第八話 再戦の条件
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ズ′′バ″″ァァンッ!!!!!! ………ゴト…ゴロッゴロッ
すぐ目の前で、兄達の首が刎ねられ床を転がってゆく様を見ていた。
頭を失った身体はまるで泥人形のごとく力が消え倒れてゆく。切断面からはゴボリッゴボリッと命が漏れ出てゆく音が聞こえていた。
恐怖は感じない。
寧ろ今まで胸に有ると思っていた感情が、まるで自分も既に首を切られ死んでしまったかの如く、僅かすら痛みも疼きも発さないから不思議であった。
首のない兄達の死体が、今両目には石や土や雲や雨粒となにも変わらぬ様に映っていたのだ。
あれ程価値が有ると思っていた人という存在が、蓋を開けてみれば何も他と比べ特別な事など無かったのである。
こんなにも簡単に命とは奪われて良い物だったのか。昨日まで走り、笑い、飯を食い、涙を流していた兄達が今やもう物言わぬ骸となっている。
悲しくは無いが、その事実が何とも虚しい。胸にポッカリと穴が開いてゆくのが分かった。
彼らの今しがた潰えた生には、果たして一体何の意味があったのだろう。
そしてもう間も無く死んで同じように骸となる自分の生には、一体何の意味が。
館へと踏み込んできた敵国武士のゴツゴツとした手が、此方へと伸びてくる。
分からない。何も分からないまま、こうして自分も死んでゆくのか。
『 お待ち下さい″ッ!!!! 』
しかし、その手が自分を掴み血溜まりの中へと引きずり出される寸前、母が金切り声を上げて間に入ってきた。
『どうかッ、どうかこの子だけはお見逃し下さい。この者の名は雅、見た通りなんの力も無いか細き女子でございます。女では家督を継げる訳もありませぬ、生かしておいた所で鬨越様の邪魔に成る事もないでしょう。後生にございますッ。どうかこの私めの命と引き換えにでも、この子に情けを掛けては頂けないでしょうかッ!!』
母はそう言って額を子供達の血で真っ赤に染まった板張りの床へと擦りつけ、息子の助命を懇願した。
それで漸く 雅は自分が朝から女の格好をさせられ、少し前より髪を伸させられていた訳を知ったのである。
母はこの自らによく似た末の息子を女だと偽り生き延びさせるつもりの様であった。
がしかし、 事はそう簡単には進んでくれない。
『黙れ″ッ!! 女人風情が出過ぎた口を効くなッ、秋片の血を継ぐ者は一族子弟に至るまで皆殺しじゃと既に達しが出ておる。その童を此方へ渡せ!!!!』
『お許し下さい、お許し下さいッ! どうかこの子だけは…』
『黙れと言っておるのが分からんか!!!! もう既に決まった事じゃ。如何しても渡さぬというのなら…望み通り貴様ごと、その子供を斬り捨ててくれるわ″ッ!』
唯一人残った息子を何とか守ろうと、母が身体の上へ覆いかぶさってくる。
だがしかしそんな彼女諸共に自分を斬り殺さんと、恐らく斬首の任を賜っていると思しき武者が太刀を大上段へと振り被ってゆく。
…………………………ズウォ″オ″″!!!!!!
そして、無慈悲な白刃が罪なき母子の上へと落とされた
『待て』
かと思われたその寸前、 しかし予期せず響いた声が刀を止めたのである。
声の主は、つい先ほどまで宛ら仏像のごとく無表情に兄達の斬首を眺めていた赤鎧を纏う武者。それが唐突に腰を上げ、同時に斬首を遮ってきたのである。
それは斬首役の武者からしても想定外であったらしく、彼はまるで自らの方が断頭台に嵌められたかの如き顔となった。
『と、殿ッ! 如何なさいましたか 』
『兼嗣、貴様は下がっておれ。その者が女人かどうかは俺自らが確かめる』
どうやら赤鎧の武者は余程高い身分の者であったらしい。彼が命令すると、斬首役は子犬のごとく従順に背後へと下がっていった。
そして代わりに近付いてくるその武者へ、母は怖々と身体の下から息子を差し出す。
するとその瞬間、雅は思わず顔を顰めた。
それはまるで生の臓物を鼻先に押し付けられているかの如き匂い、濃密な血の匂いが前方より鼻腔へと流れ込んできたのだ。
がしかし それに顔背けそうになるのを懸命に堪える少年、その髪を匂いの大元たる赤鎧の武者は掻き上げ 血走った目で瞳を覗き込み、そして潜めた声でこう尋ねてきたのであった。
『……おい小僧、貴様は生き延びて何がしたい。その返答次第で今ここで殺すか見逃すかを決めやろう 』
そう囁かれて、雅は己の心臓が一瞬止まったのを確かに感じた。
自分が男だと難なく見抜かれてしまった。がしかしにも関わらず、何故かその赤鎧は生き延びて何がしたいのかと尋ねてきたのである。
意図が読めない。何を求められているのか分からない。若しかすると唯の戯れで 何と答えようとも殺されるには違いないのかも知れない。
がしかしそれでも、死を僅かだろうと先延ばしたいという一心で、少年は嘗てない程脳を回転させ一つの答えを出した。
生き延びて何がしたいか、そんなの決まっている。
ただ『生きたい』のである。
兄達の様に何の為生まれてきたのかも分からないまま死ぬなんて嫌だ。自分の胸で脈打っている命に、存在している理由が欲しい。
誰にも行末を握られず、本当の意味で生きてみたい。
そしてその為には一体何が必要なのか、
それは今この瞬間 この場 この光景が、
これ以上ない程分かり易く彼に教えてくれていた。
『………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………強くなる、お前を殺せるくらいに 』
父と兄の仇である赤鎧の武者。
それに対し雅は、馬鹿正直に今自分の胸中へ湧き上がってきたモノを吐き付けてやった。
そうだ、兄達が死んだのも 母が泣き叫んでいるのも 自分が今生死の境に居るのも、全て弱いから悪い。
弱者は自分の命も自由にできない。奪われても泣く事しかできない。何の為に生まれてきたのか分からぬまま土に還ってゆく。
がしかし、強さの前にはそれら全てが裏返るのだ。
己の生を邪魔する者は殺してしまえばいい。欲しい物は殺して奪えばいい。きっと命の意味だって手に入れる事が出来る筈だ。
強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強さ、強ささえ有れば良い。
それが 今目の前にいる男が親切にも教えてくれた、この世の節理。
『…………』
そしてその少年が寄越してみせた返答は、それまで打首を眉一つ動かさずに眺めていた男を静かに驚嘆させていた。
この状況で自分へ向かって殺すと言える胆力。そして何よりその言葉を発する顔が怒りや憎しみではなく、瞳烱々と輝かせ満面の笑みを浮かべていた事に対し唯ならぬ衝撃を受けたのだ。
『…………………………………フッ』
そうしてその笑顔と暫し正面から向き合った後、赤鎧も又つい溢れてしまった様な笑みを見せた。初めて感じた己と並び得ると確信する程の狂気、それに対する激情が彼の面皮を破ったのだ。
自分を殺せる可能性、それに赤鎧の武者は歓喜したのである。
『面白い。その度胸認めてやろう、早く刀を握れる歳になってこの俺を殺しに来るがいい。……地獄の底で待っておるぞ、雅 』
赤鎧は瞳に少年と同じ火を灯してそう言い放つと、死体を丁重に弔うよう家臣に伝え 踵を返し館を出て行った。
奇跡的に、幼い雅は人生最初で最大の死地を切り抜ける事が出来たのである。
「………………ッハハハ」
だがこの瞬間少年が感じていたのは安堵ではない。生まれて初めて体験する己の命を強烈に実感する感覚、それに一人溺れるので忙しかった。
強く成りたい。誰にも負けない位に強く。
そう器が割れてしまった胸中に唯一つ残った渇きを感じながら、 雅の意識が過去の記憶より無間地獄へと戻ってくる。
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