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カフェ・ダガール 引退したSランク冒険者は辺境でカフェをはじめました  作者: 長野文三郎


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姉が来た


 午前中にポビックじいさんの孫娘のマイネが配達に来た。

 若いながら上手にラクダを乗りこなしているところは、さすが砂漠の民だ。

 マイネは野菜やコーヒー、ハムの塊などをカウンターの裏に積んでいく。


「配達ごくろうさん。ホットチョコレートでも飲んでいくか?」

「いいの⁉ ありがとう!」


 そろそろ十四になろうという年頃だが、こういうところはまだまだ無邪気だ。

 モリニージョで泡立てたホットチョコレートを飲むと、マイネは大きなため息をついた。


「おじいちゃんたちはこんなに美味しいものを飲んでいたのね。ちっとも知らなかった」

「美味いだろう? みんなにも宣伝しておいてくれよ」

「わかった。友だちにも自慢しておく」


 マイネの友だちがカフェで飲み物を頼める金を持っているとは思えなかったが、それでもかまわない。

 こうした地道な草の根活動が将来実を結ぶのかもしれないのだ。


「ところでジンとシュナは夫婦なの?」


 ホットチョコレートの髭をつけたマイネが無垢な瞳で質問してくる。

 思わずどきりとしちまったぜ。

 シュナも動揺を取り繕うように水を飲んでごまかしているように見えた。


「いや、違うぞ」

「そうよ、私はカフェ・ダガールのお客さんなの」

「正確には居候な。宿屋は廃業しているんだから」


 マイネは疑わしそうに俺たちを見比べている。


「ふーん。でも、仲がいいからずっと一緒にいるのでしょう? お友だちなのね」

「まあ、そんな感じかな……」


 俺とシュナは二人して曖昧な返事しかできなかった。

 改めて考えてみると、シュナはいつまでここにいるのだろう?

 シュナがいる生活が当たり前になっていて失念していたが、シュナはここにいていいのだろうか?


「ご馳走様でした!」


 カウンターに空いたカップを置き、マイネが立ち上がった。


「おう、また配達にきたら何か飲ませてやるよ」

「ありがとう、ジン。私、お手伝いを頑張るよ」


 マイネは嬉しそうに去っていった。


「ジン、おなかが空いた」


 シュナが飯を要求してくる。

 こいつが作るとろくなことにならないから、料理はすっかり俺の役割になっちまった。

 薬がよく売れているので宿泊費は二十日先の分までもらっている。

 当分去る気はないのだろう。

 こいつのおかげで計画が狂っちまったな。

 エスメラに去られて、俺は孤独に朽ちていこうと決めていたのに……。


「野菜とハムのスープでも作るか。ん? ちょっと待て、団体客だ」


 店の前に二十頭を超えるラクダが到着した。

 あいつらは何だろう?

 窓から様子をうかがったが、交易商人にしては荷物がないし、巡礼者とも様子が違う。

 ひょっとして盗賊だろうか? 

 全員が完全武装というところが怪しい。

 盗賊なら問答無用で切り捨てるだけだ。

 マイネが帰ってちょうどよかった、始末するところを子どもには見せたくない。

 ラクダから降りた一人が日除けの布を脱ぐと、濃紺の髪がそこからこぼれた。

 シュナと同じ髪の色をした女だったが、なにやら意地悪そうな目つきをしている。


「性格の悪そうな女だな。美人だけど」

「姉のシエルナよ」


 シュナはため息交じりに教えてくれた。


「はっ? シュナの姉さん?」

「性格が悪いっていうのは当たっているわ」


 シュナは事も無げに言うと表へ出て行った。


 凶悪な紫外線が降り注ぐ砂漠で姉妹は対峙した。


「ついに探し当てたわよ。あなた、お父様とお母さまがどれだけ心配しているかわかっているの?」


 シエルナのヒステリックな叫びにシュナは肩をすくめる。


「お父様とお母さまが心配しているのはパイエッタ家のメンツでしょう? 私のことじゃないわ」

「当然よ! あなたは家に恥をかかせて平気なの?」

「十歳のときから神殿に預けられているのよ。家族の情なんて湧かないわ。家名に誇りも感じないもの」

「なっ!」


 吐き捨てるようにシュナは言い、シエルナは信じられないことを聞いたという表情だ。

 とことん嚙み合っていない二人を見物して、俺は笑いがこみ上げてくる。


「いまならまだ間に合うわ、私と一緒にガーナ神殿に帰るのよ」

「間に合うってなにが?」

「聖女よ! 今帰れば、あなたの聖女としての地位は保証されるの」

「そんなものにはなりたくないって何回言ったらわかるのかな。みんなバカなの?」

「わかっているの? 聖女なのよ! みんなが憧れる存在じゃない!」

「だったら姉さんがなればいい」

「ぐっ!」


 シエルナは絶句してしまった。

 なりたくてなれる存在じゃねえだろうが、なりたくないのに無理にやることもないだろう。


「力づくでも連れ帰るわ」


 シエルナは後方に控えた手下に合図を送った。

 手下は二十人強、それなりに腕の立ちそうなのが交じっている。

 だが、少々シュナをなめすぎてはいないか?

 それともシュナの家族はこいつの実力を見誤るほどの愚か者なのだろうか?


「シュナ」

「なによ? 助太刀なら要らないわよ」

「いや、シュナは父ちゃん母ちゃんのことをお父様、お母様って呼ぶんだな。ちょっと笑えるんだけど」

「別にいいでしょっ!」


 やっぱりシュナはいいとこのお嬢様だったんだなあ。


「くだらないおしゃべりはそこまでよ! あなたたち、さっさとシュナを捕まえなさい。多少ならケガをさせてもかまわないわ」


 シエルナはそう命令したが、リーダー格の男は怯えていた。


「待ってくれ、相手が悪すぎるぞ」

「聖女候補とはいえ、相手は女の子一人じゃない。あなたたちにいくら払ったと思っているの!」

「俺たちが聞いていたのは子爵家ご令嬢の奪還だ。無影のジンを相手にするとは聞いていないぞ!」


 俺の顔を知っている奴がいたようだ。

 俺は知らないけどな。

 シエルナははじめて俺に注意を払った。


「なんなの、あなたは?」

「俺? 俺はこのカフェの店主。でもってシュナは居候」


 バカにされたと思ったのだろうか、シエルナの眉間に深いしわが寄る。

 その顔は少しだけシュナに似ていた。

 やっぱり姉妹なんだなあ……。

 シュナに言ったら殴られそうだから黙っておくけど。

 シエルナは配下の男を怒鳴りつけた。


「たかがカフェの店主をどうして怖がるのよ?」

「国いちばんの剣士だぞ。王都から姿を消してしばらく経つが、こんなところにいたとは……」


 優しい俺は一言だけ忠告しておくことにした。


「アンタらさ、シュナとやり合うのはやめておいた方がいいぜ。こいつ、めちゃくちゃ強いから」


 話しながらもう一歩前に出ると奴らは一斉に後ろに下がった。


「そんなに怯えるなって。それよりさ、何か飲んでいかないか? おすすめはホッとチョコレートだけど、スライムタピオカミルクティーもうまいぞ」


 暑さのせいかシュナはイライラしている。


「なに、飲み物をすすめてんのよ!」

「だって二十人以上いるんだぞ。六〇〇ゲト×二〇人で一万二千ゲトの売り上げじゃねえか!」

「バカね……」


 イライラしているのは姉のシエルナも一緒のようで、耳に障るキンキン声を張り上げた。


「飲み物なんて要らないわよ! いいからさっさと捕まええて!」


 だが、動く者は誰もいない。


「金は返す。悪いが俺はやらん。まだ死にたくないからな」


 リーダー格の男がキッパリと言って背を向けると他の男たちもそれに続いた。


「ちょ、ちょっと、あなたたち! 戻ってきなさい! なんなのよぉっ!」


 ラクダから落ちそうになりながらシエルナも逃げて行った。


「どうすんだ、シュナ?」

「べつに……。連れ戻しに来たら追い払うから」

「ここから逃げなくていいのか?」

「他に行きたいところなんてないもん」


 シュナはいつものポーズで肩をすくめてみせる。

 その仕草は投げやりな態度のように見えて、私はやりたいようにやるという決意の表れのようでもあった。

 そして、俺はそんなシュナが気に入っている。


「入ってコーヒーでも飲むか?」

「アイスカフェオレがいい。コーヒーは濃い目、砂糖は多め、ミルクはモリニージョでよく泡立てて、しっかり氷で冷やしてね」

「おう……」


 うちの居候はとても贅沢だった。


【グラストNOVELSより発売中】

よろしくお願いします!

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