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悪役転生…させんっ!  作者: とる
悪役令息転生
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05. 学園図書館

 右腕が使えるようになるのに三日もかかってしまった。外傷は上級ポーションで早めに治ったが、右腕で魔法を使おうとすると魔力が乱れて発動しない症状が出たのだ。後遺症として残らないか割と不安だったが一晩で快復の兆しが見えていたので、そこまで深刻にならずにすんで良かった。


 黄クラスは悪役令嬢がリーダーシップを発揮してクラス対抗戦に向けて練習をするらしい。貴族至上主義な第二王子派はお高くとまったイメージだが、悪役令嬢の統率力が高いのか生徒の参加率が高い。ご苦労なことである。俺は悪役令嬢に睨まれても行きたいところがあったので不参加だ。何か言われる前に教室を抜け出る。


 学園の建物には、教室や修練場に保健室などがある校舎、教員室や授業用具を保管する倉庫などがある教員棟、学生寮や食堂などが集まる学生棟、王城の書庫にも匹敵すると言われる立派な図書館。その他学生に公開されていない学園の警備が使う建物など様々な建屋がある。

 俺はその中の一つ、学園図書館にやって来ていた。王城の書庫に入りきらない一部の書物を代わりに保管しているとも言われる巨大な図書館の正面に立った俺は、その威容に感動していた。

 巨大な岩山を削り出したような構造物は湿度や火災に強いだろうことが見て取れる。エントランスに立つ何本もの巨大な石柱や、その奥の高さ10メートルはありそうな大扉、異世界人の記憶にあるペトラ遺跡を彷彿とさせる壮麗さは、ここに来た目的を忘れそうにさせるほどだ。


 大扉は普段は開いてないそうなので、横にある通用口から中に入った。ホテルのフロントのような所で入館証を発行して貰う。この入館証にはレベルが設定されており、レベルが低ければ立ち入り可能エリアが最小になる。レベルは保証金で上げることが可能であるが、学生ではレベル3が最大である。王宮関連の秘文書などが納められた禁書庫に足を踏み入れるにはレベル4が必要で、それは学園長が直接許可した数名しか現在は持っていない。

 とりあえず俺はレベル3まで上げるために保証金の手続きをする。レベル3は冗談抜きに王都に家が建つレベルの金額なので、持ち運べないし、運べてもこんなとこで出されても受付の人が困る。伯爵家の保証が付いた公的な債権を発行し、それを引き渡す手続きをしているのだ。

 手続きの確認は本日中には無理だが、入館証をレベル3にはして貰えた。そこはバイクローン伯爵家嫡男の信用で許可が下りる。男爵家以下だと無理な特別待遇だな。


 手続きをしてくれた紳士に礼を言い、二階建ての家ほどの高さの書架の間を歩く。遠い天井からは陽の光がキラキラと書架の森に射し込む。それだけでは本を読むには暗いので、光石を入れたランタンが図書館利用者には貸し出されていた。俺は気になる本があれば立ち止まってパラパラと流し読みし、満足すれば次に行くを暫く続けた。


 レベル2区画の守衛に入館証を見せ、扉を潜って人通りが減った書架の間を歩いていたところ、目的の場所に着く前に通路脇の書見台の一つに知った顔を見つけた。ちょうどローブのフードを外して髪を弄っているところだったので、気付かなかったことにして無視してやり過ごすわけにも行かない。相手もしまったという表情をしているので不本意なのだろう。傍に控えた侍女が近付く俺を制止しようとしたが、それを手で止めていた。


「これはこれは、まさかこのような場所でお会いできるとは。ファルド・フォン・バイクローンです。お会いできて光栄の至り、王女殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じ上げます」


 俺は第三王女に臣下の礼をとって丁寧な挨拶をした。ご機嫌が良いかは知らない。

 改めて見ても妖精のように美しい少女だ。ゲームのワンシーンで詩人が酒場で詠う歌詞を思い出した。

『森の囁きに染まる髪は翠緑の絹のごとく。黄金の瞳は陽光を宿し、秘めたる世界を映し出す。彼女の微笑は花開く春の風のように優しく、声は小川のせせらぎのような清らかさ。自然の精霊たちも羨むその美貌、彼女はまさに森の精霊の化身なり』

 第三王女が幻想的な美しさなのもエルフの血を引くからなのだが、精霊の化身と称されるのが面白い。あの詩人はもしかすると伏線というやつだったのかもな。ところでエルフの特徴的な耳の形はどうやって変えているんだ?幻惑魔法ではないようだが。


「まあ、こんなところでお会いするとは驚きましたわ。お心遣いありがとうございます。お忍びですので、どうかお気遣いなく」


 俺の型通りの挨拶に第三王女も型通りの挨拶を返してくれたので、耳に向けていた不躾な視線に気付かれる前にさっさとこの場を後にしよう。


「名残惜しいですが王女殿下の邪魔をするわけにもまいりません。それでは失礼いたします」


 俺のあっさりとした辞去の言葉に第三王女は少し意外そうな顔をしていた。第二王子派らしく嫌味でも言われると思ったのか?ゲームだと王位をとる御方と敵対する気はありませんよ。




「──あの方、第二王子派だったと思いましたが、私に対する隔意を感じませんでしたね?」


「はい。バイクローン伯爵は第二王子派ですが、ご嫡男のファルド様は少しお変わりになられる方のようです」


「どのように変わっているのですか?」


「第二王子派とは距離をとり、中立派の一部と付き合っているようです。学園生活も武術の鍛錬や学業に力を入れているようで、交友関係を広げる様子もありません」


「お父上と不仲なのかしら?」


「そういった話は聞きません。伯爵と同行する社交の場では、良き後継者として振る舞っている姿が見られています」


「…そう。まあ無闇矢鱈と敵愾心を向ける方でなければいいわ」




 ──ふむ、悪い印象は持たれていないようだな。

 俺は集音の魔法を解除した。この魔法は自分の周りに届いた空気振動を選別・増幅する魔法で、いってみれば集音マイクに近いことが出来る。当然のことながら異世界人の知識をもとに作った魔法だ。この世界は魔法で発展してきた歴史があり、わざわざ縛りのある科学が発展することは無かった。音を集めたければ魔力で音を集めるという考え方が普通で、事実それが出来てしまうので、音が空気の振動で、振動は増幅させることが出来るなんて考えて術式を設計する者がほぼ居ない。音が伝わる仕組みを知っている者が皆無とは言わないが、変わり者の研究者か、経験則で知っている仕事人ぐらいだ。

 この集音の魔法の利点は相手に気付かれないこと。音集めに魔力を拡散すれば感知される危険性が高まるが、届いた音のボリュームを上げるだけなら気付けるモノがないということだ。第三王女が俺に悪感情を抱いていないか一応確認してみたが問題は無いようだ。ゲームの悪役令息を全くやってないから当然といえば当然のことだな。


 レベル2区画を越え、レベル3区画の入り口に立つ。レベル3と4は地下に書庫がある。階段の手前に扉が設けられており、入館証を見せてレベルと本人確認を通ると扉を開けてもらって降りられるようになる。つづら折りになっている石造りの階段を、光石のランタンを掲げながらマンション5階分ぐらいの深さを降りていくと、巨大なトンネルのような横穴に降り立った。

 幅25メートル、長さ100メートルのかまぼこ状の空間に、いくつもの書架が墓標のように建ち並び、街灯のように掲げられたランタンが所々に申し訳程度に建てられている。

 ひんやりとした空気、かび臭くも感じる本の臭いに、ランタンの光届かぬ闇深さが、何処か墓地のような雰囲気を醸し出している。ゲームではイベントでここに来ると幽霊系の敵とエンカウントしたので、あながち墓地というのも間違いではないのかもしれない。壁の横穴とかカタコンベっぽいし。


 人っ子一人居ない書庫を、本を眺めながら歩いていく。レベル3区画は研究者や変わり者の学生ぐらいしか利用する者が居ないため、誰も居ないことも珍しくはない。セキュリティ的な問題にも、出入り口が一カ所なのと、防犯用の魔法装置によって盗難や悪戯、火災防止が施されているため対策はとられている。

 ランタンで石畳に躓かないように気を付けて歩きながら、横穴の最奥まで来る。少し手前で書架は途切れており、開けた空間には何もない。最奥の壁にはさらに奥へと続く隧道が掘られており、ランタンの光が届く範囲に扉などは見えない。

 隧道の入り口は細かな意匠の付いた鉄柵で遮られており、両脇には高さ3メートルはある甲冑姿の武人の石像が建っている。手前に墓石にような石柱が置かれていおり、ここにレベル4の入館証を置き、さらに学園長を伴っていると隧道への柵が開くようになっている。

 守衛は居ない。その代わりが横の二体の石像だ。資格無き者が侵入を試みれば石像が動き出し阻止する。かなりレベルを上げないと攻撃が通らない防御力を持っており、ゲームの今の時期の主人公パーティーでは突破は難しい強さだ。たとえ倒せても守衛が来て捕まるのでどちらにせよ今は入れないが。


 一頻り石像や入り口を観察して満足したら元来た通路を戻る。レベル4の入り口に来たのはゲームで見た映像の実物を見たかっただけだ。俺の目的はこの図書館の奥にあるが、レベル4区画ではない。

 レベル3区画の入り口から見て、左側の横壁に近寄る。位置は入り口と最奥の真ん中辺りだ。この辺りはランタンの街灯の光も届かなく、手持ちのランタンが無いと歩くのもままならない。

 壁に近い書架が乗った床石の一つにランタンの光を近づけると、微かに浮き彫りにされた紋章が見えた。


「見つけた。()()()()()()への入り口だ」


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