のボスを倒したらしい。ボスを倒すことができたので、洞窟の先に進めるようになったそうだ。俺のように生活のために安全第一で狩りをしている冒険者と違って、探索をメインにしているヤツらには朗報だろう。
『風と共に去りぬ』のリーダーは自称美少女冒険者のスカーレットで、強力な回復魔法の使い手だ。ギルドでは聖女と呼ばれている。自称ではあるものの、確かにちょっとびっくりするほどの美少女だ。話をしたことはないが、パーティ名と名前からしておそらく彼女も転生者だろう。
この町には転生者が多い。冒険者だけでなく、ギルドの職員や住民にも転生者と思われる人達が数多くいる。魔物が跋扈する世界なので、対抗策として女神が転生者を集めているのかもしれない。
騒ぎを避けてギルドの中に入ると、スカーレットと目が合った。スカーレットは俺をじっと見ていた。
何だろと思ったが、今の俺にはもっと大切なことがある。今日こそはやってやるぞと心に決めていた。
気合を入れて、俺は受付に向かった。
受付には新人の受付嬢が座っていた。
黒髪のショートカットで十七、八くらいだと思う。
この子は受付する時に相手の目をじっと見る癖がある。
その態度は、前世で通っていたコンビニのバイトの子を思い出させた。ずっと声をかけたいと思っていたけど、実現する前に俺は死んでしまった。数少ない前世での心残りの一つだ。
俺は魔石とオークの肉をテーブルに置いて、ギルド証を受付嬢に差し出した。
「雷天ペイで」
「はい」
受付嬢は何かを探してテーブルの上で手をさまよわせた。
「……えっ!?」
受付嬢は驚いた顔で俺を見上げた。
「やっぱり。君、転生者だよね」
「そうですけど……」
「吉祥寺のコンビニでバイトしてなかった?」
彼女が俺の顔をじっと見た。
「……あっ、もしかして夜中によくカラアゲちゃん買いに来てくれてた人じゃないですか?」
彼女の顔がぱっとほころんだ。
「え、俺のこと覚えててくれた?うれしいなあ」
「そうかなあって。雰囲気がそっくりだったので」
「奇遇だね」
「本当ですね。この町は転生者が多いって聞いてましたけど、知ってる人に会うこともあるんですねえ」
知ってる人か。知っている人と言われるとちょっと嬉しい。
「俺はショウ。こっちでは冒険者やってるから色々世話になると思うけどよろしくね」
「アオイです。こちらこそよろしくお願いします。いきなりこの世界に送られたので不安だったんですけど、知っている人がいてくれて心強いです」
「困ったことがあったら何でも相談してよ」
「その時はぜひお願いします」
彼女はにっこりと微笑んだ。
―――――――――――――――
「いよっしゃあぁぁ!」
ギルドを出た途端、俺は大声を上げてガッツボーズした。
「アオイちゃんか。ついに名前が聞けたぞ」
前世でできなかったことがこの世界でできた。これに比べればオークを倒すことなんか児戯に等しい。俺がこの世界に転生して初めて勇気を出した行動だった。今日は自分へのご褒美に酒を買って帰ろう。
その後、俺は受付に行く度にマメにアオイに話しかけ、二人で時々外に出かけるようになるまで漕ぎつけた。
はっきりと気持ちを伝えてはいなかったが、好意を持たれていなければ一緒に出掛けるなんてことはないだろうし、告白するのは彼女の気持ちがはっきりわかってからでいいかと俺はのん気に構えていた。
ある日、俺がギルドに行くと、受付でアオイが若い冒険者と親しげに話をしていた。
確か「ヴィシャス・ボーイズ」という転生者達が集まった十代の若いパーティだ。
転生者は転生特典として女神から強力なスキルを与えられるので、スタートは地元民の冒険者よりも強い。
与えられたスキルをどのように育てるかどうかは当人にかかっているので、時間が経てばその差は埋まっていくのだが、スタートダッシュができるのはやはり有利だ。
このパーティもそうしたスタートダッシュに成功した一つで、冒険者を始めたばかりにも関わらず、大きな成果を上げていた。
「いいだろ。飲みに行こうよ」
「行きたくないわけじゃないんですけど、仕事がありますから……」
アオイは笑顔を絶やさず、冒険者の誘いをのらりくらりとかわしていた。
はっきり断ればいいのに、と俺は少し苛ついた。こういった輩はあいまいな態度を取ると調子に乗ってくる。
「仕事は何時に終わるの?」
「このギルドでは職員が冒険者さんと親しくするのは禁止されているんです」
「でもさ、この間君がオーク狩りと食事しているのを見たぜ」
「……」
「あいつとつきあってんの?」
「そういうわけじゃないんですけど……」
「やめとけって。あんな地味なヤツ。あいつ、一生オーク狩って生きていくって噂だぜ。そんなヤツと一緒にいたって、何一ついい事ねえよ。あいつの何がいいの?」
「……」
アオイは答えず、考え込むような仕草を見せた。
俺はショックを受けた。今のままじゃダメだ。彼女の気持ちがどうとかいう話じゃない。単に俺に勇気がないだけだった。
相手がこいつかどうかは分からないが、このままじゃ、いずれ誰かに取られる。のん気に構えている場合じゃない。彼女が俺のペースに合わせてくれるなんて勘違いもいいところだった。
「絶対、俺達と一緒にいた方が楽しいって」
男がアオイの手を握ろうとした。
「おい」
俺は男の肩を掴んだ。
「ああん?」
男が振り向いて、俺の顔を見た途端に見下したように笑った。
「何だよ、オーク狩り。文句でもあんのかよ。恋愛は自由だぜ」
男は俺の手を荒っぽく振り払うと、少し距離を取った。
剣士の間合いだ。魔術師の俺には近すぎる。剣に手をかけてはいないが、明らかに挑発してきている。
俺が距離を取ろうとすると、男はにやにやしながら距離を詰めてきた。
「こいつ……」
「はいはい。ここで揉め事はやめてね。出入り禁止になりたいの?」
手を叩きながら、奥からベテランの受付嬢が出てきた。
「へへっ、知ってるぜ、オーク狩り。お前はオークにしか興味ないんだろ。人間の女じゃなくて、大好きなオークのメスでも抱いてろよ」
男はそう言い捨てると笑いながら去っていった。
俺は唇を噛みしめることしかできなかった。
夜、アオイを食事に誘って話をした。
「あんなヤツらに愛想よくしなくてもいいと思うけど」
「だってそれが仕事だし」
アオイはぶすっとした顔で言葉を返した。
「こっちは心配して言ってるのに」
「ショウ君は冒険者だからそんな気楽に言えるけど、私はギルドで働くしかないの。転生者ができる仕事ってそんなにないのよ。私、冒険者なんて怖くてできないし……」
「あいつらタチ悪いんだぞ。いい顔してるとつけこんでくるだけだ」
「うるさいなあ。少し放っといて」
アオイは席を立つと、レストランを出ていった。
嫉妬に駆られて余計なことを言ってしまったかと俺が落ち込んでいると、隣に誰かが座る気配がした。
顔を上げると、『風と共に去りぬ』のスカーレットがじっと俺を見ていた。
「あんた、あたしのパーティに入りなさい」
スカーレットが俺に言った。
「……何で俺を?」
意味がわからない。
「あんた、昔世話してた子に似てるのよね。これに見覚えない?」
スカーレットは首につけたネックレスを俺に見せた。
チタン製の磁気ネックレスで、肌に触れることで血行促進、疲労軽減、睡眠改善効果が期待できるすぐれモノだ。
「あっ、それ!?」
俺は驚いた。その磁気ネックレスは前世で俺が世話になった親戚に贈ったものだ。
「やっぱり翔ちゃんね」
「もしかして珠代おばちゃん!?」
「やーねぇ。今は美少女冒険者のスカーレット様よ!」
スカーレットは俺の肩をバシバシ叩いた。
「しばらく見てたけど、あんた小さくまとまりすぎよ。男でしょ。そんなんじゃ、彼女に愛想つかされるわよ」
「……そうかな?」
「女はね、ちょっと危険な香りがする男に惹かれるものなのよ」
スカーレットはそう言うと、遠くを見るような目をした。
彼女の前世の旦那さんは競艇にはまってえらい借金を作ったという話である。
「あんた、おじいちゃんになるまでオークを狩り続けるつもり?夢はないの?」
「うーん……特にこれといって……」
俺はしばらく考えたが、何も思い浮かばなかった。ずっとアオイと一緒にいられたらいいなっていうくらいだ。
「あんたね、せっかく転生したんだから夢を持ちなさいよ。いつも言ってるでしょ。あんたみたいにぼーっとしてると、あっという間に人生終わっちゃうわよ」
確かに。特に何ごともなく一回終わったしな。
その後も俺は小一時間に渡ってスカーレットに説教された。
「腕の一本や二本千切れても治してあげるから、明日から西の洞窟に行くわよ」
「でも、俺なんかが入ったら他のメンバーが嫌がるんじゃないの?」
「大丈夫よ。ウチのパーティはアットホームが売りなのよ」
スカーレットは胸を張った。
入ってみて分かったが、パーティメンバー全員親戚だった……。
そりゃ、アットホームだわ。アットホームどころかただのホームだわ。正月に親戚一同が集まった新年会のような雰囲気だ。パーティ名を『山崎家の団欒』とかにした方がしっくりくる。
「若いんだから、前衛をやりなさい」
「俺、魔術師なんだけど……」
「こら、翔。若いうちから楽を覚えるとろくなことにならないぞ」
職業特性をまるっと無視した主張により前衛をやらされた。
言い出したのは聖騎士のキヨシ(父方の祖父。享年78)である。寒がりの祖父は暖かそうだからという理由で聖騎士を選んだらしい。
紙装甲の魔術師が前衛で、重装甲の聖騎士が後衛っておかしいだろと思ったが、祖父には毎年お年玉をもらった恩がある。拒否することもできず、俺は前衛を務めることになった。
俺は、モンスターに腕を食い千切られようが、足を砕かれようが、腹を貫かれようが、スカーレットの回復魔法で即座に戦線復帰という拷問さながらの戦いを強いられた。
『風と共に去りぬ』のパーティメンバーは、即死さえしなければスカーレットに回復してもらえるので、痛みに慣れさえすれば怖いものなしである。メンバーはすっかり慣れきっていて、笑いながらモンスターに突っ込んでいく。
そりゃ、強いわけだ。何かが壊れてしまっている。
倒せども倒せどもゾンビのように復活してくるメンバーに、モンスターの心がだんだん折れていく様は見ものだった。
おかげで俺は、魔術師のくせにHPと筋力と素早さが異様に高いという不思議ステータスになった。
西の洞窟の討伐が終わり、俺は久しぶりに町に帰ってきた。
しばらく休暇をもらえたので、早速俺はアオイに会いにギルドに向かった。
ギルドに来るのも二週間ぶりである。ちょっと間が空いてしまった。オーク狩りをやっていた時は毎日ギルドに通っていたから不思議な気分だ。
ギルドに入ると、アオイが暗い顔で受付に座っていた。
どうしたんだろ?何かあったのかな?
俺は心配になって、急いで受付に向かうと、俯いているアオイにギルド章を出した。
「雷天ペイで」
「え?」
アオイが顔を上げた。
「ショウ君!今までどこにいたのっ!」
俺の顔を見た途端、アオイは大声を上げて立ち上がった。
ギルドにいた人間の視線が一斉にアオイに集まった。
「あ」
アオイは口を押えて、不安げにまわりを見回した。
奥から先輩の受付嬢がやってきてアオイの肩に手を置いた。
「アオイちゃん、代わるわ。休憩に行ってらっしゃい」
「でも……」
「いいから、いいから」
先輩の受付嬢はアオイの背中を押した。
―――――――――――――――
「へぇー、スカーレットさんのパーティに入ったんだ。すごいね。この町のトップパーティだよ。入りたくても入れない人いっぱいいるのに」
まあ、親族しか入れないしな。
「おかげで毎日死にそうになってる」
もう何回手足が千切れたか覚えていない。すっかり日常になってしまった。人間って、慣れるもんなんだな。
「そういえば、ヴィシャス・ボーイズのヤツらは?」
「もう片付いた。転生してすぐの人はああいう感じになる人多いんだって。仕事だと思って我慢して相手してたらしつこくて。帰りに待ち伏せされるようになっちゃって。先輩に相談したら、ギルド長が注意してくれたの。そうしたら捨て台詞吐いて、町を出ていったよ」
「そうか、よかった。暗い顔してたから何かあったんじゃないかと思って心配した」
「だって、あれからショウ君ギルドに来なくなったし……。嫌われちゃったのかと思った」
「そんなことあるはずないって。あの後、そのまま西の洞窟まで連れていかれて、モンスターと戦わされてた」
「助けて欲しかったのに。肝心な時にいないんだもん」
アオイは恨めしげな眼で俺を見た。
「遠征する時はちゃんと言ってほしい」
「ごめん……」
もっとちゃんとコミュニケーションを取れば良かった。自分一人で勝手に分かった気になるのが俺の悪い癖だ。
「次から気をつける。困ったことがあったら何でも言って。今度は必ず守ってみせるから」
今の俺はオーク程度なら、素手で殴り殺せる自信がある。
でも、いくら強くなったとしても、大切な人を守れなかったら意味がない。
「絶対よ。約束よ」
「うん。約束する」
俺はアオイに自分の気持ちを伝えた。
アオイは「うん」と言って、恥ずかしそうに、嬉しそうに微笑んだ。
「でも、もっと早く言ってほしかったな」
「ごめん」
何か、俺謝ってばっかだな。
「ショウ君、ちょっと格好よくなったよ」
「そうかな。自分ではわかんない。ちなみに前はどんな感じだった?」
「うーん。なんかおじいちゃんみたいだった」
「え?」
「淡々としてて生気を感じないというか。やさしいんだけど、それだけっていうか……」
うっ、スカーレットの言葉は正しかったのか。あのままだとやばかったな。『風と共に去りぬ』に入ったのは正解だった。
「でも、ショウ君、受付嬢の中では評価高かったよ」
「そうなの?何で?」
「だって必ず帰ってくるでしょ。冒険者の人ってかっこつけて強いモンスターに向かっていく人多いけど、亡くなる人も多いの。待つ身としてはあんまり危ないことしないでほしいなって」
そうか、町で暮らしている人は冒険者とは考え方が違うんだな。
それにしても、待つ身って言ってもらえて、何だか嬉しい。
「スカーレットさんがいるなら少しは安心かな」
「まあ、即死さえしなければ回復してくれるしね。楽になれない分、地獄だけど。最初は何の拷問かと思った」
「でも、心配だなぁ。あれだけ可愛いと心が動くんじゃない?」
アオイは俺を確かめるような目をした。
「それはない!絶対にない!死んでもない!あれは美少女の皮を被った親戚のおばちゃんだ!」
俺は全力で否定した。
「そうなんだ。ちょっと安心した」
アオイはうふふと笑った。
可愛いなあ。ほんの少し勇気を出せば、こんな笑顔を見ることができたんだ。
前世ではできなかったことがセカンドチャンスでできた。
この笑顔を見ることができただけで、転生してよかったと俺は思った。
作品を読んでいただきありがとうございます。
前作の反動(?)で普通の恋愛を書いてみたくなりました。
気に入ってもらえると嬉しいです。