再会
交易商人たちがやってきた。
連なって歩くラクダの背中には様々な荷物がぎっしりと積まれている。
レッドムーン王国で売りさばき、大儲けを企んでいるのだろう。
そうやって大金を稼いだ商人はレッドムーンでまた仕入れをして、今度はその荷物をリングイア王国で売りさばくのだ。
こうした交易は莫大な利益を生むのだが、ともなうリスクも大きい。
まず、砂漠は迷いやすい。
道を見失ったものは干からびて死ぬ。
それに、盗賊や魔物に襲われることもあれば、天候に悩まされることもしょっちゅうだ。
砂嵐に怯えたラクダが逃げ出すなんてことはざらに起こる。
そういった困難を乗り越えなければならないので交易商人はタフなやつが多い。
今やってきている奴らもいい面構えの者ばかりだ、って、あいつは……。
交易商人たちの中に見知った顔がいた。
俺は嬉しさに外へ飛び出し、砂の上に躍り出る。
「ディラン!」
「ジン!」
やって来たのは同じ冒険者チームだった親友のディランだった。
「おいおい、無影のジンが本当にカフェのマスターになっちまったのか!」
「そっちこそそのナリはなんだよ? 隠形のディランが交易商人か?」
「なかなか似合っているだろう?」
ディランは交易商人の恰好を見せつけてくる。
凄腕の斥候としてディランは漆黒の鎧を身に着けていたが、今は頭にターバンを巻き、日除けのマントを羽織っている。
「商人姿も悪くないな。とにかく中へ入ってくれ。話はそれからだ」
俺たちは涼しいカフェの中に移動した。
「ほほう、なかなかいい店じゃないか」
ディランは物珍しそうに室内を見回している。
「何でも注文しろ。今日は俺のおごりだ」
最新のメニューはこんな感じになっている。
メニュー
水 ……200ゲト
氷水 ……250ゲト
コーヒー ……300ゲト
アイスコーヒー ……400ゲト
カフェオレ ……400ゲト
アイスカフェオレ ……500ゲト
ハチミツ水 ……500ゲト
スライムタピオカミルクティー ……700ゲト(おすすめ!)
ガーリックトースト ……300ゲト
チーズトースト ……400ゲト
奇跡のホットチョコレート ……600ゲト(おすすめ!)
こうして見るとメニューが増えたな。
「ふーん、まともにやっているんだな」
「これでもだいぶレパートリーが増えたんだぜ。最初は水と氷水しかなかったからな」
「ぶっ! 水しかないのにカフェを名乗るところがお前らしいな」
「砂漠では水だって貴重なんだぞ」
「そりゃあそうだ。水魔法を使える奴は商人仲間からも大人気だぜ」
水魔法使いは引っ張りだことの話だ。
「ところで、どこまで仕入れにいくんだ? レッドムーンか?」
「その先にあるベンガルンだ」
「ベンガルンとはまた思い切ったな」
「どうせ交易商人をやるのなら俺も香辛料で一山当てようと思ってね」
ベンガルンはレッドムーンのさらに先だ。
到達するためには危険な湖沼地帯を抜けていかなければならない。
だからベンガルンで取れる香辛料はたいへんな高値で取り引きされるのだ。
危険な賭けではあるのだが、元Sランクの斥候なら成功させる見込みは高い。
そして、香辛料の話は俺を興奮させた。
「なあ、俺のために香辛料を買ってきてくれねえか?」
「あの日に話していたドライカレーだな」
「ああ……」
あの日とは、エスメラが出て行ったことを知った日だ。
彼女のことは今でも忘れられない傷になっている。
だがダガールへ来て、その思い出もだいぶ薄れた。
「すまない、思い出させてしまったな」
謝ってくるディランに俺は笑顔を見せた。
「いいんだ。エスメラのことはもう何とも思っていない。これは本当だ」
「そうか。じゃあビジネスの話に戻ろう。どんな香辛料が必要なんだ?」
そのことについてはずっと前世の記憶を探ってきた。
だが、それはいつだって曖昧だ。
カレー粉というものがあればよいのだが、日本でのあれはそれぞれの会社が香辛料をブレンドしたものだった気がする。
こちらに俺の知っているカレー粉があるかはわからない。
「とりあえず、カイエンペッパー、ターメリック、クミンの三種類が欲しい。それさえあればなんとかなる……と思う……」
迷宮で宝箱が出てくれれば早いのだが、今のところ香辛料は一つも出てきていないのだ。
「わかった。旧友の頼みだ、俺に任せておけ」
ディランは快く俺の頼みを引き受けてくれた。
「ところで何を頼む?」
「そうだなあ、おすすめと書いてあるスライムタピオカミルクティーとやらをもらおうか」
「はいよ」
俺がカウンターに入ると、二階からシュナが下りてきた。
「部屋の掃除は終わったからご飯をちょうだい」
「やっとかよ。もう少しマメにしてくれよな」
シュナを見てディランが驚いている。
「ジン、新しい女か? いいのを見つけたな!」
デリカシーのなさは寿命を縮めるぞ。
ほら見ろ、シュナのゲンコツがディランの頭に落とされている。
「誰、この無礼者は?」
「友だちのディランだ。同じパーティーだったんだ」
ディランは涙目になって頭を押さえていた。
「いてえなあ、人をいきなり殴りやがって!」
「アンタが失礼なことを言うからでしょう。私はジンの女じゃない。ただの居候よ」
「あ、てめえ開き直りやがったな! 客じゃなかったのかよ⁉ さっさと宿代を払え」
「店を手伝っているでしょう? それに患者が来たらすぐに払うわよ!」
シュナと言い争いをしていたら表からお客の呼ぶ声が聞えた。
「すみません、ラクダのつなぐ場所がちょっとグラグラしていて」
「あいよ、すぐ直すぜ! ちょっと行ってくるからこれを飲んで待っていてくれ」
出来上がったスライムタピオカミルクティーをディランに渡して俺は表に出た。
***
ディランとシュナは並んで外を見た。
視線の先では金槌を手にしたジンがラクダを繋いでおく柵を修理している。
交易商人と軽口でもきいているのだろう。
ジンは作業をしながら笑顔だ。
「あいつが元気そうでよかったぜ」
「ジンとの付き合いは長いの?」
「もう十年以上だな。うめえな、これ。ジンが作ったとは思えねえくらいだ。初めて聞いたときはどうなるかと思ったが、ジンもちゃんとカフェをやれるんだなあ」
まぶしいのだろう、表に視線を向けたままシュナは眉間に皺を寄せた。
シュナは視線をジンに向けたまま訊ねる。
「ジンはどうしてここへ来たの? 有名なチームの剣士だったんでしょう?」
それは常々シュナが抱いている疑問だった。
「まあ、いろいろあったのさ。詳しくは本人に聞いてくれ」
「あんたの口からは言いたくないのね」
「人のことをペラペラ喋る趣味はねえ。だけど、一つだけ教えてやるよ」
「なに?」
「ジンは王都で暮らしていたときよりずっといい顔になった。ここに来て幸せなんだろうな」
「ふーん……」
興味のなさそうな返事だったがシュナの眉間の皺がなくなっていた。
***
出発するディランをシュナと見送った。
ラクダに乗ったディランにシュナは革袋を投げ渡す。
「これはなんだ?」
「特製の万能薬と解毒薬。餞別代りにあげるわ」
「いいのか?」
シュナは無言でうなずいている。
きっとこいつもディランのことが気に入ったのだろう。
「ありがとう。頑張れよ、シュナ」
「なにを頑張れっていうのよ……?」
シュナはもごもごと不平を言い、ディランは地平線の向こうへ去っていった。
「ディランとなにを話したんだ?」
「べつに……。つまらないことよ」
シュナは肩をすくめて店に入っていく。
俺は砂の上で豆粒みたいになったディランをもう少しだけ見送った。
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