金の角を持つ鍋
迷宮レベル:32
迷宮タイプ:荒野
今日の迷宮にはベリーがたくさんなっていた。
いや、正確にいうと違うかもしれない……。
気をつけて食べたことなんてないから、ベリーがどんな形をしていたか覚えていないのだ。
イチゴくらい特徴的ならわかるのだが、ブルーベリーとかキイチゴとなると今一つ自信がない。
一つ摘んで食べてみるか。
「うん、美味い。美味いから毒じゃないだろう……モグモグ」
「バカ……」
シュナは呆れているが、俺のもぐもぐ判定の精度は高い。
今までこれで外れたことは一度だってないのだ。
だいたい美味くて毒ってあるのか?
俺は知らないぞ。
とは言っても、シュナが一緒だからこそ迷宮内でも味見ができるんだけどな。
腹痛になっても堕聖女様が嫌々治療してくれるだろう。
大型のカラスが襲ってきたりしたけど、俺たちはなんなく倒して奥へと進んだ。
やはり荒野は食材が多い。
ここいらにたくさんなっているベリー類を摘んでジャムにでもしようか。
「ジャムパンを出してもいいし、ロシアンティーも悪くないな」
「ロシアン?」
「ロシアは北の超大国だ」
「バカね、それはソラール帝国でしょ」
うむ、この世界ではそうだった。
「俺が言いたいのは、ベリージャムを入れた甘い紅茶を作りたいってことだ」
「ジンにしてはいい考えじゃない。でも、ジャムなんて作れるの?」
「問題はそこだ。ジャムってどうやって作るんだろうな?」
「私に聞かないでよ。料理なんてしたことがないんだから」
マイナス24だもんな、という言葉は飲み込んだ。
ところが我らが闇の聖女様はとんでもないことを言い出した。
「あ、私でもジャムを作れるかもしれないわ」
「はっ? 俺が欲しいのは美味しくて安全なジャムなのだが……」
呪いの食品は要らない。
「うるさいわね。食べ物じゃなくて、加護の薬として、『サンザシとベリーのジャム』というものを作ったことがあるの」
「本当か? シュナにそんなものが作れるなんて信じられないぞ!」
サンザシとベリーのジャムは雷避けと子宝に恵まれる効果があるそうだ。
聖女の魔力をこめて作るので大量生産はできないらしい。
「神殿ではそれを貴族や金持ちばかりに配ったのよ。神殿のそういうところが大嫌いだったなあ」
「しかしシュナがジャム作りねえ……」
「ジャムだと思って作ると失敗するけど、薬だと思って作ればうまくいくのよね」
気持ちの問題なのか?
「ベリーのジャムってことは、要はサンザシ抜きのジャムを作ればいいわけでしょう。何とかなると思う」
「やるだけやってみるか。どうせ俺も作り方はわからないし」
「言っておくけど、成功の確率は五〇%よ」
それでも奇跡の数字だと思うぞ。
なんせあのシュナが半分の確率でジャムを作るのだからな。
二人してせっせとベリーを摘んでいるとボスが現れた。
金の角をもった巨大なヤギである。
牧場などで見たヤギより二回りは確実に大きい。
見るからに全身が筋肉質で、食用には向いていなさそうだった。
「エアレーよ、気を付けて」
エアレーは突進してきたが俺は余裕をもって攻撃を躱した。
ところがエアレーの角だけが方向を変え、俺に向かって伸びてくるではないか。
鋭い角が脇腹に迫り、俺はとっさに両手で角を受け止めた。
「ダメ!」
シュナの注意は角に電撃が走るのとほぼ同時だった。
感電による激しい痛みが俺の体を貫く。
エアレーが首を振り俺は地面に叩きつけられてしまった。
だが、おかげで角から手が外れた。
「いってえなぁっ!」
「メェエエエエ!」
調子に乗って突進してくるエアレーの顎に下段からすりあげる剣を食らわせてやる。
エアレーは一刀のもとに絶命し、二本の角を置いて消えてしまった。
「エアレーの角はどの方向にも伸びるし、電撃を出すのよ。あんたSランク冒険者のくせに知らないの?」
「すっかり忘れてたんだよ。今はカフェの店主だからな」
「バカね。ほら、手を見せて」
憎まれ口をたたきながらもシュナは丁寧に治療してくれる。
こういうところは優しいのだ。
「どうして角を離さなかったの?」
「動けなかったんだよ。人間の体は微弱な電気で動いているから、それを凌駕するような電気が流れると動けなくなってしまうのだ」
どうよ、俺の前世知識。
「バカジンのくせに偉そうね!」
俺の手をバシッと叩いて、シュナの治療は終わった。
治療が終わればお約束の宝箱タイムだ。
「あら、今日はレシピじゃなくて鍋が出てきたわよ」
シュナが宝箱から取り出したのはパステルグリーンをした鍋だった。
「これは電鍋じゃないか!」
勝利の電鍋:料理の味を格段にレベルアップさせるマジックアイテム
見た目は昭和の炊飯器って感じだけど、これ一つで、炊く、蒸す、煮込む、温める、の四役をこなす万能調理器である。
「エアレーの落とした金の角を鍋に取りつけて使うみたいよ」
「この穴に取りつけるんだな……」
金の角を取り付けると、勝利の電鍋はバイキングのヘルメットみたいになった。
「これ、もう感電しないよな?」
「やってみたら?」
おそるおそる指でつついてみたけど、漏電などはしていないようだ。
「いいアイテムを手に入れたぜ。これなら火炎魔法を使わないですむもんな」
「私でも上手に使えるかな?」
「それはわからない……」
シュナは地団太を踏んで悔しがる。
「なんでよ! 説明書には鍋に材料を入れてタイマーを回すだけ、って書いてあるわよ。なんでダメなのよ!」
「じゃあさ、試しにシュナがこの鍋でジャムを作ってみないか?」
「ベリーのジャム?」
「ああ、どうせ作る予定だっただろう? この鍋で作れば成功率が少しは上がるかもしれないぜ」
「なるほど……」
いざ作ることが決まったら、緊張しているようだ。
眉間に深いしわを作ったまま、シュナの目じりは下がっている。
やめろよ、その顔……。
俺まで不安になるじゃないか!
言い知れぬ不安に苛まれたまま、俺たちは金の角を掴んで荒野の道を引き返した。
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