26. そしてただの脇役へ
天空大陸の墜落を阻止した俺とエリザベス嬢は第三王女に報告するため、アイロネアグルⅢで王都へと帰った。もちろん飛空挺で王都上空を飛ぶような馬鹿な真似はしない。この船は俺が自由に使うために手に入れたのだからエリザベス嬢以外、誰にも知られる気は無い。
王都郊外の森に着陸した後はアイロネアグルⅢに隠れてるように伝えて、俺達二人はエリザベス嬢の精霊召喚で呼び出したコモドオオトカゲで王都に帰った。
王都へ入るときに一悶着あるかなと思ったのだが、門番に第三王女側からきちんと申し送りが届いていたようで、門の貴賓用の待合室で待っていると、第三王女の迎えが王宮からやってきた。王家の紋章の入った馬車に乗って王宮へ向かうと、第三王女の離宮ではなく第一王子の執務室へと通されることになった。
俺とエリザベス嬢は儀礼的な挨拶を済ませて、第一王子に勧められて応接用のソファーに座った。正面には第一王子が座り、横のソファーには第三王女が座っている。第一王子と呼ばれるが第三王女と並ぶと親子に見えるぐらい歳は離れている。切れ長の眼の出来る雰囲気を漂わせた壮年の男だ。
「エリザベス嬢にファルド卿、二人の働きは聞いている。誠に大儀であった」
「「勿体なきお言葉」」
「王都上空に現れた巨大な大陸の墜落が阻止されたことは状況からわかったのだが、どうしてそうなったかの経緯がわからん。当事者から説明をしてくれるか?」
俺とエリザベス嬢は目を合わせ、彼女からお願いしますという意思を受け取って、俺から説明を始めた。
「はい。では私からご説明申し上げます」
俺は第二王子の反乱パーティーからエリザベス嬢と逃げ出したところをさらっと流し、王都で第三王女から学園地下遺跡に魔族が侵入したので対処を依頼された事を説明する。
「魔族が各階層のボスを倒し、学園長が雇った冒険者達が魔物を間引いてくれていたおかげで、最下層まで楽に進むことが出来ました」
「学園長の報告では冒険者共でも進むのに苦労するほど魔物が居たと言っておったが?」
「冒険者共が報酬をつり上げるために大袈裟に報告したのかもしれませんね」
転移の指輪は秘密だ。国に寄贈しろと言われかねんからな。天空大陸に行きたければ自力で学園地下遺跡を突破してくれ。グズグズしてると階層ボスが復活して難易度が跳ね上がるだろうがな。
「最奥の間のさらに奥に魔族が入っていったと学園長に聞いていましたので、我々も奥に進みますと、緻密な魔法陣だけが存在し、魔族の姿はどこにもありませんでした。魔法陣を調べていると急に魔法が発動し、気付けば天空大陸へと転移していたのです」
「ううむ。転移魔法陣か…」
「興味深いですね。私も見てみたいです。ファルド卿、私も連れて行ってくださいませんか?」
「ハッハッハ、なかなかご婦人には大変な道中かと思いますので、エリザベス嬢のような精霊使いでなければ難しいかと」
第三王女の発言は笑って誤魔化しておく。学園地下遺跡の最奥なんて今更ダルくて行きたくない。行きたければ主人公を誘って行って欲しい。
「ふむ、転移魔法陣の研究は学園に人を出させよう。古代文明の末裔であれば資料も残しているやもしれんしな」
第一王子が学園長に情報を出させることに決めたようだ。墜落イベントの時は全く知らない体だったが、古代文明をルーツとして遺跡の出土品で財を成してきた家なのに転移魔法陣なんて重要情報が全く言い伝えにも残ってませんなんて怪しいもんな。
「話を続けます。──天空大陸に渡ってからは魔族の足取りを追いました──」
魔族の企みを阻止するために、俺達はひたすら一途に魔族を追いましたとさ。恐い魔物に見つからないようにエリザベス嬢と協力して逃げ隠れて、なんとか魔族の一体を倒し、そいつから得た情報でようやく魔族の狙いが天空大陸を王都に落とす事だと判明した。
決死の覚悟で魔族の目的地である天空大陸の動きを制御する装置の部屋に飛び込むと、魔族の影も形もなく、破壊された制御装置だけが残っていた。というのも、主人公達が魔王城に特攻をかけていたので、天空大陸に派遣されていた魔族達が急遽呼び戻されて俺達は戦わずにすんだのだ、ということにした。二人で多数の魔族を倒せる力を持っていると思われると面倒になりそうなので実力は低めに申告させてもらう。
そして周りの部屋を探索すると制御装置の予備を見つけることができたので天空大陸の軌道を元に戻し、王都への墜落を阻止できたのだと説明した。
話し終わると第一王子と第三王女は黙り込んで考え込んでいる。俺とエリザベス嬢は目を合わせて今の作り話におかしな所は無かったか確認した。とりあえず二人の考え事を邪魔しないように静かにしていると、執務室をノックする音がして扉の外から護衛騎士が学園長の来訪の取り次ぎをしてきた。
学園長には俺が持ち帰った魔族の死体の身元確認というか面通しをしてもらっていた。学園長は最奥での魔族の監視映像を見ているので見覚えがあるかもしれないからだ。学園長が見覚えがあるのなら俺達の功績は保証されることになる。
果たして、持ち帰った比較的状態のいい魔族の死体は学園長の記憶に残っていた。これで俺とエリザベス嬢の王都壊滅阻止の功績は確定したのだった。
学園長は天空大陸のことを根掘り葉掘り聞いてきた。手付かずの遺跡と聞いて大興奮している。これが考古学的なロマンを感じているのか、即物的な興味を持っているからなのか、判断が難しいところだ。
天空大陸墜落イベントと同時期に起きていたイベントは後二つある。その一つである第一王子による第二王子の反乱は無事に鎮圧できたそうだ。パーティー会場の城にいた人間の大半が魔物となり、正体を現した魔族が魔物を率いて第一王子の鎮圧軍に襲いかかってきたらしい。魔物と強力な魔族をなんとか倒して城の最上階に辿り着いた時、待ち構えていた第二王子が巨大な多頭の蛇の魔物に姿を変えて襲いかかってきた。それを第一王子が騎士達と協力して倒した。最後は第一王子が魔物の胸に剣を突き立ててとどめを刺したらしい。おそらく大分と話を盛っているな。
まあ第一王子が無事のおかげで王国が混乱しなかったのは良かったのだろう。その後、間を置かずに天空大陸が王都に突っ込んでこようとしてたんだから、王城が混乱していたら王都民がどうなっていたかわからない。ただ、第一王子が生き残ってしまったので第三王女が玉座に着く可能性はかなり低くなったんじゃないだろうか。彼女が最高権力者になった時だけ主人公がハーレムエンドに進めたから、将来的に修羅場が起きないことを祈っている。
そして第三王女を含む主人公パーティーの魔王城突入イベントはどうなったかというと、結論からいうと魔王は倒せていない。彼らは俺の忠告に従って無理に魔王城の攻略を進めず、まずは聖霊剣ドゥンズ・グリマーリンの試練をこなしたそうだ。最終試練まではいけてないが聖霊剣はかなりのパワーアップをしたらしい。満を持して魔王城に飛び込み、玉座の間で魔王と戦ってなんとか倒したのだが、実はその魔王は影武者で、本物の魔王は真の本拠地の城に既に戻っていると影武者が最期にペラペラ説明してくれたそうな。魔王軍は最も頼りになる側近が早い段階で倒され、立てた策もことごとく失敗して、今は侵攻の時期ではないという判断になったようだ。魔族の脅威は無くなっていないが、とりあえず喫緊の課題は無くなったということだった。
「──あのお話で第一王子は納得されたのでしょうか?」
「さあ?ただ、疑問があっても大きな不利益があるようには見えないですし、我々の話をそのまま採用するのではないですか?」
「ファルド様はアレでよろしいのですか?あまり活躍してないみたいじゃないですか。せっかくならもっと功績を盛れば良ろしかったのに」
「それを言うならエリザベス嬢こそ、もっと派手な功績に出来ましたよ?」
「わたくしは功績をあげすぎても無駄ですから。女では男爵位までしか得られませんもの」
エリザベス嬢の実家のバーテイランス侯爵家は結局お取り潰しとなった。第二王子派の筆頭だったのでどうしようもなかったのだ。だが彼女の功績が大なりということで連座は回避し、エリザベス嬢自身は男爵位を得てバロネスとなった。
そして俺の家は降爵して子爵になった。父が隠居させられ俺が爵位を継いだのだが、第二王子派粛正のゴタゴタに紛れて即引退して弟に家督を渡して出奔してやった。なので今の俺は一平民である。今でも時折、弟から戻ってきてとの手紙が届くが、旅先のお土産を送ってお茶を濁している。
「ファルド様は何故、貴族位を捨てるような真似をしましたの?」
「昔からの夢だったんですよ。飛空挺を手に入れたら国に縛られずに自由気ままに生きていこうってね」
「──それは素敵な夢ですわね」
◇
『ナイトイーグル07、まもなく樹海建造物群上空に着きます。そろそろ起きてください』
『んぅ?もう着いたか…おはようアイロネアグルさん』
『アイロネアグルⅢです。操縦席で寝ると筋肉や血管に負担が掛かるので、ちゃんと寝室で寝た方がいいですよ』
国を出奔してから俺は飛空挺で世界中を旅していた。砂漠の流砂が大瀑布のように流れ落ちる絶景や、氷海に浮かぶ氷の城が夕日を受けてまるで燃えるように赤く染まる光景などを観て、日々新たな感動を得ている。
異世界人のゲーム知識で俺が悪役令息として主人公に倒されるという未来を知ってから、それを回避して自分の望む未来に進むことを目指してきた。その想いは概ね成就したんじゃないかな。国のしがらみにほぼほぼ捕らわれる事無く自由気ままに空を旅する生活は、あの日得た知識の中から俺が夢見たモノだった。
「──もう、ファルド様ったらまた操縦席なんかで寝て。ちゃんと寝室を使ってくださいまし」
「ああ、すみませんリズ様。流れる景色を見てたら、ついうとうとしてしまって──」
実は俺の旅には同行者がいる。元侯爵令嬢かつ悪役令嬢で今は女男爵となったエリザベス嬢だ。薄手のワンピースを着たラフな格好の彼女が、コーヒーを片手に後部甲板から操縦席までやって来た。
爵位を持つ貴族家当主が簡単に国を出ていいのかと思うが、エリザベス嬢曰く、領地もないただの名誉爵位で、些少な年給と引き換えに爵位が欲しい有象無象が寄ってくる迷惑な肩書き、とのことだ。
彼女は博物学が好きで、動物や植物、鉱物などの自然界のモノを収集・分類し、その種類や性質、分布、生態などを研究するために、飛空挺で世界中の秘境を飛び回る俺に同行している。学園で取り巻きを侍らせていた頃よりも今の方が随分と楽しそうでなによりだ。
「リズ様だなんて。愛称に敬称はいりませんわ」
「俺も様付けしなくていいですよ。なんせ一平民ですから」
「わたくしのコレは口癖ですぅ」
「なら俺も口癖ということで」
「ふふ、夜は呼び捨てにしてくださるのに、変なところで頑固ね」
操縦席に座る俺の背後から耳元で囁かれた言葉に固まってしまう。ふんわりと良い香りが漂うコーヒーを置いて、彼女は食事を用意しに後部甲板へ戻っていった。
「──悪役令嬢ならぬ小悪魔令嬢だな。元悪役令息では太刀打ちできる気がしないわ」
俺はコーヒーを啜りながら操縦席に身を沈めて、青い空と眼下に広がる緑の樹海に沈むコンクリートの建造物群を眺めるのだった。
こちらの作品はこれにて完結です。お付き合い頂きありがとうございました。
明日から数話、おまけ話を公開致します。




