19. 脱出
広間の中央部では、相方を振り回したり、二人してその場で連続して側転を続けたりと、多くの者達が社交ダンスとは言えない前衛的なダンスを披露している。俺達は人の間を縫うようにして広間の出口に向かった。第二王子はすぐには出撃しないようで、奥に用意させた立派な椅子に座って立食パーティーの料理を平らげている。狂的な態様の人の群れを抜け、広間から回廊に出た俺達は身内と合流するため、侯爵家に用意された控え室に向かう。
控え室で待つ身内は馬車で同乗した侍女や護衛騎士の他に、事前に入城していたメイドや伯爵家の護衛やメイドもいる。彼らと協力してこの城から脱出をしなければならない。ゲームでは第二王子の反乱鎮圧後に犠牲者の調査で判明したことだが、魔族によって操られた第二王子派の貴族家の兵は正気の者に敵対行動をとるようになるからだ。
湖に面した回廊を進んでいると、柱の暗がりで憚らずにいたしている下人の嬌声が聞こえてきたりする。
「は、破廉恥な!」
悪役令嬢が顔を真っ赤にして盗み見しながら声を抑えて後ろをついてくる。魔人薬は攻撃性を上げるというよりも理性の枷を解く効果を持つのかもしれないな。
控室は回廊の先の階段から下へと降りた下層階にある。階段の前には人はおらず、俺と悪役令嬢は足早に階段へと近づいた。
「ファルド卿!城門が!」
悪役令嬢の叫びに回廊から見える城門を見下ろすと、閉め切られた門の前に多数の馬車と護衛騎士の馬が見える。恐らく正気を保てた貴族が逃げ出そうとしているのだろう。なかなか素早いことだ。
押し問答する護衛騎士と衛兵のうち、城門の上に陣取り門を守る衛兵が護衛騎士に矢を射かけた。そこからは怒声の飛び交う戦闘が始まり、城門前は剣閃と魔法の煌めきで彩られた。
当初は貴族の護衛騎士が有利だったが、衛兵にも魔人薬が盛られていたらしく、斬られて倒れ伏していた衛兵が再び立ち上がると同時に、鎧を弾け飛ばしながら2倍ほどに身体が膨れ上がると、その巨体に見合わぬスピードで護衛騎士に押しかかり、胸まで裂けた大口で騎士の鎧ごと噛み千切り絶命させていた。その後も多数の魔物が逃げ出そうとした貴族に襲いかかっていた。
「城門からの脱出は難しそうですね。とりあえず従者達と合流してから脱出経路を考えましょう」
「は、はい」
悪役令嬢の顔色が悪い。なかなかショッキングなシーンだったからな。
下層階には控室が無数にあるが、この階の控室を使用する最高位の貴族はバーテイランス侯爵家なので、広間に一番近い場所が宛てがわれているはずだ。俺達は控室の扉を開けて中に入った。
控室の中は椅子が倒れ、テーブルの上の茶器が下に散乱し、血塗れの護衛騎士が倒れていた。貴人用の部屋に敵はいないが奥の部屋から争う音が聞こえる。俺は悪役令嬢にその場で待機を伝えると、奥の部屋に89式銃魔法を準備して飛び込んだ。
炊事場を備えた従者用の部屋に腹から血を流した侍女が倒れこんでおり、その傍には侍従服を着た中年男性の死体に齧り付くグール(食人鬼)がいた。俺はすぐにグールの頭に89式銃魔法を撃ち込み倒す。他にもう一体、部屋の端で死体を齧っていたグールもこちらを向いたところで額に風穴を開けて倒した。
倒れた家具の影などに敵が居ないか確認していると、悪役令嬢が部屋に入ってきて倒れている侍女に駆け寄って助け起こしていた。
「姉ね!」
「うぅ…リズ様、お逃げください。ま、魔物が…」
悪役令嬢の悲痛な叫びに応えた侍女は、最期の力で彼女に逃げるように伝えるとそのまま事切れてしまう。侍女の亡骸を胸にかき抱いて慟哭する彼女にかける言葉を俺は持っていなかった。ここに居るのが主人公だったなら気の利いた台詞をかけられたのかもしれないが、只の悪役令息である俺には荷が勝ちすぎる。
従者用の部屋の入り口を家具で塞いで、何かあれば声を上げるようにと悪役令嬢に伝えて奥の物置を見に行く。物置には侯爵家と伯爵家の馬車から運び出した衣装類や非常用の物質が置いてある。馬車に積んだままにしないのは盗難に遭って必要な時に使えなければ意味がないからだ。貴族の城といえど盗難は普通におこる。異世界人の国とは民度が違うのだ。
非常用の物質には万が一野営が必要となった場合の道具一式が揃えられている。しかも今回用意したのは最新式の野営具だ。以前王都へ来る途中で助けた貴族が家業で魔導具を扱っており、お礼に渡された品の中にコレがあったので今回の野営具として持ってきていたのだ。
折りたたみ式のテントはワンタッチとはいかないがかなり組み立ても片付けも楽になっている。水生成魔導具は100リットルも作り出せ、特製魔石カートリッジを交換して何度も使える。暖房器具も水生成魔導具と共通規格の魔石カートリッジを利用してテント内利用であれば連続3日間の稼働が可能だ。他にもいくつか便利な道具が用意され、携帯食料も二人で5日分はあるし、それらを徒歩で持ち運ぶためのバックパックまでついている。他に必要なナイフや防寒着は別で用意しているが、一通りパッケージされたこの野営導具一式はシリーズ化され好評発売中らしい。お礼の品でちゃっかり宣伝していくのは商魂たくましいと言わざるを得ない。
衣装類に入れていたダンジョン攻略時にも使った服に着替え、野営導具一式を背負って悪役令嬢のいる部屋に戻ると、侍女の亡骸にカーテンを掛け、その傍らに座り込む悪役令嬢がいた。侍女は紅をさした程度だが死に化粧もされているようだ。彼女の後ろに寄りなんと声をかけるべきかと悩んでいると悪役令嬢が独白のように話し出した。
「…彼女はわたくしが物心ついた頃から傍にいてくれた人だったの……小さい頃は姉ねと呼んで実の姉のように慕っていたわ……来年の春には婚約者と一緒になると報告してくれて、わたくしもお祝いのプレゼントを用意してて……」
彼女の肩が細かく震えている。こういった場面は苦手だ。どう慰めるのが正解かわからない。俺は彼女の後ろに片膝をつき、落ち着いてくれるように願いながら、ただ背中を撫でるしか出来なかった。
暫くした後、悪役令嬢は化粧が崩れたからと言って俺の背中を押して部屋の外に出した。俺は貴人用の部屋を横切り、扉から外の廊下を伺うと先ほどは見かけなかったグールやゾンビ化した死体が歩いてるのが見える。
この城からどう出るか。正門は先の戦闘で敵の警備も厳重になっているから悪役令嬢を連れての突破は困難だろう。こういった湖上の城であれば船止めがあるはずなので探してみるか?それかさっき通った回廊から湖にダイブ…届かんわ。俺があれこれ考え込んでいると、従者用の部屋の扉を開けて悪役令嬢が出てきた。
服装がドレスから革のドレスアーマーとブーツとショルダーバッグに変わっている。意外にも一人で支度できるようだ。髪も夜会用にセットされたモノから飾りを外してシニヨンにして動きやすいように纏められていた。崩れた化粧は洗い流したのか薄化粧に変わっているが、大人びた印象が減っただけで年相応の美しい少女になっている。
「どこから脱出いたしますの?」
悪役令嬢の声には力があり、哀しみを引きずってはいないようだ。俺はほっとした感情を隠して答えた。
「正門以外からを検討しています。場所がわからないのでまずはこの城の地図を探さないといけませんね」
「あら?わたくしこの城に何回か泊まったことがありますから、ある程度はわかりますわよ?」
「それはありがたい!なら船止めの場所はわかりますか?」
「それでしたら地階ですわね。天然の洞窟を整備して使っておりました」
船止めの場所を悪役令嬢が知っていたおかげで脱出の目途が立った。道中の案内をお願いしよう。
「ありがとうございます。道案内をお願いしても?」
「はい。こちらですわ」
「あっ、後ろから指示をください。敵がいるので前は私が行きます」
俺は野営導具などを詰めたバックパックを背負い。悪役令嬢に予備の短剣と水筒を渡す。
「ずいぶんと荷物が多いですわね?」
「街道は恐らく使えませんから。念のため野営導具を持っていきます。…エリザベス嬢は野営はしたことおありで?」
「わたくしをそこらのご令嬢方と一緒にして貰っては困りますわ。これでも領地でキャンプをしたこともありますのよ」
野営ではなく安全を確保されたキャンプと言ってることにやや不安は感じるが、まあ本人が大丈夫と言ってるので良しとしよう。どうせ選択肢はないし。
廊下を徘徊する魔物が途絶えたタイミングで外に出て下の階に続く階段へ向かう。悪役令嬢もブーツに履き替えたおかげで走りやすそうだ。
地階は厨や洗濯場など下働きのスペースだ。地下の船止めには上階からも降りられるが、上に戻ってそちらの道を行くのは危険と判断してこっちの道を選んだ。悪役令嬢はこちらの道も探検したから知っているそうで、意外とお転婆だったようだ。
洗濯かご置き場の裏に背中で悪役令嬢を押し込み、徘徊するグールをやり過ごす。サプレッサーを持ってきていないので廊下など開けたところでは銃魔法を控えたい。背中を向けたグールに忍び寄り、背後から羽交い締めにして胸を突き刺して殺す。動きがなくなったら洗濯かご置きの裏に転がしておく。
「なんだか手慣れていますわね」
悪役令嬢がハンカチで鼻を押さえながらジト眼でこちらを見ている。傍に転がされたグールからなるべく距離をとろうとしているのは臭いからだろう。屍食鬼や屍体の臭さに慣れてしまって一般人の感覚を忘れていたよ。申し訳ない。
「少々、ダンジョン探索で癖づいてしまったもので」
嘘ではない。ソロでダンジョン攻略すれば誰でもこうなるんじゃないかな。俺はバックパックを背負い直しながらしれっと流した。
下働きの人間が多かったところは魔力の保有量も少ない者が多いので、魔人薬で魔物化するのが早い分、弱い魔物になる者が多い。この程度の雑魚なら全部殲滅も出来るが、派手にやって魔族に降りてこられても困る。目立たぬよう静かに進みながら船止めを目指そうと思う。
厨の隣に船への搬入用の階段がある。岩をくりぬいた作りで、降りていくと途中で空洞の天井付近に出る。どれだけ労力をかけたのか、天然の洞窟の壁に階段を掘って下まで繋げたらしい。洞窟の底には小さいモノから大きいモノまで船が何隻か見える。一艘ぐらい拝借してもバレなさそうだ。どうせまともな人間は居ないだろうし。
下に続く階段にはグールやゾンビが彷徨いていた。ここからは隠れる場所が無いので邪魔な敵は殲滅していく。騒がしくはなるが上に異変が伝わる前に脱出だ。
「エリザベス嬢ここからはスピード勝負です。私に遅れず着いてきてください」
「はい。わかりましたわ」
この子は悪役令嬢のわりに意外と素直に言うことを聞いてくれるから助かる。いや悪役令嬢と言ってるのも俺の勝手な銘々なんだけどもさ。
89式銃魔法で立ち塞がるゾンビをヘッドショットし、グールは脚を撃って怯んだところを蹴倒して後続を巻き込む。悪役令嬢が離れすぎないように時々後ろを確認しながら階段を走り降りていった。
「す、凄い。何百体と倒しているのに魔力が全然枯渇していないわ?」
「エリザベス嬢、ちょっと失礼」
「きゃっ!?」
悪役令嬢の腕をつかんで引っ張り、その後ろから飛びかかってきたグールに89式銃魔法をお見舞いする。階段を降りた後、桟橋に係留された小舟までの道には魔物が犇めいていたので、そのまま悪役令嬢を小脇に抱えて89式銃魔法を乱射しながら小舟に向かって走った。
小舟に着くと89式銃魔法で魔物が近付いてくるのを牽制しながら、抱えていた悪役令嬢をおろして指示を出す。
「小舟に乗って風の魔法を用意してください!竜巻を横に出す感じの奴!」
「ええぇっ!?た、竜巻!?」
片手で係留ロープを外しながら走り寄ってくるグール共を弾丸で薙ぎ倒しまくる。明らかにこの城で働いていた人間よりも数が多いのは、魔族が召喚した分も混じっているんだろうな。
「風よ荒ぶる力よ! 旋風の舞を踊り天と地を繋ぎて──」
悪役令嬢の詠唱も完了しそうだ。俺は小舟に飛び乗るとバックパックを下ろしてオール(櫂)があることを確認し、詠唱中の悪役令嬢に後方に向かって撃てと身振りで伝える。声で伝えれば良いんだけど人が喋っている時に話すのってなんか憚られてジェスチャーしてしまった。
「──渦巻く威風の咆哮!トーネイド・ハウルン!」
船の後方に向いた悪役令嬢の突き出した掌から竜巻が横倒しに生み出され、その反動で悪役令嬢が尻餅をつきそうになったのを後ろで受け止めて倒れ込まないように支える。そのまま竜巻を維持させて小舟の推進力にして船止めを脱出した。隠し港になっていた崖下の洞窟を出て湖面を少し進んだところで悪役令嬢の魔法は終了した。
「はっはっはっ…はぁ~、逃げ切れたぁ」
「お見事でした」
「ふふ、ありがとう。城から無事脱出できたのはファルド卿のおかげですわ」
悪役令嬢が俺に背中を預けながら振り返ってお礼を言ってくる。汗で額に張り付いた後れ毛を指で梳く仕草を至近でされると目のやり場に困って心臓にも悪い。俺は目をそらすために城を見上げた。
「──あら?ファルド卿、あの灯りは何ですの?」
湖岸に目を向けた悪役令嬢が、城と岸を繋ぐ橋の向こうに灯るいくつもの灯りの群れを見て声を上げた。
「っ!?あれは…恐らく何処かの軍勢と思われます。城門外で戦闘も始まっているようなので、状況から第一王子の軍勢かと」
城門に矢を射かけている兵の後ろに立つ旗印が第一王子のモノだ。第二王子の蜂起の情報をどうにかして掴んでいたのだろう。まさか出撃する前に潰しに来るとは。
明日は10時30分に投稿します。




