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カフェ・ダガール 引退したSランク冒険者は辺境でカフェをはじめました  作者: 長野文三郎


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カツレツ


 迷宮レベル:67

 迷宮タイプ:荒野


 荒野のわきに栗林がある迷宮だった。

 地面には大きな栗の実がいっぱい落ちている。

 イガ付きの栗は俺のこぶしをはるかに上回るほど大きい。

 これだけ大ぶりなら食いでがあるだろう。


「拾っていこうぜ。これで何か作るから」

「ん……」

「おっと、そのまま拾おうとするな。足でトゲトゲを踏みつぶしてから拾うんだ」


 栗はイガがあるのでそのまま拾えば指を怪我してしまう。

 ブーツで踏みつぶしてグリグリすると中身が出てくるので、それを拾うのだ。


「最低でも三百個は集めるからな」

「マロングラッセが食べたい」

「マロングラッセかぁ……。俺は作り方を知らないから、ドガが来たら作らせようぜ」

「それがいいわね」


 どうせ文句を言うだろうが、うまいこと言いくるめてしまうとしよう。

 まあ、焼き栗くらいなら俺でも作れるかな?

 それか炒め物にしても美味しそうだ。

 ドガが来るまでは簡単な調理ですますとするか。


「栗ご飯が食べたいなあ」

「栗ご飯?」

「ふるさとの味だ」

「ジンの故郷はここでしょう?」

「うむ、前世の話だ」

「ああ……」


 俺の前世は異世界人で、生まれ変わってこの世界に来たことをシュナはあっけないほど簡単に信じてくれた。

 素直じゃないし、ツンツンしているのだが、そういった柔軟性はあるようだ。

 ワーム系の魔物が何体も出てきたが、軽く排除しながら栗拾いを続けた。


「こっちの袋はもういっぱいだぞ。シュナの方はどうだ?」

「もう少し入るかな」


 ひょっとしたら二人合わせて五百個以上拾ったかもしれない。

 これだけあれば糖尿病になるくらいマロングラッセが食べられるだろう。

 糖尿病というのは肥満や過食、運動不足などが原因でインスリンが作用しにくくなり、血糖値が高い状態が続く病気……だったような気がする。

 のどの渇き、頻尿、疲れやすい、などの症状が伴う。

 進行すると心筋梗塞、脳出血、脳梗塞などの合併症を併発する恐ろしい病気だ。 

 この世界でも富裕層が罹る病気の代表格らしい。

 俺の記憶が確かなら、前世の日本でも完治は不可能だったはずだ。(注・俺が死んだ時点で)


「なあ、シュナは糖尿病を治せるか?」

「うん、できなくはない。疲れるからやりたくないけど」


 さすがは剣と魔法のファンタジー世界!

 再生魔法や蘇生魔法もあるくらいだから糖尿病もなんのそのかよ。


「神殿の仕事で何回かやったことがあるわ。ものすごい治療費を吹っかけるのよ」

「いくらくらい?」

「三千万ゲト」


 ぼったくりだな。

 だが、富裕層にとってはたいした金額じゃないのかもな。

 富は平等に広がらず、常に偏在するものか……。

 しかし、元日本人の俺は、『祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり』なる言葉も知っている。

 中学校の教科書に載っていた「平家物語」だ。

 どんなに隆盛を極めた者でもいつかは潰える、なんてことを考えていたら大きな足音が聞こえてきた。

 ついにボスのお出ましだ。

 それは大きな猪だった。

 ここの栗の実を食べているのだろう、まるまるとよく肥え、筋骨も隆々だ。

 大きさはインド象くらいある。


「アルテミーのイノシシね」

「アルテミーさんって誰よ? 友だち?」

「バカ、戦の女神よ。本当に知らないの?」

「俺、葬式以外で神殿に近づいたことないから。で、なんで女神がイノシシを飼っているんだよ? 食用?」

「違うわ。アルテミーは貢物を忘れた民などに大猪をけしかけるのよ」


 やくざの取り立てみたいである。

 そうやって神の権威を誇示しているのかもしれない。

 ひょっとすると人間には理解できない理由があるのかもしれないけど……。

 アルテミーの猪は牙を打ち鳴らしながら向かってきた。

 こすり合わせる牙から火花が飛んでいるところを見ると、歯は金属でできているのだろう。

 猪の突進に魔剣ヒュードルを抜き合わせた。

 斬撃は猪の目を狙ったが奴は太い首を動かして剣を牙で受ける。

 金属のぶつかり合う嫌な音がして、俺は後方に跳ね飛ばされた。


「大丈夫、ジン?」

「平気だ。シュナは栗でも拾っていてくれ」

「ん、そうする」


 シュナは足でイガを踏みつぶしだした。

 大イノシシは調子に乗り一気呵成に俺を責め立てる。

 たいしたもんだ、牙で岩を真っ二つにしてやがる。


「女神のペットは伊達じゃないな」

「頑張れ~、私のペット」

「誰がペットじゃっ! 居候が調子に乗んなっ!」


 猪は強力だったが、動きが直線的過ぎた。

 猪突猛進とはこのことだ。

 踏み込みつつ避けて、こめかみに斬撃を叩きこんで討ち取った。


 討伐が終わると、アルテミーの猪の牙はナイフに、体は普通の猪サイズに縮んでしまった。

 過食部分は減ったが、これはこれで運びやすくてよい。

 祭壇と宝箱も現れた。


「宝箱の中身はレシピと素材よ。カツレツの作り方ですって」

「こっちのナイフもよく切れそうだ。猪を解体するのに役立つだろう」


  運びやすいように猪の四肢をロープで縛った。

 作業をしながら鼻歌が出てしまう。


「機嫌がいいわね」

「こいつの肉でカツサンドを作ろうと考えているんだ」

「カツサンド?」

「前世のおぼろげな記憶だが、でっかいカツサンドを出す店が繁盛していた気がするんだよ」

「そんなものかしら?」

「間違いない、大きなカツサンドさえだしておけば、客は喜ぶ」


 客以前に俺が食べたいんだけどね。

 だってさ、宝箱にはとんかつソースまで入っていたんだぜ。

 これはもう作るしかないだろう。


 その日の昼からカツサンドをメニューに載せた。

 アルテミーの猪はジューシーで非常に美味い。

 レシピにあるとおりにやったら、肉厚のカツが非常に美味しく揚がったぞ。

 サクサクジュワジュワで常連たちも満足そうに食べている。

 といっても、カツをパンに挟んでソースをかけただけなんだけどな。

 俺としては、美味しいけどなにかが足りない気がしている。


「うむ、なかなかうまいな。だが年寄りにはでかすぎるぞ。次は婆さんとくる」

「おう、ハーフサイズを用意しておくぜ」


 異音がして、店の前に宇宙船が着陸した。

 常連たちは驚いていたが、俺とシュナはわかっていた。

 彼がやってきたのだ。


「ジン、魔物じゃ!」


 銀色のダルダルさんを見て爺さんたちは大騒ぎだ。


「失礼なことを言うな! 魔物じゃねえ、シルカウント星人のダルダルさんだ」

「どーも! ジンさん、シュナさん、先日はありがとうございました」

「困っているときはお互いさまだ、気にすんなって」

「これはつまらないものですが、ウチの畑で取れたゴルマンクレンです」


 ダルダルさんは義理堅く、お礼の品を渡すために0.01光年ほど遠回りをしてくれたそうだ。

 もらった袋を開けてみると中から出てきたのは大きなキャベツだった。


「おお、ゴルマンクレンってキャベツのことか!」

「この星ではそう呼びますね。私は兼業農家でして」

「思い出した! カツサンドにはキャベツの千切りだよ!」


 足りないと感じていたのはこれだった。

 剣士に剣が必要なように、カツレツにはキャベツがつきものだ。

 手に入れたばかりのナイフを取り出して、俺はキャベツの千切りを作った。

 手を動かしていると記憶の方も徐々によみがえる。

 調味料はソースだけではなくマヨネーズもほしいところだ。

 卵とオリーブオイルで作れたはずである。

 次回は用意するとしよう。


「ダルダルさんも食べていってくれよな」


 出来上がったカツサンドをダルダルさんにもだした。


「ジン、そいつを俺のにも挟んでくれや」

「あいよ」


 常連の皿にも千切りキャベツを乗せていく。


「お、ずっと美味くなったな」

「そうだろう? やっぱりとんかつにはキャベツだぜ」


カツサンドは宇宙人の舌にも合うようで、ダルダルさんも絶賛してくれた。


「これを食べるために、この星に寄るというのもありですね。それと、カツサンドにはグンテキプラポネルが合うかもしれません」

「グンテキプラポネル?」


 ダルダルさんは自分のバッグをごそごそしている。


「これのことです」


 出されたものは黄色いものが入ったチューブである。


「グンテキプラポネルってからしのことかよ!」


 しかも和がらしにそっくりだ。

 からしをつけたカツサンドは懐かしい味がして。思わず眼がしらが熱くなった。


「ジン、泣いているの?」


 シュナがからかうように聞いてくる。


「うるせえ、からしが……グンテキプラポネルが鼻にしみただけだっ!」


 俺はげんこつでグイッと鼻をすすりあげた。


【グラストNOVELSより発売中】

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