第七話 夜明け④
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ストッ
「あ いたたた……ッ」
一瞬の虚を衝いて宙へと跳び上がり、目にも留まらぬ音速の刺突で相手の眉間を打ち抜いてみせた翁。
その身体が地上へと降り着地した瞬間、彼は雅に斬り裂かれた肩を押さえ 蹲ってしまったのである。
戦いを傍目に見ていただけの者でも、刃が捉えた際に飛び散った大量の血飛沫で傷が浅くは無いという事は分かっていた。下手をすれば肉を通り越し骨まで達していそうな怪我。
「………………………うむ、繋がったか」
がしかし そうして心配したのも束の間、翁が数秒押さえていた手を外したかと思えば、その下からもう血が止まっていて気安く肩を回せるまでに成った傷跡が出てきたのである。
明らかに、常人では有り得ない回復速度。
その光景と今目の前で見せられた超人的な戦いぶりで、千賀丸は翁の正体を悟ったのである。
「なあ、照姫の姉ちゃん。若しかしてッ……翁も獄門衆なのか?」
「 ええ、そうよ。あの方は貴方の正反対 世にも珍しい白髪の獄門衆なの」
少年は彼が飛び出して行かぬようその身体を抱き締めている女性 照姫へと尋ねた。
そしてそんな彼の質問に照姫は頷き、また同時に千賀丸が翁を唯の人間だと勘違いしていたのも無理はないと肯定してくれたのである。
獄門衆は無間地獄へと堕とされる際、基本的に肉体の全盛期の状態でこの世界へと送り込まれる。そしてその外見は何十年、何百年経とうとも変化する事は無い。
故に獄門衆は基本的に二十代、三十代前半でも稀という特定の年齢に集中した外見をしているのだ。
千賀丸の様な子供の獄門衆、そして翁の様な老齢の獄門衆は非常に珍しい。
がしかし、実は千賀丸は昨夜の内に、もう既に老婆の獄門衆とも稀有な確率で遭遇を果たしている。なので老齢の獄門衆が存在した、という事実で驚いた訳ではないのだ。
彼が照姫に尋ねたかった事。
それはもっと別な事であった。
(……………でも、獄門衆って事はきっと、翁も何か罪を犯してこの地獄に堕ちてきたんだよな )
翁は獄門衆であった。
その事実で、あの雅ですらも倒してみせた老剣士の強さに納得した千賀丸。
がしかしそれと同時に翁が、
先程の目にも留まらぬ薙刀使いを見るに照姫も、
許されざる罪を犯した大罪人であるという事実に少年は複雑な感情を覚えてしまったのだ。
千賀丸の無垢な瞳には、二人が唯の善良な人間にしか映らなかったのである。
少年の身を案じて案内に付いてきてくれたり、 団子を一つオマケしてくれたり、 殺してしまわぬよう己にリスク負ってでも木刀で戦ったり、 他人を助ける為余り強くないと自覚しながらも雅との間に割って入ったり。
とても二人が、獄門衆である様には見えなかったのだ。
「 照姫、それに千賀丸も。こちらへ来て少し手伝ってくれんかのぉ?」
上手く事実を呑み込めずに立ち尽くしていると、突如翁に名前を呼ばれた。
そして照姫はもう危険は無くなったと千賀丸の身体を放し、二人でその老剣士の元へと駆け寄ってゆく。
「一体、この男共を如何なさるおつもりで? 喧嘩以外に能が無さそうですが。 まさかッ」
「相変わらず察しが良いの。ここまで腕が立って一応言葉が通じる理性が残っておるなら万々歳じゃ。…お主の茶屋まで運んで治療させて貰うが構わぬか? 何分ワシの宿は狭い故、この巨体では戸も潜れそうに無いわ」
「しょッ、正気ですか!! こんな素性も知れない獄門衆を…しかもウチで!? 嫌ですよ血生臭くなるしッ!」
地面に横たわったまま放置されていた雷峰の傍へと膝を突き、翁は懐より包帯を取り出した。しかし彼の手際を見た照姫はその手から包帯を引ったくり、慣れた手付きで応急処置を開始。
そしてそんな中での会話で彼の思惑を察した照姫は、信じられないという文字が顔に見える程の表情を作ったのである。
「なあ翁ッ!! 雷峰は?? それに雅の旦那は…まさか殺して、ないよな?」
すると、彼女が更に何か言おうとしたのを遮って、別の甲高い声が横から聞こえてくる。
それは千賀丸の声。大人達の会話が終わるのを待ちきれず、恩人二人の安否を尋ねる横槍を入れてきたのである。
「ホホッ、心配せずとも大丈夫じゃよ。この侍は気絶させただけ。雷峰の方は……普通なら死んでいなければおかしな傷じゃが、奇跡的にまだ生きとる。急いで処置すれば間に合うやも知れぬ」
「本当かッ!? じゃ、じゃあ急がねえと!」
翁は照姫との会話を中断させて、まず第一に千賀丸の不安を解消してくれた。
驚いた事に 額を割られた雷峰は何やら特殊な力が働き瀕死状態でまだ今際の際にしがみ付いているらしい。此処から適切な処置を行えば、獄門衆の回復能力によって助かる可能性は充分にある。
兎にも角にも、時間との勝負であった。
「千賀丸よ、お主はその旦那を背負って連れてきてくれ。この力士は…二人掛かりでなければ運べそうにないからの」
雷峰の額が包帯で覆われ、一先ず血と脳漿が零れるのは止まる。
すると翁は、即座に雅の方を指差し千賀丸へと指示を出した。そしてその文脈的に自分はもう一方の身体を運ばねば成らないと悟った照姫は、その顔をギョッとさせる。
がしかし、ツベコベ文句を言っている余裕の無い三人は、急いでその負傷者達の移動を開始したのであった。
「 見たかの? 」
「う″ぅ″…は、はいッ? 見たって、何をッ…です…か?」
下へと入り込み背負う様にして雷峰の上半身を運ぶ翁が、背後で下半身を支える輝姫へと唐突に話し掛けた。
返答する照姫の声には宛ら大仏でも運んでいるかの如き重さへ対する苦悶が滲んでいるが、翁は割かし平気そうである。
「千賀丸の声、それと表情じゃよ」
「あの子の、声と…表情ッ ?」
「………子供は人を選ぶからの。死に掛けて子供にあれ程心配して貰える獄門衆が、果たしてこの無間地獄に幾人おるじゃろうか。それはきっと、ごく低い確率に違いない」
「…………」
「ワシはな、この出会いを運命の導きじゃと思っとる。神か仏かナニカが一筋垂らしてくれた蜘蛛の糸、この町を獄卒の群から守るため遣わしてくださった勇者達じゃと。そう、信じたいのじゃ」
「 それじゃあ、私が今その勇者様のケツに押し潰されそうに成っているのもッ…運命のお導きですか?」
「そうじゃぞ。勇者のデカ尻じゃ、きっとご利益がある。今日は茶屋が繁盛するかも知れんな」
「フフッ…珍しく上機嫌ですね。貴方が冗談を言うなんて」
灰河町の夜に忽然と出現したバトルロワイヤル。その幕切れは、始まった瞬間には誰一人として予想していなかった形で訪れる事と成った。
すっかり日が昇った町、その通りをさながら宴の美酒に酔い潰されたかの如く白目剥いた二人の男が運ばれてゆく。
彼らの様は、すれ違い見る分には実情の血生臭さに反して滑稽ですらあった。
だが、 そんな漸く訪れた朝、その遠く西の地平線の向こうにはもう既に 次の戦いが魑魅魍魎の足音と共に近づいて来ていたのである。
この世の凡ゆる苦しみが詰まった場所『無間地獄』。その本当の姿が今まさに、彼らへと牙を剥こうとしていたのであった。
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