第七話 夜明け③
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…………ッカ′′アァン!!!!
明けの陽光背負う敵影へ雅が放った殺す気の斬撃が横から峰を弾かれ軌道を歪められる。そしてその歪みへと翁は身体を滑り込ませ攻撃を回避。
間髪入れず反撃が飛ぶ。
タッ……ズウォオ″!!!!!!
放たれたのは最短距離 最小動作で急所を穿たんとする弾丸のような突き。
がしかし雅も弾かれた刀にそのまま身体を引っ張らせ、横のベクトルへと身を流しそれを躱す。
(年相応に技は身に付けておるという事か……)
出だしの一幕。その決して多くはない遣り取りにも関わらず露見した敵の技量を、雅は激情と共存する冷静な部分で分析。
どうやらこの老人、奇妙な方向ではあるが一戦法が研鑽される程度には戦いを熟してきたらしい。
翁は今、木刀という殺傷能力が無に等しい武器を手に雅の真剣と対峙している。
だがこの木刀と真剣の間にある差とは その殺傷能力の有無だけに収まらない。質量の差は打ち合わせた際に次撃の出を遅らせ、耐久の差は武器を破壊され丸腰にされるリスクを生む。
つまり木刀を使用する以上、この老人はただ武器同士を合わせるという行動が即死因にさえ成りかねないという 莫大なハンデを背負い戦っているのだ。
「…………」
こんな得物で勝てる筈が無い。
それは燃え盛る火を見るよりも明らか。
がしかし今、 雅の視界に映る翁の立ち振る舞いは、 とても勝てぬ戦をしている男の姿には見えなかったのである。
ブウォ′′!!!! ガン″、カアッ…ズウォン!!
ッカ”ン、ズウォ″オ″ン″″!!!!
敵を値踏みするかの如く、雅が更に斬り込む。
それに対し翁は又しても身を翻し、幾度も横方向より力を加え刃弾くことで対応。そして抉じ開けられた僅かな隙へと重心半分ほど残した突きを打ち込む。
と同時に素早く腕と身体を引き重心を中立へと戻し、改めて防御の構えを取るのだった。
これが、事実上翁に取れる唯一つの戦法。
達人の腕持つ雅の斬撃を受ければ確実に木刀ごと叩き斬られる。そのため防御は基本的に『躱し』、若しくは衝突しない方向から力加えて刀の軌道をズラす
『流し』のみ。
更に振りでは敵に刃を合わせられる可能性が有るため、攻撃は『突き』の一辺倒。
対真剣を良く想定された、本気で殺しにくる敵を木刀で倒すための最適解的剣術であった。
(何という奇妙で歪な剣…………いや、剣とすら呼べんわこんな物″ッ)
だがその最適解を、雅は断じて認める気には成らなかったのである。
それは態々自らを圧倒的に不利な状況へ落とし込む事を前提とした剣術。存在する理由の無い剣術なのだから。
こんな歪な剣を身に付ける事に労力を裂く位なら木の枝を刀に持ち替えれば良い、それで済む話だ。
時間の無駄である。木刀剣術などに現を抜かさず真剣を握っていたなら、この男は一体どれ程の腕前まで到達していた事か。
それを考えると、全身に虫唾が走ったのだ。
(人を殺さぬ剣などあって溜まるかッ。命懸けで、罪を背負い、死の気配間近に感じながら戦うからこそ人は高みへ登れるのじゃ。己の手を汚す勇気もない輩が、血塗れのワシに敵う筈がなかろうが″ッ!!!!)
雅はまるで 積年の恨みでもあるかの如く翁を睨み、その存在ごと否定せんと更に攻撃を苛烈化させた。
ズウォッ″! ズザァアン″! ッブ′′ウォン″″!!!!!!
一瞬きの内に三つの剣閃が宙に瞬く。
傍目には一体いつ刃を返しているのか分からぬ、まるで一繋の斬撃が如く見える連撃。
がしかし、それも翁は見切り素早く足を引いて背後に飛び、身体は剣先を掠めてゆく。
………………………ッ ダァン″″″″!!!!!!!!
爆発の如き 雅が地を蹴り込む音。
その老体に似合わぬ敵の体捌きに、彼は即座戦法を変える。
何よりも敵の身体を捉える事が最優先。最低でも鍔迫り合いには持ち込まんと己の身を顧みず前方へと飛び込み、体重乗せた上段斬りを振り下ろした。
ズウォオ″ン″″ッ!!!!
「 ッチ!!」
紙一重、翁は大胆にも地面へ身を転がす事によって横へと抜け、更に攻撃から逃れていった。
だが その敵の行動を前にした雅も更に素早く状況に対応。敵の体勢整わぬ内に筋力のゴリ押しで無理矢理方向転換し、そこから迷いなく一歩踏み込んで翁へと喰らい付いた。
ズ″″ウォォ…………………………………………………
翁が立ち直ったのと雅が地を蹴ったのは殆ど同時。故に翁は得物を構える暇もなく、そこから即座後方へと飛んで回避行動を取る。
それでも、雅は執念深くその牙を届かせ、振り抜かれた切っ先が標的の胸を撫でた。
………ッス パァ″ン″!!!!!!!!
遂に攻撃が翁の身体を捉え、視界中に真っ赤な花が咲いた。
それで鼻先に勝利の匂いを嗅ぎつけた雅は一気に攻勢へと舵を切り、僅かに残していた重心全てを前方へ倒す。
一方辛うじて致命傷を免れた翁は更に重心を後ろへ引き、逃げへと回らざるを得なく成った。
追う者と追われる者。猟犬と兎。牙と肉。
完全に立場が確定した両者の間で、目まぐるしく剣閃が舞い踊る。
ッカ″ン!! ズウォン、ザァッ スパァン″!! フウォ…カッ″、カァン″″ッ!!!! ズウォ……ガ″ン!!!!
ズバァ″!!!! シ″ュンッ!! ザッシュ″ン″!!!!!!!!
雅が躊躇なく前へと出てきた事により両者の距離は回避が困難なほどに詰まった。
翁は序盤こそ何とか斬撃を流し凌いではいたが、止まる事なく足を出し全体重を乗せ振り抜いてくる雅の圧により次第に押され始める。
そして連続で三度攻撃が掠めたのを契機とし、一気に戦況が傾いた。
「ッラァ″ア″!!」
ス′′ ウォ″ン″″ッ!!!!!!!!!!!!
相継ぐ被撃により敵の警戒が強まっているのを感じ取った雅。がしかし彼はそんな警戒網のど真ん中へと大胆不敵に突っ込み、薙ぎ払いの斬撃を放ったのだ。
そしてその攻撃にも翁は敏感に反応、回避を選択する
たが、 最早その反応速度すら、 想定の内。
敢えて大振りを見せ敵の動きを誘発させた雅は、それを囮に半転。そして身体の側面を翁へと向けると、本命の大地より突き上がる槍のような蹴りを放った。
……………ッズドォオ″″!!!!
直撃、五臓六腑を潰す感触が足の裏へと広がってゆく。
そして獄門衆の筋力と平衡感覚によって生み出されたエネルギーに、翁は軽々と後方へ吹き飛ばされたのであった。
ズリリリリリリ…
「 ぐッ ぅ″」
内臓を貫いていった衝撃に面の下から濁点付きの音が漏れる。しかしそれでもあくまで冷静に、翁は砂地へ木刀突き立て勢いを殺した。
そして素早く構え直そうとするが、当然そんな暇など敵が与えてくれる訳がない。
ザ″″アァン! ! ! ! ブウォ″ン″! ! ! !
ズ″ワアァ…………ッブ′′′′シュウ″ウ″″″!!!!!!!!!!!!!!!!!
間髪入れずに飛び込んできた雅の強襲。
老剣士は何とか二太刀躱したが、三太刀目が遂に命中。
しかも今度は確かな手応えがあり、大量の血が噴水の如く肩から飛び散った。
( 此処までじゃな )
直感的に、雅は此処が終着点であると悟る。
それはまるで刀自らが敵の血肉を貪らんとしているかの如く、敵の首と自らの得物との間に強い引力を感じていたのだ。
敵を抉ったばかりの得物を雅は電光石火に引き付け腰の横へと据える。そして重心落とし力を流し込まれた両足で、地を蹴った。
瞬間 全身に速度が憑依。それは彼の目に宛ら世界が背後へと吹き飛んでゆくかの如くに両者の間は詰まり、 横一閃 刃が振り抜かれたのである。
……ッ ズ′′バアァ″ァ″″ン″″″! ! ! ! ! !!!!!!!
斬撃は雅が思い描いた通り 前方半径2メートルを死神の鎌が如くに刈り取ってみせた。鋼の刀身で受けぬ限り、それは放たれれば死を免れられぬ一撃。
故に、刃振り抜き固い受け止められる衝撃が無かった時点で、この戦いの勝者は誰か決まってしまったのである。
「 ッ″!?」
斬撃を放ち終えた次の瞬間、雅の目は見開かれた。
無いのである。受け止められた感触が無ければ、敵を捉えた感触までも無い。
其れどころか、今この瞬間斬り裂いた筈の敵影すら、まるで明朝の霞が如く消えてしまっていた。
その事実に雅の頭は凍り付いたかの如く固まり、漸く地面に残った薄い影に気付いた頃には、 既に万事手遅れ。
「悪いの、王手じゃ」
頭上からそう声が落ちてきた。
雅は弾かれた様に視線を跳ね上げる。すると彼の真上に、夜明け特有な深青の中で浮かぶ 翁の姿が。
その光景を見て彼はやっと、理解する。
翁は渾身の薙ぎ払いを上方向へ回避したのだ。年老いた外見に似合わぬ大跳躍で斬撃を下に躱し、空へと活路見い出した。
そして宙に浮く老剣士は左腕を照準器がごとく雅の頭との直線上に伸ばし、木刀握った右腕を大弓射るが如く引き絞っていた。
最大威力の突き、それが放たれる寸前の光景。
完全に攻撃の予備動作が完了している。此処からの回避は不可………………………………………………
…………・・・・ ・ ・ ・ ・
( チッ、してやられたな )
そう、雅はまるで他人事の様に呟いた。
そしてそんな彼の視界からは、みるみる内に速度という概念が抜け出していったのである。
どうやらこの老人は奥の手を隠していたらしい。
まさか白髪の隠居人といった風体の男が一瞬でここまで高く跳び上がるとは思わない。その油断を衝かれ敵に王手の盤面を作り上げられてしまった。
しかし悲しいかな、 その老人が折角作った王手の盤面は、 同じく奥の手によって盤ごと引っ繰り返されてしまうのである。
雅は、悠々自適に停止した世界の中動きを作った。
突きが到達するより早く側方へと体を転がし回避。そして敵は着地 自分は起き上がりの大凡イーブンな状況で仕切り直し、後は大跳躍を警戒しながら立ち回る。
それだけで、彼の勝利は確約されるであろう。
業を解除。
時が再び動き出だす。
・ ・ ・ ・・・・・・・………………………………………ット′′ン″″″″!!
雅の肉体は予め作られていた動作を正確になぞり、細胞が持ち得る全てのポテンシャルを余さず回避一点へと注ぎ込んだ。
それは目にも留まらぬ音を置き去りにする程の動き。残像の羽衣をその身に纏わせ、横のベクトルへと瞬間移動さながらに己の座標をズラしてみせたのだ。
そして、 素早く地を蹴り側方へと飛んだ身体は、
もうそのまま 起き上がってくる事は無かったのである。
「えッ、旦那が…………負けたのか″?」
まるで偶々この瞬間に寿命が尽きてしまったかの如く、突如地面に蹲って動かなく成った雅。
その光景が一体何を意味するのか。それを千賀丸が悟るまで、昇った太陽の赤みが消え空一面に青が広がるほどの時間を要したのである。
彼の目には、何の前触れも無く旦那が倒れた様にしか映らなかったのだから。
「ア″………………………………ァ″……………ッ″………」
がしかし、この瞬間起こった事を、雅自身は気絶する寸前ギリギリに理解していた。
要は単純な話である。
彼の業の力を使用した最短最速の動きよりも、翁の狙い澄ました突き一発の方が速く、眉間を撃ち抜かれ意識を切断されたのだ。
それは単純でいて、何よりも恐ろしい話。言い訳のしようもない完全敗北である。
地面に伏す敗者の顔には、筆舌に尽くせぬ屈辱の色がまざまざと浮かんでいたのであった。
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