01. 樹海建造物群アパータム
本編完結後のおまけです。三話ほど用意しています。
俺の名前はファルド。銀髪碧眼イケメン細マッチョ高身長17歳のただの平民だ。戦闘飛空挺アイロネアグルⅢを駆り、世界中の空を自由に飛び回っている。
「ファルド様、背中のファスナーを上げてくださる?」
「…リズ様、その刺激的なぴっちりスーツを人前で着るのはどうかと」
「他人には見せませんわ。表に出るときは上に何か羽織りますわよ?」
オーバーテクノロジーなボディスーツを着ようとしているのは、俺の相棒のエリザベス女男爵だ。金髪縦ロールの碧眼美少女な上に博物学者で、ぴっちりスーツ越しに浮き出る身体のラインは見事なベジェ曲線を描いている。愛称はリズなので俺は普段はリズ様と呼んでいる。なんとなく呼び捨ては気恥ずかしくて。
髪型をシニヨンにして黒いレザー製のロングスカートとジャケットを羽織り、腰の後ろに電気ショックを発するバトンを吊せばサイバーな自警団の完成だ。中に着ているボディスーツは天空大陸で調達した古代超高度文明時代の戦闘服なので今の時代の重騎士鎧の何倍もの防御力を誇っている。俺も黒いレザー製のジャケットとスラックスに部分鎧を着けた姿だがインナーにボディスーツは着ていない。
『アイロネアグルⅢ、樹海に着陸できる場所はありそうか?』
古代超高度文明時代の言葉で飛空挺のAIに話しかける。
『周囲10kmに該当する場所はありません。空挺降下を提案いたします』
『パラシュートなんてあるのか?』
『魔法で落下速度を減速してください』
なかなか鬼畜な提案をしてくるAIだ。訓練していない奴にぶっつけ本番でやらせることじゃねぇぞ。俺達が飛んでいる飛空挺から降りようとしているところは、地平線の彼方まで緑が続く樹海の中の一角、石材で作られた無機質な四角い建物が樹木の津波に呑まれたかのような景色のここは、冒険者達からは樹海建造物群アパータムと呼ばれる場所である。
アパータムに来た理由は、俺が観たかったのとリズが博物学の研究をするためである。報酬は無いが、幸い以前関わった天空大陸という場所から得られた宝物で遊び回っても支障がないほど資金に余裕はあるので、お宝が見つから無かったとしても心配ない、好奇心が満足させられれば良いのだ。
樹海の中に流れる小川の沢が少しひらけた場所だったので、飛空艇に可能な限り低くまで降りて貰ってから、身体強化魔法をかけた俺がリズを抱き上げて飛び降りた。野営をするつもりは無いので物資は少ない。俺が背嚢を背負って、リズは筆記用具や軽い工具が入ったショルダーバックをタスキにかけている。
小川から屋久杉のような大樹が普通に生える森の向こうに、無機質な四角い石の建物がちらほら見える。そちらに向かって俺達は歩き出した。
森の植生は巨大の一言に尽きる。なんてこと無い落ち葉が畳一枚分くらいあるのを見ると、自分が小人にでもなったかのような心細さを感じる。
リズはそんな感慨を持たないようで、植生や土壌の観察に目を輝かせて邁進していた。
「リズ様、不用意にうろに近づくと危険ですよ。──ほらっ」
大樹の根元に空いた穴をリズが不用意に覗き込んだ時、上から垂れ下がるように無音で降りてきた大人の胴程もある太さの大蛇が大口を開ける。その瞬間に89式銃魔法の弾丸を蛇の眼から脳に撃ち込み、脳漿を反対から噴き出させた。
「あら?ありがとう存じますわ」
リズは感謝の言葉を口に出しながらも身体はうろの中に潜り込み、地面に生えた苔やキノコを観察していた。珍しい種が見つかったのかバックより採集道具を取り出し、周辺の土ごと苔を丁寧に掘り起こしていた。
「ふふっ、こういう木の洞を見ると王都への逃避行で一夜を過ごしたあの森を思い出しますわね?」
「ああ、ありましたね。あの時は貴女を無事に送り届けるのに必死でした」
「ほんとにぃ?随分と余裕綽々な様子でしたわよ」
リズと軽口を交わしながら歩いていると、無機質な箱型の建造物が樹海の木々に紛れて建っていた。捻くれた蔓が建造物の窓から入ったり出たりし、子供ほどの大きさのサルノコシカケのようなキノコが建物を菌床にして無数に生えている。
「小さき風よ、囁きの旋律を奏でよ。来なさい翼の精霊」
リズが小鳥を模した精霊を空中に放す。視覚を共有出来る精霊なのでドローンカメラみたいな使い方をするのだろう。精霊を放った後、俺達二人は斜めに傾いた建物の開口部を跨いで中に入ってみた。
コンクリートに似た質感の建材で建てられた壁は床近くが緑に苔生している。部屋の中に家具などのモノは無く、瓦礫や落ち葉が散乱している。玄関とおぼしきところを出ると廊下があり、等間隔で部屋の入口が続いている。中を覗くとどれも似たような間取りであり、率直な感想はマンションのようだなといったモノだ。異世界人の記憶にある彼の部屋が確かこのような集合住宅だったはずだ。
四角い縦坑が建物の側面に建っている。中はもちろん空で、エレベーターなんかは無い。隣接されている非常階段を登り上の階も探索する。渡り廊下の外から伸びてきた枝が這いずるように部屋に入りこみ、中の壁に根を張るように張り付き青々とした葉を茂らせていた。
部屋の中に珍しく食器棚のような調度品が置いてあったが、中には割れた食器しか残っていなかった。先客に漁られた後なのかもしれない。
部屋の間取り的に浴室の場所を覗くと、珍しく掠奪されていない薄汚れた猫脚の付いたバスタブが残っていた。中には黒く濁った水が溜まっている。
「ああ、これは拙いですわね。すぐ出ましょうファルド様」
リズは黒く濁った水を認識すると、すぐさまきびすを返して撤退を宣言する。俺はリズの知識と判断を信頼しているのでそれに異を唱えず、すぐに部屋の外に向かう。心なしか部屋がさっきよりも暗くなったような気がした。
部屋の玄関を出て廊下を走り階段へ到達する。後ろを振り返ると、バスタブのあった部屋の玄関から黒く長い髪を振り乱した女が這いずり出てくるのが見えた。
「ファルド様!気にしてはいけません。降りますわよ!」
俺はリズの言葉に従って脇目も振らず階段を駆け下りた。
廊下を走り、エントランスを潜り抜け、斜めに傾いた開口部から外に出ると、さっきまでは居なかった不審な男達が立っていて、そのうちの一人がニヤけた顔で声を張り上げた。
「ヒュー!すげぇ上玉連れてる奴が出てきたぜぇ」
五人のむさ苦しい男達が下卑た視線をリズに向けてくる。それぞれメイスや盾に剣や短槍と近接武器を持っていた。ここは冒険者達がアパータムという名で認識している場所なので、人が居ることもおかしくはない。この男達も装備からその類いなのだろうと思う。
「へっへっへ、兄ちゃんよう、ちょっくらそっちの姉ちゃん貸してくれや」
「まあ二度と返えしゃしねえがな!ギャハハハハ!」
「めちゃめちゃキレイだぁ、辛抱たまんね。おでいっぱい出すぞ!」
「おまえはこないだ壊れるまで腰振りやがっただろ!てめえは三発までだ!あんだけのべっぴんだ、こりゃ高く売れるぜえ!!」
冒険者など破落戸と変わらんと言うが、王都ならもう少しお行儀が良いのだがな。辺境だと野盗と見分けがつかん。いや、喋ってる内容からするとこいつら凶状持ちだな。
「とっても不快な者達ですわね!」
「ひゃっはぁ声も良いぜえ!心配しなくても、すぐに快感をくれてやっからよう!」
「「「「ぎゃははははは!!」」」」
リズがゴミを見るような眼差しで男達を見ても、奴らの獣欲を滾らせるだけのようだ。しかもこいつら一見考え無しのように見えるが、不用意に近付いてくる事は無く、自然に散開して包囲してくる。この場所に来られる冒険者はそれなりの実力を持っている事は確かなので、むこうも言動の割に警戒はしているのだろう。
それに目の前の奴らは近接武器しか持っていない。弓持ちや遠距離魔法持ちが隠れて狙ってきているはずだ。奴らのお喋りは時間稼ぎだな。
「ファルド様、小鳥が隠れている者を見つけましたわ──」
リズが隠れているモノ達の場所を耳打ちして教えてくれる。
「ちっきしょう、見せつけやがってよう!男の前でヒーヒー鳴かしてやるぜぇ!!」
樹の上に隠れているのは弓使い二人、下の茂みに詠唱中の魔法使い一人。目の前の男達の戯れ言を無視して、リズに教えられた場所に右手を向けて89式銃魔法を撃ち込んでいく。
「「ギャッ!?」」「ケフッ!?」
弓使い二人には直撃しなかったが弦につがえた矢を取り落とさせ、魔法使いは腹に命中したようで、傷口から出る血を両手で抑えながら、茂みから前のめりに倒れてきた。
「なっ!魔法か!?」「速すぎる!!」
隠れていた後衛が無力化されたことを知ると、前衛の男達は此方に駆け寄ってこようとしたが、俺が89式銃魔法を太ももの高さで横に薙ぐように弾をばらまくと、脚から血を噴き出して悲鳴を上げながらもんどりうって倒れていった。弓使い二人はまた矢をつがえようとしていたが、リズの精霊魔法で樹の幹から生え伸びた拳に顎を打ち抜かれて昏倒してしまった。
「とどめは刺さなくて良かったので?」
リズに小鳥が発見したモノを耳打ちされたときに、男達を殺すなと言われていたのだ。
「はい。彼女に任せますわ」
リズは背後の薄暗さを増した建物をチラッと見ると、俺を促してその場から走って立ち去った。
呻き声を上げる男達は脚を怪我したり昏倒したりして満足に動けない。そこへ建物の斜めに傾いた開口部から黒い何かが、水溜まりが移動するように外へ滑り出してくる。
黒い水はグググッっと持ち上がると、長い黒髪の黒ワンピースの女が項垂れているような姿になった。顔は両手で覆われて見えない。指の間からすすり泣くような声が聞こえる。
男達は青ざめて息も忘れたように固まっていた。黒い女は現れ方も雰囲気も尋常の存在でないことは確かだが、男達も荒事で生きてきたのだ、ゾンビやゴーストと戦ったこともある。そんな男達を戦慄させたのは黒い女の大きさ、そして数だった。
黒い女は顔を両手で覆って蹲っているが、その状態で体高2mはある。直立すれば4mを超えるだろう。そしていつの間に黒い水溜まりが増えたのだろう。男達を半包囲するように10を超える黒い女達が啜り泣いているのだ。
這いずって逃げようとする男に近寄った黒い女は、その男に触れるぐらい近寄ると顔を隠していた手を開いた。他の者には見えない角度にあるその顔を見た男は、顔面を横から挟んで潰したように蒼白に歪め、餌を求める鯉のように口をパクパクさせると、喉の奥からヒューという引きつけの音を吐いて崩れ落ちる。ピクリとも動かないその身体は絶命していた。
屈強な男が何を見たら恐怖で憤死するのか、そこには黒い女の何らかの力が働いているのだろう。それでもその恐怖に敗けての悲惨な死に様を見た者たちは、恐慌状態に陥り、必死で黒い女から逃れようと藻掻いたが、次々と囚われ骸へ変わっていく。その遺体は黒い女の身体に沈み、この世から消えていった。
気を失っていた者たちも黒い女の身体に沈んでいく。目を覚ましたものはより悲惨だ。黒い身体は沈んだ端から分解していくようで、大の大人が凄まじい悲鳴を上げて泣き叫びながら呑み込まれていった。
微かな悲鳴が聞こえるぐらいに離れた場所まで逃げて来た俺達は、立ち止まって近くの建物の影に隠れて休憩を入れる。
「追っては来ないですかね?あの黒いのは何なんです?」
「大丈夫ですわ。あの子達は知覚できる範囲内の生き物にだけ襲いかかる習性がありますの。そしてあの子達の名前はバンシー・モーンフューリー、泣き女と呼ばれる妖精の亜種ですわ」
「バンシーというと、女の怨霊が元になっているという?」
「それは俗説ですわ。普通のバンシーは妖精です。怨霊が変化してなれる存在ではありませんわ──」
ただ、リズ曰く、バンシー・モーンフューリーは特殊で、精霊召喚が出来るほど精霊と意思疎通出来る彼女でもモーンフューリーの考えや感情は理解しがたく、普通のバンシーと違い、俗説が正しいのではと考えているそうだ。だからあの男達の対処を任せたのか。女達を不幸にした罪咎が沢山ありそうだったしな。
変な輩に絡まれるトラブルはあったが、それ以外に特段問題は無く、樹海建造物群アパータムを見物していく。いくつもある建造物はどれも廃墟然としており、薄汚れた建物の吹き抜けから上を見上げれば、生い茂る木々と青空が見えていた。俺が手すりによって吹き抜けを覗き込んでいる後ろでは、リズがしゃがんで手製の水準器で建物の傾きを調べている。
「…リズ様、それで何がわかるのでしょう?」
「ダンジョンの中心を探してますの」
「??ダンジョンの中心??」
さっぱりわからない答えが返ってきた。この樹海は確かに奇妙だがダンジョンとは言われてなかったはずだが。
「これまでいくつも傾いた建物を見てきたでしょ?それらに地盤沈下など自然な傾きの原因はありませんでした。なら別の要因として異界の理が侵食するダンジョン化を仮定しましたの。その度合いを建物の傾きと相関があると、さらなる仮定を重ねて調査しています」
「…なるほど?成果はありましたか?」
「そうですね。これまで確認した建物の傾きを記した地図が此方になります」
リズがショルダーバッグから地図を取り出して床に広げて今計測した結果をこの建物の位置に書き込む。躊躇無く瓦礫が散乱する床に座り込めるのだから、なかなかに感性がご令嬢から離れてらっしゃる。お義祖母様に笑顔で青筋浮かべて小言を言われるのは勘弁して欲しいのだが。
「此方の数値が傾きです。一つの建物で複数箇所の傾きを調べ、平均値を記載しました。大きければ中心に近いと言えますわ。まだ計測地点が少ないですが、ある程度の傾向は見えてきたんじゃないかしら」
地図上にいくつも記入された数字を見ると、数値の大きくなる箇所の方角がわかる。中心の場所を仮定して周囲から同じように計測していけば場所が特定できそうな予感はするな。
それにしても凄く精度が高そうな地図だ。リズは精霊を使って空中ドローン視点を得られるから、絵心もあって簡単にこんなモノを描いてしまえるが、普通に軍事機密レベルの代物だわ。好きに国の外で放浪させてていい人材じゃないな。まあ、拉致しようとしたら俺が全力で潰すけど。こういったモノは表には出さないように言い聞かせておこう。
背嚢から水を出す魔導具を取り出してさっと手を洗い流す。茶をいれるために水も魔導具で湧かしておく。コッペパンのようなずんぐりとしたパンを取り出して、魔法の火でさっと炙り香ばしさを出し、真ん中に切れ込みを入れ、塩を薄めにして作られた特製のベーコンをナイフで薄く削ぎ落として切れ込みに挟む。そしてこの間、実家に宝物を卸しに行ったときに料理長から日保ちしないからすぐ使ってくれと貰ったオランデーズソースのようなモノを掛けてやれば、エッグベネディクトのような簡単だが美味い料理が出来た。それを紙でくるみ手づかみで食べても汚れないようにしてリズに渡す。
「ありがとう存じます」
沸いたお湯を茶葉を入れた温めていおいた金属製のコップに注ぐ。蓋をして3分ほど蒸らしたらティープレスで茶葉を漉してリズに渡す。
自分の分のパンも作って齧りつく。俺は紙はいらない。行儀が悪いが俺は庶民なので大丈夫さ。けどお義祖母様に喋るのはやめてくれると嬉しい。自分は平民とか言ったら詭弁を弄すなとガチギレされた事があるので。リズに口止めしておこう。
三つほど建物を回って調査した後、暗くなる前に飛空挺に戻った。朝下ろして貰った河原で、飛空挺から下ろされたワイヤーにつかまり、ウィンチで引き上げて貰う。高度的にギリギリいけたので、朝も飛び降りる必要は無かったのでは?
多少AIの対応に釈然としないモノを感じつつも、飛空挺で汗を流してゆっくり休んだ。AIが見張りをしてくれるので寝ずの番をしなくていいのは本当に助かる。キングサイズベッドで眠れば多少夜更かししても翌朝には完璧に疲労回復できた。
次の日は別の場所で降りて昨日と同じ調査をした。一週間ほど掛けてのんびり調査すると地図の余白も大分埋まり、ダンジョン化の中心点が露わになってくる。
「途中から目星は付いてましたが、この一際建造物が密集している場所が中心ですね」
「そうですね。そこは樹木より建物の方が多いくらいですわ。まるで建物が地面から生えてきて、先に生えた建物を外に押しやっているかのよう」
リズは精霊の目を借りて空撮視点を得られるので本当にその光景が見えるのだろう。
「結論として、ここはダンジョンなのですか?」
「中心部は間違いなくダンジョンですわ。ただ、周辺部は違いますわね」
リズは思ったより範囲が狭いことに疑問を抱いたのか思考の海に没頭しだした。飛空挺で中心点上空まで来ると、確かに花の花弁のように配置された建物が見える。
さて、どうするか。別に俺達には使命があるわけでもないし、この場所がダンジョンだろうと問題も無い。本当に物見遊山で来ただけだ。ここで空から見学して帰っても良いんだが、リズの判断に任せるか。
「──うん、考えてるだけでは確証は得られないし、見に行きますわよ!」
「承知しました。お嬢様」
「ふふ、なあにファルド様?急にいつもと違う呼び方して」
「いえ、待っている間、暇なので変なこと考えていたら、つい口をついて出てしまいました。お気になさらず」
ダンジョンとおぼしき場所へ直接飛空挺で乗り込むのは危険なので、まわりの樹海にのまれていない建物の屋上に俺達は下り立った。
破れて中が空になった受水槽の下の非常階段から下へおりていく。傾いた階段を降りるのはちょっと恐い。途中階の廊下に原付バイクサイズのカマドウマがいて、こちらを認識した瞬間跳んできたのでサプレッサー付き89式銃魔法でプシッと叩き落とした。聴き慣れない音で魔物の耳目を集めたくないので静かに行動しようと飛空挺から降りる前のブリーフィングで決めていたのだ。
この建物でも何らかの調査をするのかリズが外に向かって傾いている廊下を進んでいく。肩を抑えて俺が先に行き、倒したカマドウマを廊下の柵から下に蹴落とした。
坂道を登るように玄関から部屋に入っていく。家具らしきモノや食器などの残骸が残っている。ここはまだ冒険者に荒らされていないのだろうか。
「食器に描かれた模様のデザインが学園地下遺跡の街で見た食器と同じモノがありますわね。この建物も同時代のモノなのかも。けど建築様式に類似性はないわ──」
リズが長考モードに入った。俺は奥に進み、ベランダから外を見る。今いるここと同じような朽ちた建物がひしめき合うように建っている。灰色の視界の中で上を見てようやく小さな青い空が確認できた。
建物と建物の間を羽を持つ細長い蟲がゆったり飛んでいる。遠近感がおかしくなるが体長20mはあるんじゃなかろうか。あれぐらいがこの辺りの最大サイズであって欲しい。アイロネアグルⅢが襲われかねん。一応は認識阻害機能で地上から視認し難くなっているが蟲に効くかは疑問だし。
傾いた建物の階段を降りて外に出る。まわりは背の高い建造物で囲まれているので井戸の底のような圧迫感を感じる。地面に生えている植物は巨大なシダやゼンマイなどジュラ紀の恐竜が闊歩してそうな植生だ。
中心点の方向に向かって歩いていくのだが真っ直ぐな道があるわけではない。普通は高確率で迷うだろう。だが此方には空撮ドローンの視点を持つ精霊使い様がいるので、適切なナビでスムーズに進んでいけたのだった。
中心点、小さな一戸建て住宅ほどのサイズだが、そこは確かにダンジョン化していた。見た目でわかるような変化ではなかったが、学園地下遺跡のような異界型とも言うべき変質した空気、ソレと同等のモノを感じさせる場所だった。
「ううむ……これがこの地の変質の原因ですか…」
中心点のほんとのど真ん中の地点には、盆栽と見紛うばかりのミニチュアの大樹がちょこんと生えていた。高さは50cmぐらいか。このぉ木なんの木ふんふんふーん♪と言いたくなるような枝振りが横幅を高さの倍にしている。例の樹ではないがこのビジュアルは見たことがあるな。
「うそ……世界樹がここに生まれたんですの?」
リズの呟きの通り、これは異世界人の記憶にあった俺が悪役令息として破滅するゲームのワンシーンに出てくる世界樹だ。だがその樹は第三王女のルーツであるエルフの国が魔王軍によって滅ぼされた時に朽ち果てたという話だったはずだ。他の場所で復活するなんて話はなかったはずだからゲームにない現実の設定ってやつか。
「リズ様は何かご存じなのですか?」
「いえ…ああ、いえ違いますわね。世界樹は不滅の存在、たとえ朽ち果てたとしても世界の何処かで復活するという話は聞いた事がありますわ」
「これが世界樹ですか…」
世界樹なのに見下ろせるサイズ感が変な気分だ。葉っぱとか枝とか非売品の消費アイテムだったよな。この大きさでも使えるのかな?微妙に値踏みする視線で見てると、横からリズが話しかけてきた。
「ファルド様、この件は私に預けていただけないかしら?」
「預けるとは?」
「…世界樹がここにあることを一番に知りたがっている人がいるのですわ。この事は情報の扱いを含めて慎重に動く必要がありますの。その方なら協力者になってくれるはず…」
何となく協力者とやらはエルフ繋がりで第三王女な気がする。俺が第三王女の出自を知っているかわからないから言葉を濁したか。俺が普通じゃない知識を持っていることは天空大陸に行ったときに明かしたが、第三王女のことは関係ないから話題に出なかったしな。誰が相手でも友人の秘密をベラベラ喋らないリズの心根は好感が持てる。
「もちろんです。この件はリズ様に一任しましょう。私は何方にも漏らしません」
リズが助けが必要と言うならいくらでも手を貸そう。ゲームとは大分と展開が変わってしまって俺の持つ情報ではアドバンテージがなくなりつつあるがね。
「──そういえば、この地に来て感じていた違和感の正体がわかりましたわ」
「違和感?何かありましたっけ?」
「ファルド様はこの地に来て魔物が少ないと思いませんでした?」
「ああ…確かに、冒険者が狩場にする地にしては少なかったですね。精霊系の魔物が多い土地と聞いていたのでリズ様のおかげと思ってましたが」
「よく勘違いされますけど、わたくしも精霊に襲われないわけではないですよ?多少意思疎通しやすいだけで話を聞かない粗暴な者は精霊にも居ますわ。精霊系の魔物とされている者達には特に。バンシー・モーンフューリーも襲おうとしてきましたでしょ?」
「というと本来ならもっと会敵してるはずだったと?」
「はい。けど、ここには世界樹の苗木があります。世界樹の傍は精霊や妖精が好みますの。粗暴な精霊達も世界樹の傍では理性的になりますわ。わたくしを敵とは見なさなかったので、あまりちょっかいを掛けてこなかったのですわね」
世界樹には精霊や妖精種が好んで住むという設定は知っていたが、理性的(知性的?)になるというのは知らなかった。ただ理性的というのが攻撃性が下がるということなら現状は不味いのでは?世界樹の価値を知っている強欲な者とか、それこそ魔族とかにバレたら速攻で引っこ抜かれそうな気がする。
世界樹の傍に居た精霊と話しているリズにその懸念を伝えてみると、俺達が特別に近くまで寄らせて貰っただけで、普通の人間には害意を持って近付けないようにしているらしい。ただ世界樹が小さいので集まった精霊が少なく、守りが薄いのが懸念点だそうだ。広大な樹海だが発見されるのは時間の問題ということか。一応、協力者が対応してくれればなんとかなるらしいが…
結局、リズがその場にいる精霊と協力して迷宮のように目的地に到達し難くする仕掛けを施すことにした。本格的に迷わせる大規模なモノではなく、道の要所要所に方向の認識を狂わせるトラップを仕掛けておき、世界樹に辿り着きにくくするというモノだ。
仕掛け終えるのに三日はかかるらしく、その間、門外漢の俺はリズの護衛兼肉体労働要員として付いて歩いた。協力的な精霊が蟲系魔物とかからリズを守ってくれているが念のためだ。それに俺一人でこのあたりをうろつくと精霊に襲われる。実体の無い敵には俺の銃魔法は効果が薄いから相手したくないのだ。
作業は暗くなる前に終えて、飛空挺に戻って休む。連日の作業だったがリズに疲れは見えず、特に大きな問題も無く終えることが出来た。
ゆっくりと物見遊山のつもりだったが、世界樹なんて国家間の情勢に影響を与えかねないモノを見つけたせいで、いそいで王都に戻らなければいけなくなった。
俺達は樹海建造物群アパータムに別れを告げて、王都に向けて飛空挺を飛ばすのだった。




