01. 悪役転生…させんっ!
短編で書き始めたのですが長くなったので分割しました。完結まで書いたので毎日6:30投稿です。年始までですがお付き合いください。
…んっ?身体が動かない…何が起こった?
「んなぁっ!?この顔は悪役令息のファルド・フォン・バイクローン!」
誰だ!?俺の名を呼ぶのは?
「うぉぉ!まさかコレは悪役転生ってやつかぁ!?銀髪碧眼イケメン!やった!俺の時代が来た!良い人ムーブでヒロインNTRだぁ!」
誰だこの下品な奴は?俺の顔で何を喋っている!?
「ちょっと顔が若いな。ゲームが始まるより数年前かな…この息子さんのサイズは12歳ぐらいか?たしかファルドの伯爵家にはサブヒロインのメイドさんが居たはず。最初はオネショタでラッキースケベ展開を狙ってみるか!」
下品な!こいつは何を言ってるんだ!?ふざけるな!俺を愚弄しているのか!!
「えっ!?な、何だぁ!?アババババッ!!」
俺の顔で阿呆な発言を繰り返され、怒りのあまり魔力が溢れ出した。俺自身はこの阿呆を斜め上から見下ろすようにしていたが、魔力は阿呆の身体から溢れ出し、雷のようなダメージを与えていた。
「ひええっ!なんだなんだぁ!?」
(貴様!人の身体で何をしているんだ!!)
「げえぇ!この声は本物のファルドぉ!?」
(赦さんぞ!この下郎が!ぶち殺してくれるわっ!!)
「ひえぇぇぇ!ごめんなさーい!!んうっ!?あああ意識が消えるぅぅぅ!!」
変な男の断末魔の声が聞こえたかと思うと、斜め上にいた俺の意識が身体に重なるように元に戻った。それと同時に変な男の記憶が重なるように俺の中に湧いてくる。
──どうやら男はこの世界とは異なる世界で生きてきたようだ。異世界の人間が俺のことを知っていた理由は、この世界を題材にしたギャルゲーに男が嵌まっていたかららしい。このギャルゲーという初めて知るはずの概念をすんなり受けいれられるのは異世界人の記憶が俺と融合するように溶け込んだからだろう。自分ではわからないが人格に悪影響が出ていないか心配だ。
それはそれとして、そのゲームでは俺ことファルド・フォン・バイクローンが、主人公キャラを邪魔する悪役として出てくるらしい。主人公にヒロインを奪われた腹いせに姑息な手段で嫌がらせをして敵対し、挙げ句の果てには魔物化して捨て駒のように主人公にぶつけられるゲームの中ボスキャラだ。
非常に腹立たしいし、信じ難い話だが何人か知っている名前も出てくるし、男の記憶が融合したせいか、そのゲームが真実プレイしたこととして疑いようも無く俺の中にある。すんなり情報を受け入れてしまったので、俺としては今はどう未来を変えていくかに意識がシフトしている。男はラノベも好んでいたようで異世界転生モノも愛読していた。俺のような悪役に転生(憑依?)した者は逆に良い人になって皆の人気者になるのが定番らしい。正直、物語での他人に媚びるような性格を良い人と言うのは疑問だし、自分がそうなる気もない。破滅の未来は回避するがやり方は自分の好みで行こうと思う。
トントンと俺の寝室のドアをノックする音が聞こえる。今更ながらだが俺は寝起きだった。10メートル四方ぐらいの部屋の真ん中に天蓋付きのベッドが置かれた部屋は豪華な調度品から伯爵家の権勢が見て取れる。
「失礼いたしますファルド様。お召し物をお持ちいたしました」
俺の目覚めを察したメイドが着替えを持ってきた。いつもの朝のルーチンだ。俺はメイド達の手によって着替えを済ませて一人で朝食をとる。父や母とは朝食を共にすることはない。いつものことだったが、異世界人の記憶があると少し味気ないとも感じてしまうな。
次期領主としての教育は多岐にわたる。一般教養から剣術、ダンスに魔法学、領地経営学と朝から晩までスケジュールはぎっしりだ。
一般教養の算術は異世界人の知識が融合したおかげで教師よりも理解が進んだ。あの異世界人の男は驚くことに意外と頭が良かったらしい。
魔法学はゲームの裏設定資料集の知識が恐ろしく役に立った。魔力が少ないので実践はできないが、効率的な増やし方は知ったのでこれから続けて行こうと思う。
領地経営学は今後のために確認したいことがあるので領地内の村を回る実地を早めに始めたい。教師と相談しよう。
この世界の魔法は詠唱魔法と呼ばれる祝詞を発言することで魔法を発動する方式だ。ゲームの裏設定だと魔力に指向性を持たせるイメージが出来れば無詠唱も可能とのことなので、異世界人譲りの妄想力と科学知識を組み合わせて切り札となる魔法を開発したいと思う。
それと魔力を増やす方法だが、よくある使い切って回復する方法を用いるのだが、普通にやると使い切った途端、昏睡状態に陥って死んでしまうか、重い後遺症を患う可能性が高い。ゲームでは魔力が0を下回ると一定時間魔力が回復できず、ステータスも半減するペナルティが課された。それを回避するためのアイテムも用意されており、それを身につけると魔力を使い切る勢いで使っても、必ず魔力が1残るようになるというものだった。
「たしかこの棚の後ろに落ちているはず」
屋敷にある無数の小部屋の一つにある棚の後ろに俺は手を突っ込んで目当てのものを探していた。伯爵家嫡男は一人になるのも難しく、なんとかお付きの者を撒いて一人で家探しをしていた。
「あった!」
棚の後ろに落ちていたのは古ぼけたミサンガ。手首か足首に巻いておくと、魔力が0になる魔法を使っても必ず1は残るというアイテム。ゲームでは魔生のミサンガという名前だった。伯爵家に入れるイベントの時に手に入るレアアイテムだ。これを装備して寝る前に魔力を使い切る生活を送れば最高効率で安全に魔力を増やせる。
「…不思議なもんだな。本当にこんなアイテムがあった」
ゲームがこの世界を参考にしたのか、この世界がゲームなのか。自分の実態が物語の登場人物だなんて思いたくないから前者と思っておこう。
◇
魔力使い切り法をはじめて数ヶ月で魔力はぐんと増えた。新魔法の開発も進んでいる。異世界人の知識にあった銃の仕組みやゲーム知識をもとにした魔法だ。腕の中に魔力で仮想の砲身を作り、火薬となる魔力の爆発で弾丸となる魔力を加速・回転させ、指先から発射する瞬間に物質化させて物理干渉する力を持たせる魔法だ。弾丸の物質化とともに概念的な爆発も一部物質化するので銃口に見立てた指先から火と音が発せられる。腕を銃に見立てる制約で無詠唱を可能にした上、発動までの過程が隠蔽されているため模倣が困難な魔法となっている。
もちろん簡単にできたわけではない。最初のうちは腕の中で魔力が暴発して痛みでのたうち回ったりなど失敗が多かった。それでもこの方法をやめなかったのは、ゲームでこの方法に近いことをしている強力な魔物が設定資料集に載っていたからだ。身体の中で概念的な反応を起こして口から物質化させて放射する古龍など高位ドラゴンのブレス攻撃だ。クリア後のエクストラダンジョンに出てくるような魔物の攻撃なので強力無比極まりない。これを人の身で完全再現は無理でも術理を模倣できれば強力な手札となる。新魔法のことは一応、銃魔法と名付けたが公表することはないだろう。こちらの言語でしっくりくる単語も無かったし、俺の切り札とするつもりだからな。
銃魔法は近・中・遠距離全てに対応できるが、無手やナイフの間合いの超近接戦闘では使いづらい。剣の教導役の騎士は無手やナイフの戦い方は貴族の戦い方ではないので教えられないというので、平民の兵士長に無手やナイフ戦闘を教えるのがうまい奴を紹介させて習っている。兵士長と教えてくれる奴にはそれなりに金を積んだので習っていることは口を噤んでくれるだろう。父親以外に知られたからといってどうってことはないが、告げ口されると面倒だ。
鍛錬やゲーム知識の実践や将来の布石をうつ日々を過ごすある時、領内の村々への視察の命が父より下った。以前から領地経営学の教師を通して打診していた要望が通ったようだ。
「視察は俺も馬で廻る。荷運びに馬車が必要なら先行しておくように」
「畏まりました若君」
俺は馬車の移動が苦手だ。自分の制御できない揺れに身を任すぐらいなら、騎乗した方が揺れは大きくても気分的にマシだと思っている。配下もそこのところは認識しているので、手間は余計にかかるが無駄なことは言わずに従ってくれる。馬車ではないので侍女の同行は無しだ。必要最低限のメイドは先行させている。俺はサッサと出発することにした。
この視察で俺がしたいことは、とある農法の試験運用の協力の取り付けだ。農法自体は輪栽式農業に魔法技術を組み合わせたモノだ。この農法はゲームでは他の貴族家で開発されているモノだが、バイクローン家の領地は平野部が多く水源も豊富で、農業に適した土地なのでこの農法自体は必要とは言えない。なので別に俺はそれを横取りするつもりでは無く、この農法に効果があることのエビデンスが用意できれば良いと考えている。後々父親とのある交渉で使用するつもりなのだ。
目を付けた村々との交渉はまずまずといった所だった。次期領主とはいえ農業素人の若僧の提案は中々のめる事では無いだろう。他領で開発された新技術の試験を内密で行いたいと伝えることで勝手に裏を勘繰った村長達は導入を決めていたように思う。
いくつも村を廻っていると暗くなって泊まることになる村もある。そういった村では歓待の宴が開かれる。とある村で歓待されたときのこと、村長が年若い娘を連れて俺のもとへ来た。
「若様。こやつは村一番の器量よしと評判の娘でございます。此度はお側に控えさせますので何なりとお申し付け下さい」
村長は下卑た笑いを隠そうともせず、やけに薄着の衣装を着させられた娘を俺の前に差し出してきた。娘は表情こそ取り繕っているモノの、蒼白な顔色と小刻みに震える肩が本意では無いことを知らせてくる。以前の俺なら思春期のガキの感性で気にせずがっついたかもしれんが、異世界人の知識と記憶で精神年齢が上がった今は嫌がる女にはいまいち食指が動かない。それにゲーム知識で思い出したことだが、このシチュエーションは俺関連のエピソードの一つで心当たりがある。
あれはたしか主人公が訪れた村で、傍若無人な貴族の子供に顔を焼かれた娘を助けるために薬草を採取しに行くクエストだった。その貴族の子供が俺ことファルドだったはずだ。そんな悪役エピソードに繋がる女を近くに置きたくない。それに設定資料集に載っていた裏話では、好いた男がいる娘がファルドに奉仕したくなくて土壇場で息子に齧り付いたとかいう話だった。そりゃ血を遺すのが仕事の貴族なら逆上するわなとも思うわ。
まあそんなわけで村長の申し出は断って俺はサッサと寝ることにした。娘はホッとした顔をしてるけど村長の顔色を見るとこの後、村内会議でも開かれるんじゃないか?俺は知らんから勝手にしてくれ。
翌朝、身支度を手伝ってくれたメイドの一人が昨晩の村内会議の様子を教えてくれた。どうやら娘には好いた男がいるらしく、それを若様(俺のこと)に察せられて断られたと村長が無茶な難癖を言い出したらしい。娘は自分の腹には好いた男の子供が居るから断ったのに村長が強要したのが悪いと言い返した。それにギョッとしたのが好いた男と言われた人物。実はその男には別に婚約者がいた。婚約者としてはよその女に憧れられるだけならまだしも、子供が出来るような行為をしていたならちょっと待てお前ということになる。そこからは村長が脇役に成り下がるような泥沼が繰り広げられたらしい。微塵も俺には興味が持てない話だったがメイドには労をねぎらい駄賃を渡しておいた。
そんなこんなで波乱もあったが概ね視察は成功に終わった。屋敷に帰った後、ゲーム知識繋がりで思い出したもう一つのエピソードにも対処しておくことにした。
「視察に着いて来れない侍女では今後支障をきたすかもしれない。男の侍従に換えてくれ」
人事を統括する執事長に自分の侍女の解任を要求した。最初に異世界人が口走っていたサブヒロインのメイドのことだ。正確にはメイドではなく侍女である。未来で彼女は主人公に靡いて俺を裏切るキャラとなる。真実の愛を見つけたとかなんとか、よそでやってくれ。
さすがにいまだ来ぬ先のことで、ただ解任するのは酷なので弟の侍女に推しておいた。弟も俺のスペアなのだから優秀な貴族縁者の人材を着けてもいいだろう。…そういえば弟はどんな生活をしているんだ?ゲームではファルド退場後の残り短い期間の学園編にちょっとだけ出てきただけだから。あまり印象に残ってない。侍女の件が片付いたから見に行ってみるか。
◇
目の前で貴族子弟というには見窄らしい格好の黒髪の子供が怯えて立っている。教育も満足に受けていないのか挨拶もろくに出来ないらしい。
「ハァ…これはどういうことだ。教育係をつけていないのか?」
俺の溜息に目の前の弟がビクリとした。お前に言ったんじゃない。傍らの侍従への言葉だ。
「ご当主様からは捨て置けとの言葉を頂いております」
「血の繋がった子供に掛ける言葉じゃないだろうに…」
父のバイクローン伯爵は貴族至上主義という能力よりも血という思想を持つ男だ。この黒髪の次男は平民のメイドに産ませた子供だ。それなりに富裕な商家出身のメイドなのだから家に戻してやればこの子供ももう少しマシな暮らしを出来ただろうに、半分は血が入っているから外に出したくなかったのがこの結果だ。
「ハァ…俺の予算から出して教育含む生活環境を整えてやれ。俺に何かあればこの弟が代わりとなるのに、何も出来ないままではスペアの意味がない」
「はい。畏まりました」
俺はもう一度溜息をついてから侍従に指示を出した。ゲーム知識を得てから商家に儲け話をおろして個人的な資産を増やしていたので、子供一人の生活費を賄うことなどわけもない。侍従も俺の資産は把握しているのでためらいもなく了承した。俺は黒髪の子供に向き直り言い放った。
「今言ったとおり、お前は俺の弟だ。場合によってはバイクローン家を率いることもあるかもしれない。それなりの教養を身に付け備えておけ。優秀な侍女もつけてやるからよく学ぶと良い」
真実の愛に目覚めるかもしれない侍女だがな。
「は、はい!承知いたしました!」
弟が頬を紅潮させてキラキラした眼をして勢いよく返事をする。別に俺は兄弟愛に目覚めたわけではないんだがな。折角なので勘違いを正すことはしない。俺の将来の目標を考えると弟には家督を譲ることもあるかもしれない。完全に家と手切れになるとは限らないので弟とは良い関係を築いておくのはプラスにはなるからな。
なんせ俺はゲームでは中ボスキャラだ。父が貴族至上主義者なのでそう言った思想を持つ者が多く集まった派閥に属することになる。具体的には第二王子の派閥だ。第二王子派は実務能力は低いが血筋へのプライドは高い貴族が多い。現状を良しとし変化を嫌う派閥だ。
逆に第一王子は自身が優秀故か、能力の高い人材を身分を問わず重用して改革を断行するきらいがある。大貴族の力を弱めて王権を強めることを目的としているとゲーム知識にはあった。
俺はゲームでは第二王子によって魔族から手に入れた魔人薬を飲まされて魔物と化し主人公に斬られて死ぬ。そんな未来は絶対拒否だし、異世界人の知識で王国に忠誠を捧げる人生以外の選択肢も知った。ゲーム知識にあるアレを手に入れることが出来れば王国に縛られることもなく生きられるかもしれない。未来の選択肢のためにも弟にはゲームとは違って頑張って貰うこととしよう。