第十話 獄卒の群れ③
新たな評価を頂きましたので、本日も連続投稿!!
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「ん″ん″ん″ん″ん″ん″ん″ん″ん″ん″ん″ん″」
新たな大型獄卒が森の奥より出現。
するともう思考すら必要とせずその獄卒の頭上に落下できる位置の大太刀へと瞬間移動。そして得物を木の幹から抜き取り、間髪入れず宙へと身を放った。
獄卒は鼻が良い。例え背後から音を立たず近付こうと、まるで後ろに目が付いているかの如く敏感に反応してくる。
故に雅は 樹上から落下する事により匂いを嗅ぎ付けられても反応間に合わぬ速度まで加速し、反撃が出る前に脳天へ刃叩き込んで敵を即死させるという戦法を取った。
死角を衝き 先手を取って 渾身の一撃を放つ。
それだけで図体がデカイだけの化け物など難なく殺せる、筈であった。
「ん″ん″ん″ん″ん″ん″ん″……………ッば″あ′′′′ 」
「ッ″!?」
がしかし、此処から何かが変わり始めたのである。
雅が木の枝より飛び降りた瞬間 まるでその行動を予め知っていたかの如く、 獄卒は顔を真上に向け大口を開いたのだ。
そして直後 爆発の如き音をあげて地面を蹴り、落下してくるオヤツ目掛けて怪物は垂直跳びの要領で喰らい付いてきた。
ッガ″″チ″イン!!!!!! ………………………………………
処刑器具のような無機質で甲高い音。
それを撒き散らし、自ら口内へと落ちてきた愚かな男を噛み潰さんと上下隙間なく並んだ真っ白な歯が目にも留まらぬ速度で閉じる。
………………………………………………ドサァッ!!
そしてそれを間一髪で回避した雅の身体が、鈍い衝突音を上げた。
用意しておいた万が一の保険に命を救われたのである。
咄嗟に口の含み針を吹き出し、側方へと飛ばしたその針へと『死不別互』を使用。瞬間移動により獄卒に噛み潰されるという最悪な未来の横を擦り抜け、代わりに頭から地面に落下するというなんとも格好の付かない未来を掴み取ったのだ。
だが、命拾いした雅の顔に安堵の色は浮かばない。
(……なんじゃ、今の反応は )
ついさっきまで問題なく通用していた常勝の戦法。
その前に突如立ち込めだした暗雲に、雅は落下の痛みも忘れる程の危機感を覚えたのであった。
獄卒とは本来、人間とよく似た外見をして、人間の幾倍も大きく 幾倍も力が強く 幾倍も頑丈であるというだけの生命体。
がしかし稀に 長く生きた個体がその範疇から外れる事があるのだ。骨格が根本的に人とは別物にまで変貌を遂げてしまったり、因果律を無視した神通力としか呼べぬ力を獲得したりする事がある。
そして今 この新手が見せた反応速度。それに雅は、通常個体の範疇を超えた力の痕跡を見た。
第一に あの獄卒は目を使わず周囲を見通しており、下手をすれば未来すら認識する能力を持っている可能性もある。
デカくて力が強い、ただそれだけで厄介極まりない獄卒という存在。それが更に上乗せで不確定要素である特殊能力まで持っている。
その余りな理不尽っぷりは、ちっぽけな被食動物を青褪めさせるのに充分であった。
雅は落下のダメージが未だ纏わり付く身体を起こし、足を引き摺りつつ、一先ずその場から離脱しようとする。
「……………ん″ん″ん″ん″ん″ん″ん″ん″ん″ん″ん″」
だが、手負いの獲物に情けを掛ける慈悲深さなど、地獄の悪鬼に与えられている筈が無かった。
口内に血の味がしない事に気が付いた獄卒は周囲をキョロキョロと見渡す。そして最も容易く 足を引き摺って逃げる雅の姿を発見したのだった。
白く濁った瞳がその弱々しい背中へと焦点合わせ、体の正面をそちらへと向ける。
そして、人の何十歩にも相当する一歩で距離を詰め、全身を投げ出すように巨大な獄卒が一匹の小動物へと飛び掛かった。
ッド′′′′オ″オ″オ″オ″″オ″″オ″″″ン ! ! ! !!!!
ズ ′′パアァン″″ッ!!!!!!!!!!
がしかし、そんな焦点合わせていた小動物の背中が、 忽然と視界から煙のように消える。
するとその代わりと言わんばかりに、消えた獲物の向こう側から太い大木の幹が出現。
それへ止まれず勢いよく顔面から突っ込んでしまった獄卒、その隙へと 間髪入れず樹上から降ってきた雅が大太刀の一撃を叩き込んだ。
そうして、 またこの戦場に一つ、 頭蓋を叩き割られた巨大な骸が追加されたのである。
( 神通力の片鱗は持っておった様じゃが……それを使う肝心の頭が馬鹿で助かったわ)
負傷した演技による誘導にまんまと引っ掛かり、思い描いた通り大木に突っ込んでくれた獄卒。
その自らが叩き割った頭に乗っかり、雅はそう冷静に自らとこの骸の命運を分けた要素を分析したのだった。
獄卒は多く生き、多く喰い、多く戦う程その形質・知能・能力を強化してゆく。
そしてこの個体はこれまでの相手と比べて長く生きてはいるが、能力方面へとその成長の大部分を割いていたのだろう。未来が見えていても、今の獲物に集中して視界狭窄していては意味がない。
がしかし、成長段階とはいえ何か一つでも優れている点を持っているというだけで、敵としての面倒臭さは段違いに跳ね上がる。
此処からの相手は、 そんな一癖も二癖もある曲者共。
「ぐるるるるるるるるるるるッ」
「へッへッへッへッへッへッへッ」
「くぅぅぅぅぅぅぅぅん」
神通力の片鱗持ちを倒した呼吸の乱れも収まらぬうち、雅の周囲から獣の息遣いが聞こえてきた。
その音に、肩を上下させながら視線を上げる。すると彼を取り囲むように立つ三匹の中型獄卒が目に入ったのだ。
「…………………………犬?」
しかし その外見は通常の獄卒と大きくかけ離れていた。口は大きく前に突き出し、全身を短くしかし細かい毛が覆っている。
そして更に、気味が悪いほど曇りなき瞳が、一直線に彼を見詰めていたのだった。
犬が二本足で立ったかの様な、明らかに形質の変化が起こっている固体。
「 おい雑魚力士ィッ!!!! 中型ぶっ殺すのはお前の役目じゃろうがッ。こっちまで流れて来とるぞ、なに油売っとるんじゃ″!」
「……悪りいッ! 何か急に一匹一匹が強くなり始めてッ、 そっちで倒しといてくれ!!」
雅は、中型担当である筈の雷峰へと苦情を飛ばす。
しかし彼も形質変化が発生している獄卒を現在進行形で相手取っており、こちらへ視線を送る余裕すら無いという様子。それどころか つい先程まで獲物を奪い合っていた雅に、その獄卒を倒してくれとまで頼んできたのだ。
そして、人から頼まれると急にやる気を失うのが、この雅という男。
「嫌じゃ。ワシの担当は大型だけじゃからな、この犬はお前が何とかしろ 」
「はぁ!? おいちょッ待て……うおッ、犬ぅ!?!?」
当然の如く その雷峰からの頼みを雅は断る。
犬獄卒達が飛び掛かってきたのと同時、彼は業を使用して樹上へと離脱した。
標的を見失った三匹は暫し首を傾げていたが、しかし直ぐに狙いをもう一人の人間に切り替える。
雷峰は元々組み合っていた一匹に加え、更に余りにも美しいランニングフォームで駆け寄ってきた三匹も同時に相手取る事と成ってしまったのだった。
「………チッ、此処も大して変わぬ地獄絵図じゃな」
そうして、上手い具合に厄介な相手を押し付ける事に成功した雅。
がしかし、多対一の戦闘を強いられる事の成ったのは、 彼も同じだったのである。
「キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ!!」
「…キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ!!」
「……キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ!!」
「………キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ!!」
「…………キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ、キュウェッ!!」
雷峰を助ける事を嫌い瞬間移動した先。
そこで雅を待っていたのは、即座に自分が貧乏くじを引いたと分かる爬虫類の割れんばかりな大合唱だった。




