21. 王都
第二王子がパーティーで王位簒奪の反乱を蜂起し、そのパーティー会場から俺とエリザベス嬢は逃げ出して数日かけて王都郊外へと辿り着いた。俺達が逃げ出すときに第一王子が鎮圧に来ていたので、もう戦闘は終わっているかもしれない。
ゲームだと王都で第一王子が奇襲で討ち取られるが、現実では第二王子が奇襲されている。第二王子には魔族の後押しがあるとはいえ、分が悪いのではないだろうか?俺達は自分達の家がどういった状況か確認するため、夜を待って王都に潜入することにした。
日が沈み赤く焼けた空を背景に一面の麦畑が広がる。その絵画のような景色の中に王都の城壁が小さく見えた。王都の城門は日が沈むと閉め切られる。貴族であれば専用の門から夜間も出入りできるが、今の状況では俺達が使用するわけにはいかない。
「ファルド様、どうやって王都に入りましょう?王都の壁には侵入者検知の魔法が施されていると聞いたことがあります。詳細は知りませんが」
「私も詳細は存じ上げておりません。解析する時間も惜しいので別の方法をとろうかと」
「何か良いお考えがあるのですね?」
「良いとは言えませんが、恐らく官憲に見つからずに王都へ入れます」
俺はエリザベス嬢に郊外で待っていてもらい、城壁外にあるスラムに入り込んで外套代わりのぼろ布を二着手に入れた。ダンジョンで殺意溢れる魔物相手にスニーキングを繰り返していたので、スラムの人間に気取られずに物資を調達することも難しくはない。城壁内への侵入経路も確認できたのでエリザベス嬢の元へ戻る。
「すみませんが、この外套を羽織って顔を隠していただけますか?今からスラムの抜け道を通って城壁内に入りますので、エリザベス嬢のご尊顔を晒すと支障があります」
「外套……そういった所を通るから余計なトラブルを避けるために姿を隠すのですわね。ならこれでどうでしょう。──霧の精霊よ、その繊細なるベールを貸し与え給え」
エリザベス嬢の精霊魔法で俺と彼女の姿が霞が掛かったように視認しづらくなった。存在を認識していない他者からは完全に見えないらしい。ぼろ布を外套と紹介したが駄目だったか、少し臭ってたしな。中に入るまで魔力が続くのであればこっちの方が便利なので使わせて貰うことにした。
俺がスラム街から城壁内への抜け道を知っていたのは当然ながら異世界人のゲーム知識だ。本来の使われ方は進行方向が逆向き、即ち王都からの脱出に使われた。脱出したのは第三王女。今はバイクローン伯爵領で主人公パーティーの一員として、どこまで進んだか知らないけどクエストをこなしている人物である。
ゲームでは第二王子派に占拠された王都の門を避け、王の側近の手引きで城壁近くの民家の地下に掘られた抜け道から脱出していた。何故抜け道の入り口が王城じゃないのかはわからない。複数あるうちの一つで第二王子には知らされていない道だったのかもしれない。何にせよ俺達には使えそうなのでそこを使わせて貰おうと思う。
抜け道の城壁外の入り口はスラムの中でも最も不浄なゴミ捨て場にある。そこは長年に渡って壁内外から流れ着く様々なゴミが堆積して小山のようになっていて、その小山の外れに汚く濁り腐りきった水が滲み出てできた汚水だまりがある。その横に一見ゴミにしか見えないあばら家があり、中にゴミを乗せて偽装された抜け道の扉がある。
汚水だまりの近くに人は寄りつかないが、あばら家の見える位置には王城の息の掛かった浮浪者に扮した者がいつでも寝転がるふりをして見張っている。
「臭いですわぁ~」
「やっぱり抜け道を通る間だけでもぼろ布を羽織っといてください」
あまりの臭いにエリザベス嬢が鼻を摘まみながら泣き言を漏らした。この臭いと比べたらぼろ布の臭いの方がマシと考えたか、ぼろ布を羽織って身体をくるんでいた。
「見張りに気取られないようにここからは物音を立てないでください」
「はい」
俺達は姿を隠した状態で汚水だまりの横のあばら家に近付く。エリザベス嬢の精霊魔法で見張りは俺達の姿を視認出来ないので、音さえ立てなければ問題ない。
あばら家にドアはなかったのでそのまま入る。ゴミや瓦礫を音を立てないように慎重にどかして蓋を見つける。一見すると朽ちた木の板だが、触るとビクともしない重さを感じる。サバイバルナイフ風の短剣を板の下に差し込み、てこの原理で浮かんだ隙間に指を入れて一気に持ち上げると、ぽっかりと下へ続くハシゴが現れた。
ハシゴを10mほど降りると、手を左右に広げると壁に触れる程度の狭い通路がまっすぐ延びている。エリザベス嬢がハシゴを踏み外しても支えられるように先に下に降りたが、紳士としては上を向けんので万が一には下敷きになろう。
「蓋は閉めなくてもよろしかったの?」
「はい。どうせ2度は使えません。蓋を閉めても上のどかした瓦礫は戻せませんから、見つかってこの抜け道自体塞がれますよ」
「なるほど。そうですわね」
ダンジョンでも活躍した暗視スコープのような視界を得る身体強化魔法を使って先に進む。エリザベス嬢は俺が手を引いて後ろについてくる。ふと不安はないかと聞いてみたくなったが、こういう状況で聞くのは卑怯に思えて口をつぐんだ。
城壁内の出口は民家の隠し扉だった。人は置いていないらしく、見張りの者も居ないようだ。
俺とエリザベス嬢は民家を出たあと、魔法を解除して街中を王城に向かって歩いていく。夜もふけているためあまり人通りはない。
貴族街を囲う壁に立つ歩哨は何時もより数が多い。再びエリザベス嬢の魔法で姿を隠して貴族街に入る。大通りには魔導具の街灯が立てられているので夜でも明るく照らされている。第二王子派の下位貴族の屋敷にだけ多数の兵士が出入りしているのを見ると、王国はかなり厳しい対応をとってきているのではと思う。
「少し休んで魔力を回復させましょう」
エリザベス嬢を暗がりに座らせて魔力回復ポーションを飲ませて休ませる。魔力回復ポーションはゲームほど速効性は無いうえ、よく効果を発揮させるには休む時間が必要なのだ。侯爵邸に侵入するのに彼女の魔法がまた必要になる可能性が高いので急いではいるが休んで貰う。
伯爵邸は少し道を外れるので侯爵邸に先に向かうことにする。上位貴族のエリアは常日頃から警護の兵士で人通りが多いが、今は特に人員も多く緊張感も高い。巡回の隙間を縫って侯爵邸に近付くと、正面門の前には多数の兵士が立ち、王国の紋章を付けた騎士や魔法使いの姿も見える。
「中に入るのは難しいかもしれませんね。エリザベス嬢、精霊で上から敷地内を見ることは出来ますか?」
「はい。やってみます」
エリザベス嬢に戦闘演習の時に使った鳥形の現し身を持った精霊を飛ばしてもらい、上空からの観察結果を教えて貰う。
「敷地内の各所に灯りが置かれ、屋敷の外には兵士が隙間無く立っています。屋敷の上階のテラスにも兵が立っているので、中にまで踏み入られてますわね」
エリザベス嬢が淡々と感情を押し殺すように状況を伝えてくる。侯爵の屋敷に兵が踏み込んで占拠しているということは完全に反逆者扱いされているのだろう。エリザベス嬢がため息をついてから聞いてきた。
「このまま屋敷に戻るわけにはいきませんわね。どうしましょう?」
「とりあえず貴族街の外まで戻りましょう。鳥を戻してください。王国の魔法使いまで来ているようですし、精霊を感知されるかもしれません」
「伯爵邸は見ないのですか?」
「侯爵邸がこの状況なのですから見るまでもなく同じですよ」
俺達は来た道を戻って貴族街を囲う壁の外に出た。この後の行動方針を決めるには情報がもう少し欲しい。俺はエリザベス嬢を連れて以前飯を食いに行った王都繁華街の飲食店に向かった。
繁華街を一人で歩くと商売女がひっきりなしに声を掛けてきたものだが、サバイバルで少し草臥れた革のドレスアーマーを着ている高貴オーラを纏った金髪美少女が横を歩いていると誰も声を掛けてこない。王国学園生名物忍べてないお忍びデートとでも思われているのだろうか。
以前来た飲食店に入る。エリザベス嬢は物珍しげに辺りを見回している。高位貴族の令嬢がこんなところに来る機会は無かったろうから嫌がるかなと思ったが、興味深げな感じなのでとりあえずは良かった。
店内に人は多かったがカウンター席がいくつか空いていたので端の席に座り、頭頂部が薄い店主の親父にワインと食事を頼んで金を払う。
「すみません。このような下品な店に案内してしまい。ただ携帯食よりましなモノが出てくるとは思いますよ」
「いえ、かまいませんわ。こういう大衆の店に入るのは初めてなので、少しワクワクしているぐらいですの」
なかなかに肝が太いご令嬢だ。家が反逆者扱いされているのに悲嘆に暮れるわけでもなく自然体でいるし。俺も似たようなものだけど、こっちは何年も前からこういう状況は想定していたしな。
店主の親父が陶器のコップに入ったワインを持ってくる。続いて肉の腸詰めと野菜の煮物を持ってきた。注文の品を置いた店主に話しかける。
「貴族街の方が物々しいが何かあったのかい?何日か外に出てて知らないんだ」
「…なんか第二王子様が反乱を起こしたらしいですよ」
「へえ!反乱?どうなったんだい?」
「第一王子様が鎮圧軍を率いて何日か前に戦ったそうですがね。勝ったとか負けたとか噂だけ流れて正式な発表はまだみたいですね」
「ふーん。貴族街がピリピリしているのは第二王子派を押さえ込んでいるからか」
「そっちは知りませんがね。こっちでも第二王子派の方々と懇意にしている商会とかは騎士様に踏み込まれたとこもあるとか」
店主の親父もこっちが貴族縁者と察しているからか、慣れてなさそうな丁寧な口調で詳しく応えてくれる。その後も雑談の体で情報を貰っていった。
「──ありがとう。よくわかったよ。ああ、エールも一杯くれ」
エール代と情報料を合わせた何枚かの硬貨を渡した。店主が離れていったところでエリザベス嬢に今後のことを相談する。
「今お聞きになったように第二王子派が王都に残っても益は無いようです。バーテイランス侯爵領へ帰る伝手などはございませんか?」
「……今なお使えそうな伝手は存じ上げませんわ。わたくしの親交のある方は貴族ばかりですもの。どの派閥の方にもこちらを助けるリスクに見合う対価を提示出来ませんわ」
うーん、出来れば安心できる相手にエリザベス嬢を預けて、俺は物資を用意して天空大陸に転移してしまいたいんだがな。これは俺が送り届ける流れか?
エリザベス嬢が安物の薄いワインを一口舐めて顔を顰めている横で、俺がエールを呷りながら野菜の煮物をつついていると、カウンター席の俺達の隣に座ってくる者がいた。所作に品がある平民服を着た初老の男だ。
「──第三王女殿下より、お二人をお招きするようにと言付かって参りました」
中々に手を回すのが早い。第二王子派か第一王子かどちらかが接触してくるかもと思って顔を隠さず繁華街を歩いたが、一番に第三王女が来るとは。まあ嘘の可能性もあるが、害意がありそうならエリザベス嬢を連れて天空大陸に転移して逃げるさ。
明日は6時30分に投稿します。




