第六話 地獄大横綱 雷峰⑤
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「 待ってッ、雷峰ッ!! 」
ド″″ス″ゥンッ!!!!!!
敵へのトドメに首を目掛けて落された右足。
その断罪のギロチンが如き一撃が、しかし 不意に響いた甲高い声によって落下地点を横へとズラされる。
そして結局 雅の顔の真横を踏み抜く事と成った雷峰が背後を振り返ると、其処には月明かりに照らされた先程の少年、千賀丸の姿が。
「 なんだ、千賀丸。オレが行く方向には近付くなと言っていただろ」
「……ハァッ、ハァッ……それは、言われたッ けど」
少年は顔を真っ赤にして、膝に両手をつきながら喘ぐように呼吸していた。その様子より、かなり急いで此処まで走ってきたのだと見てとれる。
そうして間一髪ギリギリで何方かが死ぬ前に追い付いた千賀丸であったが、数分前と余りに異なる雷峰の声と顔に 言葉を詰まらせたのであった。
その声は感情が削ぎ落とされたかの如く起伏が無い。瞳は入る光全てを呑み込んでしまいそうなほど瞳孔が開かれている。
完全に、殺人鬼の面構えであった。
「まあ良い、ちょっとどっか行ってろ。子供の見るもんじゃねえし 見せたくもねえ」
「見せたくも無いって……何するつもりだよ」
「人殺しだ。 オレも許されぬ罪を犯し地獄の底まで落ちてきた獄門衆、人を殺さないと這い上がれねえんだよ」
「………………」
人を殺さないと這い上がれない。それを言われるともう、返す言葉が見付からなかった。
幾ら子供の千賀丸と言えど、無間地獄が綺麗事を通せる様な場所では無いという事は分かっている。
殺人は良くないだとか、命は大切だとか、そんな人の最も根本にある物を否定し戦い続けなけれ成らない事こそが この地獄の刑罰なのだから。
それ故、 彼に言い得たのは、 全く説得になど成らない酷くあやふやな言葉のみ。
「……で、でも 雷峰あんたメチャクチャ強いんだから一人ぐらい見逃してもあんまり変わらねえだろ? 今足下に転がってるその旦那はさ、案外気の良い優しい人なんだよ。オイラの命を救ってくれた恩人なんだ。だからさ…その人だけでも見逃してくれねえか?」
「ほう…………気の良い優しい人、か」
千賀丸のしどろもどろな説得に、雷峰は再び含みのある声を漏らす。
そして暫し考えた後、彼は質問に対する回答では無く、 逆に質問を少年へと返したのであった。
「 なあ千賀丸。若しもその優しい人を殺した奴が居たら、そいつは悪い奴だと思うか?」
「そ、そりゃあ…良い奴を殺したら悪い奴だろ」
その質問に、千賀丸は雅を殺させない為の最適解と思われる言葉を返す。
するとそれを受け 雷峰は更に質問を畳み掛けてきた。
「じゃあ、その良い奴を見逃した奴が居たら…そいつは良い奴か? それとも悪い奴か?」
「良い奴を助けたんなら、そいつも良い奴だと思うぞ」
「そうか。それなら…これまでに数え切れない程悪事を重ねてきた悪人が、一度だけ良い奴を助けたとする。その一度の善行で、悪人が自らを善人と名乗るのは許されるのか?」
「 え?」
「罪を犯していながら自分を善人であると偽って生きるのは…より一層罪深い事だとは思わないか?」
「…………まあ、罪には向き合ったほうが良いんじゃないかな?」
「ああ、オレもそう思う」
ッズ″ドォン!!
求めていた回答を得た雷峰が、足を素早く上げ、踏み抜いた。
質問に対し、千賀丸が返したのは至極真っ当な回答である。
一度犯した罪は消えない。どれだけ他人を救ったとしても殺した命が蘇る事は無い。一滴でも黒が落ちてしまった白は、例え後からどれだけ白を継ぎ足そうと絶対に元の白へ戻る事は無い。
だから雷峰は、罪深い人殺しとしての自分を偽らず、悪人として然るべき行動をしたのである。
「……………………………………良くやった小僧。あと一瞬でも早く動かれていれば、これから起こるワシの勝利は無かったなッ」
そして、 其処で殺し損ねる辺りが、 善人にも悪人にも成りきれぬ雷峰という男の中途半端な正体といった所であろうか。
踏み抜かれた足のすぐ横辺りから 声が聞こえた。それもその場の誰もが耳に覚えのある声。
踏み抜かれへし折られる筈であった首が、そのギリギリで傍へと転がり躱し、のうのうとそう宣ってきたのである。
雅が、意識を取り戻したのだ。
「まさかッ…あれを受けて死なないどころか意識まで戻ってきただと。 不死身かお前」
「どの口が言っとるんじゃボケ。安心しろ、鼓膜が破れとるからちゃんと効いとる。 ほれッ」
自分に放てる最大の攻撃を受けて尚意識取り戻したその男に、雷峰はまるで天地がひっくり返ったかの如き顔を向ける。
そしてそんな相手へと 左耳へ突っ込んで先端が赤く染まった小指を見せる雅の声は、心なしか気絶する前よりヘラヘラしていた。
更には、其処からよっこらせと親爺臭く身体を起こし、剣士は懲りもせずその手に握った刀の切っ先を敵へと向けたのである。
「さあ、続きやるぞ大男。ぶっ殺してやるわ」
「正気か? まだ今から尻尾巻いて逃げる方が現実的だと思うがな」
「 無茶だよ旦那ッ! もう逃げようぜ、今度こそ殺されちまうよ!!」
殺る気満々な雅。しかしそれに対し切っ先を向けられている雷峰の方が逃げる事を勧め、千賀丸も何とかその刀を下げさせようとする。
奇跡的に即死級の攻撃を喰らって一命を取り留めた彼であったが、その姿は誰がどう見ても満身創痍。
顔は血塗れ、目も焦点定まらず、肩で息をし、唯立っているだけで左右にフラフラと揺れている。少し風が吹けば、それでバタリと倒れてしまいそうな有様であった。
「 喧しい″!!!! 小僧、お前はそこを退いて黙って見ていろ。寝ている内にコイツの倒し方を思い付いた、勝つのはワシじゃッ!!」
がしかし、そんな周囲の心配などお構いなく、雅は刀の柄を握り込む。
身体がボロボロで死に掛かっている事に間違いは無い、だが声だけはやたらと自信有りげである。
殴られ過ぎて頭が壊れてしまったのだろうか。千賀丸はそう心配に成ったが、もう何と言って止めれば良いのか分からなく成ってしまった。
そして間に立つ少年が居なくなった二人は、急速に第二ラウンドへと向ってゆく。
「どうやら脳が揺られすぎて気が狂ったらしい。力士にも稀にいたよ……良かったな、お前は恐怖に怯える事無く死んでゆく」
「ハッ、恐怖も正気もとうの昔に腐り落ちておるわ。ワシは死んでも一向に構わん、唯その前に幾人殺せるのかという所のみが肝要じゃ」
雅は言葉通り完全に正気を失した声でそう宣う。そしてまるで蹌踉めき躓いているかの如き不安定な足運びで、彼の方より斬り込んでいったのであった。
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