第二話 千賀丸④
(嘘だろ……コイツッ此処まで追って来やがったのか!?)
その森の方向より姿を現した軍服を見て、千賀丸はサァァァッという自らの血の気が引いてゆく音を聞いた。
軍服の男は、彼がこの地獄に落ちてきて最初に出会った獄門衆。
何故か子供を殺す事に異常な執着心を持っており、山の中で偶々出会っただけの関係に過ぎない千賀丸を執拗に追跡してきたのだ。三日三晩逃げ回り流石に撒いたかと思っていたが、どうやら甘く見ていたらしい。
その悪意以外何も感じる事が出来ぬニタニタという笑みが既にトラウマと成っていた千賀丸は、さっと雅の後ろへ隠れた。
「 俺の獲物? ………ああ、なんじゃコイツの事か」
相手が一体何に対して手を出すなと言っているのか分からず一瞬キョトンとした雅であったが、裾上を後ろから引っ張られやっと合点がいく。
そしてまるで野良犬か何かを指差すが如き声で、彼は背後の少年をコイツと呼んだ。
「だ、旦那、守ってくれッ。あいつ頭がおかしいんだよ。山二つも超えて逃げたのに、当たり前みたいに此処まで追ってきやがった。……このままじゃオイラ、殺されちまう」
「知るか腰抜けがッ、死にたくなければ己の手で戦えば良いじゃろうが」
「んな無茶言わないでくれよ!! あいつも業持ちだ、十人以上殺してるメチャクチャ強い獄門衆なんだよ!! オイラじゃ勝ち目なんて無い」
「………………ほう。業持ち、かッ」
突如顔の前に弾丸が飛んできて、更に年端もいかぬ子供に助けてくれと縋られながら、雅はまるで今直ぐにでも二度寝を始めそうなほど気が抜けた表情をしていた。
だがしかし千賀丸より目前の男が業持ちであると聞いた瞬間、彼の眼光が俄かに鋭くなる。
「のうお主、こんな腰抜けのガキがそんなに欲しいのか? 刀を握る度胸もない小便たれじゃ、殺しても面白くも何ともないとワシは思うがのぉ」
雅は軍服の男へと単純に気に成った事を尋ねる。彼からしてみれば態々戦って面白くもない子供を狙う理由が理解出来なかったから。
すると男は気味の悪い笑みを一層深め、親切にも返答を寄こしてくれる。
「それが良いのではないか。無抵抗な女子供を殺す手応えの無さ、何の意味も無く命を奪うことの言い表しがたい罪悪感。他では絶対に味わえぬ唯一無二の感慨だ。倫理や道徳という縛りを抜け出し、真に生を享受出来ているという実感が有る」
「…………フムッ、難しい事を言われてもワシには分からんの」
「なら俺の後にやってみるが良い。銃剣の先で内臓をかき回し神聖なる身体を冒涜する、その背徳感が必ずやお前に新しい扉を開かせだろう。さ、早くそのガキを渡せ。こっちはもう三日もお預けを喰らっておるのだ、辛抱堪らん」
そう言い軍服の男が手を伸ばしてくるのを見て、千賀丸は握っていた裾上を更に強く引っ張る。
がしかしそんな彼の助け求めるメッセージなど気にも留めず、雅はこう非情にも言い放ったのだった。
「こんなガキなど言われんでもくれてやるわ。戦う気概もない腑抜けなど死んで当然、好きにしろ」
「うッ、うわ…!! だ、旦那嘘だろ!?!?」
言い切ると共に雅は素早く背後に立つ千賀丸へと手を伸ばし、その首を掴んで持ち上げる。
そしてその行動を受け、まるで裏切られたとでも言うように顔を絶望で埋めた少年を、軍服の男へと突き出した。
「うむ。協力感謝すッ………」
スウォンッ ドサッ″!!
「ッうわあ!?」
だが、少年を男が受け取ろうとした瞬間、雅はその腕を素早く右方向へと振り千賀丸を藪の中へ放り投げた。
余りに突発的が過ぎる行動。
投げられた千賀丸も、狂人を絵に描いた様な軍服の男までも目を真ん丸に見開き固まる。狂人としての格の違いを、雅はこの一瞬にも満たぬやり取りの中で示してみせたのだ。
そしてそれにより二つの視線を自らへ釘付けとした雅は、無言で立ち尽くす軍服の男へ向け、こう堂々と宣ってみせた。
「ガキなら煮るなり焼くなり内臓を掻き回すなり好きにすれば良い。じゃがその前に……少しワシに構ってくれんかのう? 生憎なことに、こっちはガキの腸よりてめえの腸の方へ興味があるんでな」
………………………ッ パアァン″″!!!!!!!!
目の前の侍が自分に殺意を向けている。そう判断した軍服の男は、躊躇無くその手に持った銃の引き金を引いた。
息を吸うよりも容易く始まる殺し合い。それがこの、無限地獄の日常であった。
お読み頂きありがとうございます。
この小説は二日に一度更新させて頂く事となっております。そして、『ブックマーク』や『評価』などを多数頂けましたら更新頻度を上げてゆくつもりです。
なにか反応を頂けると非常にモチベーションと成りますので、もし面白いと思って頂けましたら宜しくお願いします。
そして何より、この先もどうか楽しんで読み進めていって頂けると嬉しいです。