第九話 決戦準備②
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千賀丸が外へ出た時には、もう太陽が一番高い位置まで登り、通りには自分に与えられた仕事を急ぐ多数の人々が行き交っていた。
既に群の接近はこの町の住民全員へ伝えられている。
それを聞き灰河町を去る者も幾らか居たが、それでも大多数の人間は依然ここに残り続けていた。
残った者達は皆この町と心中する覚悟。今はただ最大限自分に出来る事をしようと忙しなく働いている。
その危機が刻一刻迫っている状況にも関わらず冷静さと協調性を失わない人々の姿には、この地獄に生まれてしまった者達の覚悟と意地が滲むようであった。
(…オイラにはやっぱり、旦那の言う死んだ方が良い弱者には見えねえよ。皆こんなに強いじゃねえか)
千賀丸は、擦れ違う人々の顔を見てそう思った。
灰河町の住民達はきっと彼以上に分かっている筈。例えここで生き残ったとしても苦しみから逃れる事は出来ないと、この地獄が極楽に転じる事など有り得ないと。
死んだ方が楽、生きるよりずっと賢いという事なんて とっくに分かりきっているのだ。
がしかしきっと、 生きるとは損得勘定ではないのだろう。
例え一幸福を得る間に百の苦難を受ける事と成ろうと、その一で笑うために人は生きる。
幾千幾万幾億の苦難が待ち構えていようと、その先でいつか笑う事が出来るのなら 人が希望を捨ることは無い。
血に塗れ、屍を踏み越え、何処までだって歩いてゆける。
そんな足し引きを超越した人間の生きるという行為を、千賀丸は堪らなく尊いと思った。
そして自分に出来る事なら何でもして、此処の人々に生き延びて欲しいと心から思うのである。
そんな事を考えつつ通りをテクテク歩き、千賀丸は大通りにある茶屋までやってきたのであった。
「照姫の姉ちゃ~~ん!! ちょっと聞きたい事が有るんだけどー!!」
「…………はーい、今行くからちょっと待っててー」
戸口に立ち店内へ向かって声を掛けると、直ぐに返事が返ってきた。
暫しその場で待つ。すると奥から、着物を動き易いよう襷掛けにし 頭を手拭いで巻いた照姫が出てきた。
「あれ、姉ちゃん忙しかったか? わりいな邪魔しちゃって」
「良いのよ、丁度一段落した所だったから。それでどうしたの千賀丸、聞きたい事って?」
その見るからに仕事中という姿に千賀丸は気を遣う。
しかし照姫は気にするなと言う風に手拭いを外し、熱いのか火照っている顔をそれで拭つつ要件を尋ねてきた。
「雅の旦那に翁へ渡してこいって手紙預かってんだ。それで、姉ちゃんなら翁が今どこに居るのか知らねえかなって思って」
「ああ、翁様を探しているのね。アイツの命令で……子供に行かせず自分で行きなさいよ、大人げないわねあのクズ侍″ッ」
以前首を締め上げられたのを未だに恨んでいるのか、話題に雅が出た瞬間 照姫の表情が露骨に曇る。
千賀丸は彼女の機嫌が自分に向いている訳でも無いのに、その顔を見ただけで背筋が冷たく成った。
「…アハハッ、良いんだよ。オイラ旦那に命救われてるからこの位じゃ恩返しにもならねえ。それで、翁が今どこに居るか知らねえか?」
「ええっとね、 確か西側の守りを補強するとか何とか言ってたわ。そっちの方向へ行って人に聞けば多分見つかると思うわよ」
「そっか、ありがとう助かった!! じゃあ早速西側へ…………」
「あ、ちょっと待ってッ!」
翁の大まかな居場所を聞き直ぐにその方向へ向かおうとした千賀丸。しかしそんな彼の後ろ襟を、照姫が慌てて発した声が掴む。
「ん? 如何したんだ、姉ちゃん?」
「丁度今、最初の団子が蒸し上がったの。千賀丸あなた食べて行かない?」
「本当か!? 食べる食べるッ!!」
「じゃあその料金として、西側で作業している人達にもその団子を届けてくれる? 持ってるのが手紙だけなら両手は空いてるでしょ」
「うん、良いよ。オイラもなんか仕事がないか探してたんだ!!」
どうやら照姫が仕事姿で顔を赤くしていたのは、働いている人々への差し入れを作っていた為らしい。
千賀丸は貰った団子三串をペロッとすぐに平らげ、沢山の団子を入れた肩紐付きの番重を受け取る。
そしてそれを持って、町の西側へと向かったのであった。
「うわぁ、凄え量の人だな…」
辿り着いた西側には、普段町一番の賑わいを見せる大通り以上に人が集まっていた。ここに住んでいる男の大半が今この一箇所に集結しているのではないか そう思える程の混雑具合である。
するとその集まった人混みの中に、千賀丸は見覚えの有る大きな背中を見付けたのだった。
「あ、雷峰!!」
「…………ん? おお、千賀丸じゃねえかッ。どうしたそんな沢山の団子なんて担いで」
雷峰が壁の補強をその持ち前の怪力で手伝っていたのである。
少年の姿に気付いた彼は、肩に乗せていた大量の木材を地面に下ろす。そして額の汗を拭いつつ少年を自分の方へと手招いた。
「オイラ、照姫の姉ちゃんに此処へ差し入れの団子持っていくように言われたんだ」
「何ッ!? 照姫がオレへ団子を持っていくように言っただと。ガハハハッ、やはりあのお嬢さんオレに惚れておるようだなッ」
「別に雷峰の名前は出てないよ。西側で働いてる人達に振る舞ってくれって」
「そ、そうか……きっと照れているのだろうな!」
団子の意味を深読みしようとした雷峰に非情な現実を叩き付けた千賀丸。しかし彼はそれでも前向きな姿勢を崩さず、自分の都合が良い方向へと認識を修正してゆく。
そうして周囲で作業していた人々を集め、千賀丸の番重から団子を受け取って小休止を取り始めたのだった。
「 傷、残っちまったな」
巨大な体躯との対比で豆粒ほどに見える団子を頬張る雷峰をじっと見詰め、それから千賀丸が言った。
少年の視線が注がれる先は額の傷。頭蓋骨の下まで達したその傷は流石の彼でも跡が残ったらしく、縦一直線の薄桃色が浮かんでいる。
「まあな。男児たるもの面の傷が一つでもないと格好が付かん、一層男前に成ったと思うだろ?」
「…う〜ん、よく分かんねえ。でも頭蓋骨が割れて良く生き残ったな。凄えよ雷峰」
顔を近づけ良く傷跡をよく見せてくれた雷鋒に 千賀丸が言った。
しかしその少年に言葉へ対して、力士は大袈裟に首を横に振ったのである。
雷峰が普通であれば即死レベルの傷から生き残った訳、それは彼が偶々持っていた能力による物であった。
業『神之依代』、どんな致命的な傷を負おうとも 三十分間は瀕死状態で留まる能力。それによって頭蓋骨を破られても即死する事を回避したのである。
がしかし、この能力で出来るのはあくまで死の先伸ばしのみ。たった一人では三十分という時間が意識を失い身動き取れない状態のまま過ぎ去り、そのまま死亡していたであろう。
故に雷峰が今生きているのは、彼一人の力では成し得ない奇跡であった。
「いいや、これは翁殿と照姫そしてお前に貰った命だ。この縁に恵まれてなければワシは今頃あの侍にトドメ刺されるか、血と脳漿が出尽くし死んでおっただろう。その恩返しに成るのなら……例え自己満足の善人ごっこだろうが 全力でこの町を守ってみせるさ」
額の傷を撫でながら発した雷峰の言葉。それは明らかに、昨日雅が吐き付けた言葉を意識していた。
一度罪を犯した人間はもう再び善人に戻る事は出来ないのだろうか。悪人が正しく生きようとする事は罪から目を背ける事なのだろうか。自らの命を投げ出してでも町の人々を守らんとするこの獄門衆達の行動は 偽善に過ぎないのだろうか。
幼くまだ知識の足りない千賀丸には、とても答えを出すことが出来ない。
だが、それでも、何かを彼に言ってあげたかったのである。
「…………………雷峰」
「ん? どうした千賀丸」
「オイラには…オイラにとっての雷峰は、良い奴だぞ!! それにきっとッ、この町に住んでる人達から見ても雷峰の行動は偽物じゃなく本物だ。それはッ、それだけはきっと……間違いじゃ ないよ」
そう言いつつ、千賀丸は思わず泣きそうに成ってしまった。
彼にとってこの大男は間違いなく善人だ。
がしかしその善人の全てを肯定してあげられない事が悔やしいのである。此処で全てを肯定する事は、雷峰という一人の人間から目を晒し 言葉を酷く軽々しい物へと変えてしまうから。
そんな少年の優しさを感じ取った雷峰は、千賀丸の頭をその大きな手でワシャワシャと撫で回す。
そして目をへの字に細め豪快な笑顔を見せた。
「ガッハッハッハッ!! ありがとよ千賀丸、オレにはそれだけで充分だ。それじゃあ、お前の良い奴で居続けられる様に頑張らねえとなッ」
「…………うんッ」
千賀丸は彼の全てを許してやれない 己の非力さが憎かった。
しかしだが本当に、雷峰にとってはこの少年の言葉で充分だったのである。
雅の言葉を受け、善人気取りで人助けをする事に後ろめたさを感じていた。
しかし、少なくともそんな自分を良い奴だと言ってくれる人を守るのは間違っていない筈。そう一つ確信できただけで、彼の胸から迷いはスウッと消えていったのである。
どうせ何処まで行ってもフリにしか成れない。
ならばいっそ、全力で善人を演じてみせようではないか。
「……あッ!!」
雷峰の大きな手に頭を撫でられていた千賀丸が、その下で突然大きな声を上げた。
「どうした、小便でも漏らしたか?」
「そ、そこまでガキじゃねえよッ!!!! それより重要な事忘れてた、オイラ雅の旦那から翁に手紙を渡すようにって言われてたんだ。雷峰、翁どこに居るか知ってるか?」
「おお、翁殿に用事かい。あのじいさんだったら、ええっと…確かあっちの方で掘を担当してる連中に指示出してた筈だぜ」
「そっか。じゃあそっち行って探してくるよ、ありがとなッ!!」
翁の居場所を聞かれた雷峰が、遠くに見える高見櫓の方を指差す。
そしてそれを受けた千賀丸は、再び忘れる前に用事を済ませてしまおうと、雷峰に礼を述べその櫓の方へと駆け出したのであった。




