11. 聖女と勇者
夜会の開かれている邸宅のバルコニーで夜風に当たっている聖女となった幼馴染みに、酒精の薄い飲み物を持っていく。守護騎士でもある僕の分はもちろん酒精が無いものだ。
「ありがとう」
彼女はお疲れ気味だ。人前では見せない姿も二人きりなら見せてくれる。
「体調が優れないと言って帰ろうか?」
「ううん、伯父様の頼みで出席してるもの。もう少しいるわ」
この夜会は年若い貴族が交流を持つことを目的に、王国国教会と繋がりの深い貴族が自宅を開放して開いている。彼女が言う伯父は子爵の弟で僕もよくお世話になっている王国国教会の司教だ。聖女を見出した功績で自分は大司教に推薦されるかもしれないと喜んでいた。
その司教の伯父から繋がりのある貴族主催の夜会に出て欲しいと彼女は頼まれてここに居る。聖女のネームバリューは大きく、彼女は色々な貴族令息からアプローチされ、中には非礼な相手や強引な相手も居り、そのせいで彼女は大きく疲弊していた。
「こんなに大変ならファルド様との婚約を維持していた方が良かったんじゃないか?」
「嫌よ!せっかく貴方が試練を越えて婚約破棄できたのに、お父様ったら謝ってよりを戻せとか言ってきたり!」
彼女が婚約破棄できたのはもちろん僕も嬉しい。昔からともに育ち、好意もある相手なのだから。ただ、バイクローン伯令息と婚約していれば今のように大挙してアプローチを受けることも無かったし、違約の賠償で子爵が困ることも無かったのではとも思うのだ。婚約破棄の時の彼は良く出来た人格者のように見えた。お願いすれば偽装婚約の協力も…いや、そんな厚かましいことお願いできないな。
それにしても、あの時の子爵の怒りようは凄かった。娘が勝手に上位貴族との婚約を破棄して違約金代わりのとんでもなく不利な契約をのまされたわけだから激怒するのもやむなしと言えるけど。司教が宥めに入ってくれなければ僕も解任され、ひょっとしたら子爵領を追放されていたかもしれない。
「貴方が勇者の神託を受けたことを明かせば、お父様も態度を改めるでしょうに」
「それは…司教様に止められているから無理だよ」
「もう!何でよ…」
その理由はほんとのところ僕にもわからない。僕が勇者の力に完全に目覚めていないからだろうか?司教に聞いても理由は教えてくれなかった。ただ、ぽろっとこんな言葉をこぼしたことがある。
「下位貴族が大きな力を二つも持つなど、碌な未来が来るわけない──」
この言葉が理由なのかはわからないが、僕が勇者なのはあまり広めない方が良いのかもしれない。ちなみに僕が神託を受けたことは本当だ。彼女の護衛として王国国教会の大聖堂に赴いたとき、礼拝堂の神像の前で立ち止まった僕に天から光が降り注ぎ、どこからともなく声が聞こえてきた。
『新たなる勇者よ、魔の王を倒しなさい。彼の者は永き眠りより目覚め、世界に混沌をもたらそうとしています。力を磨き、聖女とともに仲間を集めなさい』
この声は礼拝堂にいた全ての人に聞こえており、司教もその場に居た。聖女である彼女の護衛騎士としていられるのも、神託の内容を知っている司教がフォローし続けてくれているからだ。
「やあ、ここに居たのかい二人とも」
司教がワイングラス片手にバルコニーへやって来た。頬が不自然に赤い。大分酔っているようだ。後ろにはニコニコと笑顔のチョビ髭の中年男性を伴っている。
「こんな格好で申し訳ございません。伯父様」
「いやいや、すまないね。休憩中に。私の友人が君に挨拶をしたいというのでね」
立ち上がって対応している幼馴染みの後ろに僕は立って控える。主催者の貴族とは最初に挨拶を済ませているので、チョビ髭の中年男性は教会関係者かな?教会関係者を表す聖印を首から見えるように掛けているし。ただ少し気になる。動きにブレが無い。戦える人の動きだ。僕がさりげなく警戒していると、チョビ髭の中年男性は護衛の僕に向き直り、声をかけてきた。
「お初にお目に掛かります。勇者様。教会特務局長より預かり物があります」
やはり特務局の人か、ニコやかな表情はそのままに非常に事務的な口調で話してくる。教会特務局は表向き事務仕事を行う部署として用意されているが、その実態は教会の地上における神罰の代行者として、魔族・魔物・異教・異端の殲滅を存在目的としている。僕が勇者の神託を受けた時に、そう説明してくれたのが教会特務局長だ。ちなみに教会特務局は教会本部の組織である。王国国教会は本部から見れば支部にあたる。
チョビ髭の中年男性は聖女への贈り物のようにラッピングされた小箱を手渡してきた。僕はそれを受け取り、彼女の後ろに戻る。
チョビ髭の中年男性は何事も無いように彼女に向き直ると雑談を続けた。彼女も僕が渡されたモノを気にしているようだけど話に付き合っていた。
夜会の帰りの馬車の中でガサガサと贈り物の包みを開けると小箱が出てきた。
「ね、ね、何が入ってるの?」
彼女が僕の隣に座ってきて手元を覗いてくる。君が気に入るようなモノが入ってることは無いからね。小箱の中には折り畳まれた紙が入っている。開くと紙面にびっしりと小さな文字が埋められていた。
内容は以前彼女が魔族に攫われかけた事件の調査報告。あの時のことは今考えても肝が冷える。恐ろしく強い魔族の戦士だった。勇者と聖女の力を合わせても倒すには至らなかった。
その魔族の行方を教会特務局が追っていたようだが、なんと最後に戦った学園敷地内の湖の底から見つかったそうだ。死体の状態は悪かったが何者かに殺されて湖に沈められたことと、持ち物が全て奪われていたことがわかった。状況証拠的に恐らく逃亡後、湖の近くを通ったときに頭を一撃で吹き飛ばされて殺害されたとみられるとのことだ。
「信じられない。あのとんでもなく強い魔族を一撃で仕留めることなんて出来る人が居るの?」
「人じゃ無いかもしれないよ?魔族の仲間が口封じに殺したとか。理由は思いつかないけど」
この報告書は僕達にあの魔族よりも強い者が近くに居ることを警告してくれている。敵か味方か判明していないが、最悪を想定して警戒していかなければならない。隣の彼女が不安を感じているのか、僕の手を握りしめてくる。僕も不安ではあるが、彼女を安心させるために目を合わせて力強く頷いてあげた。




