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極大魔法四重奏


 重苦しい覇気を纏った騎士が俺たちを見て口角を吊り上げた。

 不気味な笑い方をするおっさんだ。

 年の頃は五十くらい……、いや四十中頃くらいだろう。

 きっと老けて見える顔なのだ。

 頭髪はなくスキンヘッドに黒々とした口ひげを蓄えていた。



「久しいな、シュナ殿」

「クロード騎士団長、それに神聖重装十字騎士団の十二神将がおそろいですわね」

「シュナ殿がお帰りと聞いて、雁首がんくび並べてごあいさつに参ったのですよ」

「どうせ父がお呼びしたのでしょう?」


 室内の緊張が一秒ごとに高まっていく。

 神聖重装十字騎士団の名は、神殿には縁のない俺でも知っているほど有名だ。

 総勢十三名ながら、神殿騎士団における精鋭中の精鋭であり、その力は一個大隊に匹敵るするという噂である。


「クロード殿、お話があるのなら単刀直入にお願いします。わたくしはこれでも忙しい身の上なので」


 シュナは挑発するように顎をやや上にあげた。

 それに対するクロードはシュナのようすを探るように上目遣いだ。


「そうですな、経典にも『時は金なり、無駄にするなかれ』とありますからな。それでは率直に申し上げよう。シュナ殿にはこのまま神殿へお帰りいただきたいのだ」

「お断りいたしますわ。もう聖女には興味がないのです」


 取りつく島もなくシュナは即答だ。

 だが、そんなことはクロードもわかっていたのだろう。

 にやりと笑いながらこんな提案をしてきた。


「ならば、神聖重装十字騎士団に入られるのはいかがかな? あなたなら次代の団長を任せられる」


 ほほう、ヘッドハンティングときたか。

 シュナの実力を考えればじゅうぶんありうることだ。


「聖女になるよりはマシですが……、やはりお断りしますわ。興味がないですから」

「ふーむ、それは困りましたな」


 クロードは腕を組んで首を左右に振る。


「それでは失礼」


 出ていこうとするシュナをクロードは呼び止めた。


「待たれよ。一つ我々と賭けをしませんかな?」

「賭けでございますか。ギャンブルに興味はございませんが……」

「なに、たいした手間は取らせません。今から我らと仕合うというのはどうだろう? 神殿最強と噂されるシュナ殿です。どうということもありますまい?」

「決闘をお受けしたとして、わたくしにどういった得があるのでしょうか?」


 クロードの瞳がギラリと光った。

 シュナがその気になっているのを嗅ぎつけているのだろう。

 これだから脳筋どもは……。


「シュナ殿が勝てば、今後は一切構いなし。神殿とも縁が切れるように神聖重装十字騎士団が確約する」


 神聖重装十字騎士団の神殿内における発言力は大きいのだろう。

 シュナも納得したようにうなずいた。


「わたくしが負けた場合はどうなりますか?」

「これまでどおり聖女になっていただくか、十三番目の神将になっていただくとしよう」


 シュナは顎を指でつまんで考えるふりをしている。

 とぼけやがって、本当はこの勝負を受ける気まんまんだろうが。


「承知しましたわ。それでは十三対二の勝負をお受けしましょう」


 十三対二?

 今こいつ、『二』って言いやがったな!


「ちょっと待ったぁあ! なんで俺が頭数に入っているんだよ?」

「アンタ、私に借りがあるじゃない」

「借りなんてないぞ!」

「八万三千六百四十ゲトの借金」

「そうだった……。しょうがねえなあ」


 その程度のはした金で神聖重装十字騎士団とやり合う羽目になろうとは思わなかった。

 だが、借りは借りだ。

 きっちり耳を揃えて返すとしよう。


「これで貸し借りなしだからな」

「いいわ、そういうことにしておいてあげる」


 参戦することが決まりクロードたちは俺に注目した。


「そのたたずまい、ただ者ではないな。名を名乗られよ」

「ジン・アイバ」


 俺の名を聞くと騎士たちは嬉しそうに甲冑を叩いた。


「これは、これは、このようなところで無影のジン殿にお会いできるとは思ってもみなかった。実にめでたい日じゃないか! なあ、みんな?」


 俺を無影のジンと知ってこの喜びよう、そうとう腕に覚えがあるのだろう。


「喜んでもらえて俺もうれしいよ。俺にとっては人生で八番目くらいに不幸な日だがな」


 俺の怨嗟をクロードは軽く受け流す。


「それではさっそく神殿の練兵場へ行こうではないか。あそこなら存分に暴れられるからな」


 俺たちは神殿の練兵場へと拉致されてしまった。



 馬車で連れてこられた練兵場は城壁外の場所だった。

 周辺に民家はないので、これならどれだけシュナが暴れても被害は出ないだろう。


「にしても、本当に十三対二で戦うんだな」


 リーグ戦や二人一組のトーナメント戦でもなく、俺とシュナが十三人を同時に相手しないとならないらしい。


「我々も負けたくないのでな」


 クロードはにやりと笑いながら大きなカイトシールドを構える。

 クロードだけではなく十二神将ぜんいんが同じシールドを持っていた。

 それを見てシュナが大きなため息をつく。


「ミヒャイルの盾まで持ち出すとは、よくよく私に勝ちたいみたいね」

「ミヒャイルの盾ってなんだ?」

「筆頭天使ミヒャイルの加護が付与された神殿の秘宝よ。魔法攻撃を無効化する力があるわ」


 魔法攻撃が得意なシュナを想定して完璧な布陣できているじゃねえか。


「あいつらに恨まれているのか?」

「たぶん上層部の意向ね。私に敗北の恐怖を植え付けて、自分たちに従わせる気なのよ。たぶん極限まで痛めつけてくるつもりだわ」

「趣味が悪いねえ。なるほど。ということは……」

「本気を出していいわ。最初から全力でお願い」

「わかった。八万三千六百ゲトの働きはしてやる」

「八万三千六百四十ゲトよ」

「細かいが、いいだろう」


 俺とシュナは何気ない様子でクロードたちに向き合った。

 奴らまでの距離はおよそ五歩。

 踏み込めばじゅうぶん届く距離だ。

 俺の準備もできている。


「見せてやろう、我らが神聖十字陣の力をな!」


 クロードの顔が凶悪に歪んだが俺とシュナは同じポーズで肩をすくめてみせた。


「いや、お前らの力なんて見たくない」


 敵が攻撃する前に戦闘を終わらせる、それが俺のモットーだ。

 抜刀の気配を察してクロードたちは身構えようとした。

 さすがだと褒めておこう。

 だが、俺の無影斬をとめるには遅すぎた。


 ギンッ


 金属の切断される音が響いた。

 実は十三の音が響いたのたが、それは一つにしか聞こえなかった。

 魔剣ヒュードルが鞘に収まると、ミヒャイルの盾はすべて真っ二つになっていた。


「なっ……」


 クロードたちはその場に立ち尽くしているが、すべての力を出し尽くした俺もクタクタだ。

 その場に座り込んで後をシュナに託した。


「こんなもんで……いいか?」

「そうね、これで貸し借りなしにしてあげる」

「じゃあ、あとは任せたぜ」

「ええ、そこでのんびり見物していなさい」


 嫌でもそうさせてもらうさ。

 準備なしで無影斬を使ったから、俺の筋肉はズタズタだ。

 さっさと終わらせて治癒魔法をかけてもらいたい。


 シュナの拳がクロードの顔面をとらえ、騎士団長が大きく後方に吹っ飛んだ。

 それから後はめくるめく極大魔法の四重奏だった。

 地水火風の大魔法が惜しげもなく展開されて、重装十字騎士団に襲い掛かった。

 死者が一人も出なかったのが奇跡だよ。

 いや、出かけたんだけどシュナが蘇生魔法で生き返らしていた。

 そのあとにさらに魔法の餌食になっていた。

 これだけやっておけば、二度とシュナに手を出そうとは考えないだろう。


 ボロボロになって倒れている神聖重装十字騎士団の前に立ち、シュナは彼らを見下ろした。


「もう満足かしら?」

「……うむ」


 答える気力も残っていないだろうが、クロードは何とか返事をした。


「そういうことならいいでしょう」


 シュナは騎士たちに回復魔法を施していく。

 あれだけ極大魔法を使っていたのにまだ余裕があるようだ。

 さすがは化け物である。


「さて、それじゃあ行きましょうか、ジン」

「ああ、せっかくの都だ。いろいろと研究したいからな」


 俺たちは都のカフェを巡る予定である。

 メニュー、インテリア、エクステリアと学ぶべきことは多い。

 息も絶え絶えのクロードが質問してきた。


「シュナ殿、神殿と縁を切ることはわかった。だが、これからどうされる?」

「辺境で治癒師でもして暮らしますわ。それから料理でも覚えようかしら」

「ご結婚をお考えか?」


 シュナはげんなりした顔になった。


「やめてください。ただ、カフェの経営に協力しようと思っているだけですわ」


 やめてくださいは俺のセリフだ。

 まさか、自分の作った料理を客に出すつもりか?

 蘇生魔法があっても、許されることと許されないことがあるんだぞ。


「カフェ・ダガールという店ですわ。クロード殿もぜひいらしてください。わたくしの料理をごちそうしますので」


 俺は口パクで騎士たちに伝える。


 ヤメテオケ、シヌゾ


 察するところがあったのだろう、騎士たちはウンウンウンと三回もうなずいていた。


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