22. 第三王女の依頼
俺とエリザベス嬢は平民服の初老の男に連れられ、住宅街の一件の民家に訪れた。
初老の男に促されて中に入ると、見覚えのある第三王女の侍女が頭を下げて立っていた。
「エリザベス・フォン・バーテイランス様、ファルド・フォン・バイクローン様、ようこそお越しいただきました。御二方を第三王女殿下の下へご案内させていただきます」
反逆者の子女を家名まで入れて呼ぶのは何か含みがあるのか。とりあえず第三王女の関係者ではあるので、本人の話を聞いてみよう。
護衛として前に出るべきか迷うが、エリザベス嬢が自ら先に足を踏み出してくれたので、その後ろにつきつつ、警戒をとかずに歩く。
民家の廊下の奥にある重厚な扉の前に立った。この位置であれば手前に物を積み上げておけば気づかれにくいかもしれない。廊下に物を置いていた跡や引きずった跡があるので普段は隠されているのだろう。
「両名お連れしました」
先導する侍女が扉の向こうに簡素に声を掛けると、ほどなくして鍵の開くガチャリという音と共に扉が開いた。
エリザベス嬢は扉を開いた壮年の女騎士を一瞥して中に入ると、奥の執務机の前に立つ第三王女の前まで進み膝を折り臣下の礼をとった。俺もエリザベス嬢の後ろに続いて臣下の礼をとっていたので見たわけではないが、第三王女が息を呑む気配がした。魔族の薬の影響下にあったエリザベス嬢なら臣下の礼なんてしなかったろうし驚いたのかな?
「…エリザベス様、こうしてお話するのは久しぶりですね」
「…お久しぶりでございます殿下。永年にわたる非礼な態度の数々、誠に申し訳ございません。いかような罰も受ける所存でございます」
エリザベス嬢は謝罪の言葉とともに、処刑人に頸を差し出すようにさらに深く頭を垂れた。
「…昔に戻ったのですね」
「はい。ファルド様のおかげで魔族の手から解放されました」
「ああ…リズ、本当に良かった…」
第三王女はエリザベス嬢に歩みより、その身体を抱きしめた。エリザベス嬢も躊躇しながらもやがて抱きしめ返し、二人は無言で涙を流しながらお互いを抱擁していた。
学園では気づかなかったがお互い近しい関係だったらしい。高位貴族の同性で同年代なのだから幼馴染なのかもな。それが魔族の工作で仲違いしていたと。そんなところか。
エリザベス嬢と第三王女が失った時を取り戻さんとするが如く話に花を咲かすので、俺は空気となって部屋の隅っこで置物になっているしか無かった。たまに話を振られるがそうですね~とか無難な相槌しか打てなかった。
そろそろ俺帰っていいかなと思い始めたところで、第三王女が本題を思い出したらしく、居住まいを正して話を始めた。
「王都がこういった状況の中、お呼び立てしたのはファルド卿に頼みたいことがあるからです」
「私にですか?」
「はい。リズが一緒に居たことは驚きましたが、第二王子の反乱の件を思えば、連れ出してくれて本当に良かった。ありがとうございます」
「いえ、勿体なきお言葉」
「第二王子の反乱の件ですが、実はまだ鎮圧できておりません。ご承知のように今まで裏から手を回していた魔族が、表に出て全面的に第二王子の支援を始めました」
「はい。私達も第二王子主催のパーティーで魔物化した人間に襲われました」
「それに加えて魔族の姿も第一王子が率いる鎮圧軍は交戦して確認しております」
なるほど、魔族が表立って戦闘に参加してきたので第一王子も攻めあぐねていると。戦闘への協力要請か?せっかく王都に戻ってきたのに、また行くのは勘弁して欲しいなあ。
「あっ、第二王子との戦いに参加して欲しいという話ではありませんよ?どこから脱出されたとかは後で聞きますが、それより重要かもしれない問題への対処です」
そう言うと第三王女はティーカップを傾け、間を置いて喋る内容を纏めてから話し出す。
「学園図書館の地下には古代文明の遺跡があります」
「古代文明の遺跡ですって!?」
エリザベス嬢が声を上げた。目には好奇心の色が浮かんでいる。
「リズはそういうの好きですものね」
第三王女がエリザベス嬢を向いて微笑してから話を進める。
「秘密にされてきたこの遺跡には古代文明のアーティファクトや強力な魔物が徘徊しているそうです」
「それはそれは興味深いですわね。是非とも行ってみなければいけませんわ!」
「エリザベス嬢が遺跡に行けるかは置いといて、その遺跡で何かが起こっているんですね?」
「はい。魔族が侵入して最奥のボスを倒したようです。その後も居座って何かをしているのか、出てきた魔族はいません」
「魔族の侵入はどうしてわかったんですか?」
「学園長の報告です。かの御仁は学園地下遺跡の前身である古代文明の末裔でして、最奥の状況を知る術を持っているのです」
危ねぇ!最奥のボスを倒さなくてよかったぁ。下手人が魔族とわかったということは映像ログ的なものが残っていたのかな?ゲーム知識にない部分だから対策とれてなかったわ。今は確認出来ないのなら、その術を壊されたか範囲外に出たのか……アレ?これって天空大陸墜落イベントじゃないか!?
天空大陸墜落はゲーム終盤に発生するイベントである。実は天空大陸は古代文明より前の古代超高度文明時代の空飛ぶ侵略占領拠点をコンセプトとした超兵器で、長命の魔族はその知識の一部を今も伝え持っているため、天空大陸をコンセプト通りに運用をすることはできないが、移動はさせることができるのだ。ゲームでは追い詰められた魔族が王都に天空大陸を墜落させようとし、それを阻止する目的のイベントが用意されていた。高難度の隠しイベントだったはず。
このイベントが発生した以上、阻止しないと王都が壊滅するな。第二王子の反乱イベントが終わっていないのに立て続けに起きるとはなぁ。
「あれ?そういえば我がバイクローン伯爵領のダンジョンってどうなりました?」
「喫緊の問題は解決できました」
「ありがとうございます。領民に代わりお礼を申し上げさせて頂きます」
「ただ、他に捨て置けないものが見つかりまして…」
領都壊滅イベントのクリア報酬といえば、ラストダンジョンである魔王城への転移石版の欠片の一つだったか。それを集めるのがゲーム中盤から終盤にかけての目的だったな。
「倒した魔族が持っていたものなのですが、鑑定をすると魔王城への転移の腕輪と出まして…」
もうラスダン突入できるんかい!──言葉遣いが乱れてしまった。ええ、もうラスダン入るつもり?早くない?イベントを3つも同時進行すんの?
「第一王子は第二王子への対応で手が離せませんし、恐らく元凶のいる魔王城には勇者と聖女と共に私が向かおうと思います。そうなると学園地下遺跡を任せるに足る人材が私にはファルド卿しかおらず、お願いしたい次第です」
「勇者?いえ、それも気になりますが今は置いといて、王宮の戦力で動かせる者は居ませんの?」
「学園地下遺跡の魔族の目的がわからないから優先度が低くて人が回せないの。ただ私の勘では放置すると致命的な事態になる気がするわ」
エリザベス嬢は主人公が勇者なことを知らなかったか。天空大陸墜落イベントは放置すれば王都壊滅するからね。第三王女の勘が正解。
「わかりました。第三王女殿下の後顧の憂いを無くすために私が対処いたしましょう」
「わたくしも協力いたしますわ」
「えっリズも!?ダンジョンに潜るなんて危ないわ!」
エリザベス嬢が協力を申し出てきた。学園地下遺跡でも危険なのに、それを超える危険度の天空大陸へご令嬢を連れて行くわけにはいかない。
「危険です。第二王子の城を脱出した時とは比べものにならないと思いますよ」
断言できないのがもどかしい。
「危険は承知の上ですわ。それにわたくしの家は第二王子派の筆頭。わたくしが王国のために功績を挙げることで家族の罪を減じることができるのであれば努力は惜しみません」
「リズ…正直、貴方の父が減刑できるかはわかりません。けど貴女と家族が連座にならないように必ずしてみせます!」
そういう理由を出されると断りにくいなぁ。俺もこの依頼受けないと同じように拙い状況だし。
「ファルド卿、私からもお願いします。リズも連れて行っていただけませんか?彼女の精霊召喚の力は必ずお役に立てます」
エリザベス嬢の精霊は移動とか荷物持ちに凄く便利だったしな。護衛は大変だが仕方ないか。
「承知いたしました。エリザベス嬢の身の安全は私の身命に掛けて御守りすることを誓います」
「ありがとうございますファルド様」
第三王女からの依頼は天空大陸墜落イベントだった。第二王子反乱イベントとラスダン突入イベントも同時に起こっているカオスぶり。さすが現実は厳しいな。
第三王女にはラスダンは無理に進まず、確実に自力を上げてから先へ行くように忠告しておいた。
学園地下遺跡攻略もとい天空大陸攻略用の物資調達を第三王女にお願いし、用意ができたら学園長から地下遺跡への案内と説明があるそうなので学園図書館で落ち合うことになった。それまではここの民家を俺達の泊まる場所として貸してくれるそうだ。
「ねえリズ、殿方と一つ屋根の下に泊まるわけだけど…」
「かまわないわ。だってここに来るまで二人きりで何日も過ごしたし」
「ふぉっ!?」
第三王女とエリザベス嬢がこそこそと二人で何か話している。俺は第三王女の侍女からこの民家に蓄えられている食料の置き場などの説明を受けていた。メイドなどは派遣できないそうなので自炊することになる。外にはあまり出ないようにして欲しいとのことだ。まだ第一王子に話を通していないので、万が一第二王子派として兵に見つかれば面倒なことになるからだ。
学園に行くときは送迎の馬車が手配される。第三王女は魔王城の調査で忙しく、学園地下遺跡への突入には立ち会えないとのことだ。
「リズ、気をつけて」
「貴女もね」
「ファルド卿、リズをお願いいたします」
「はっ、身命を賭して御守りいたします」
第三王女は名残を惜しむと王城へと帰っていった。エリザベス嬢と二人きりとなったので部屋割りをし、その日は久しぶりのベッドでゆっくりと眠ることが出来たのだった。




