第六話 地獄大横綱 雷峰
星5評価を頂けたので、今日明日と連続投稿です!!
評価して下さった方、誠に有難う御座いました。
「雅の旦那、本当に二人も相手にして大丈夫なのかな…………」
雅に早く次の獄門衆を連れて来るよう言われた千賀丸は、彼の安否に後ろ髪引かれつつ夜の街をコソコソと移動していた。
あの男が人外的なまでに強い事は知っている。
しかし共倒れに成ろうとも敵を殺せれば満足という雅の捨て身戦法を見ていると、目を離した隙にポックリ死んでしまいそうな危うさも同時に感じてしまうのであった。
だがとは言った所で、非力な自分では足手纏いになる以外には何も出来そうにない。
そんな当たり前の事実に直面した千賀丸は思考を切り替え、一先ずこの夜を生き延びる事のみに全力を傾ける事とする。
「…これッ、こんな夜更けに子供が出歩いてちゃならんじゃろ」
「 ッ″!?」
すると、その再び張り詰め直した千賀丸の神経に突如、掠れた高い声が引っ掛かった。少年はビックリして思わず跳び上がり、悲鳴混じりの声を上げる。
「ッうわぁ! だ、誰だッ!!」
「 誰だじゃ無か、この年老いた老婆めが先ある童を心配してはならんかえ? この町の夜は危険が沢山じゃぞ…」
その声は、前を通り過ぎかかった路地の奥より聞こえてきていた。
気に成り 千賀丸は路地をおっかなびっくり覗き込む。すると先程から雲が出て一層濃く成った暗闇の中、長い白髪がボゥッと浮かんでいたのである。
どうやら獄門衆が闊歩する夜に一人出歩いている少年見て、心配した老婆が溜まらず話し掛けてきた様であった。
「ああ、なんだ唯のお婆ちゃんか。あんまりびっくりさせないでくれよ、獄門衆に見つかったかと思って心臓止まり掛けたぜ」
「 ホホホッ、それは悪い事をしたの。じゃが見つかったのがワシで運が良かったと思わにゃ」
「それはそうだなッ。もっと注意して行動しねえと」
「ともかく、早くこっちへ来んしゃい。この町で夜に子供一人が歩いているなど殺してくれと言っておる様なものじゃ。 儂の家に匿ってやろう」
声の主が高齢の老婆だと分かり胸を撫で下ろした千賀丸へ向け、彼女は暗闇の中から髪と同じくらい白くて細い腕をヌッと伸ばし手を招いた。
家に入れてやるから此方へ来いという事であろう。
(……どっ、どうしよう)
そしてそれを受け、千賀丸は悩んだ。
雅は恐らくまだこの夜の中獄門衆と戦い続けている筈。それを差し置いて自分だけが戦場から離脱し、安全な場所で朝が来るのを待つのは如何な物であろうかと。
( いやッ、でもオイラが居なくても旦那普通に獄門衆を見付けてたしな…………)
しかし逃げ場を見つけた彼の死を恐れる部分はこれ幸いと、急速に自己を正当化させる言葉を脳内で生成し始めたのである。
先程、雅は自分が連れて行かずとも既に二名の獄門衆と遭遇していた。寧ろ自分が連れて行ったせいで、複数の獄門衆を一度に相手取らなければいけなく成ってしまったのだ。
それは己の行動が状況を悪化させてしまったと言っても過言ではないだろう。
それならば、もう下手に動かない方が良いのでは?
きっと旦那としてもその方が自由に動けて助かるだろう。自分の役割は、獄門衆を一名連れていった時点でもう終了していたのだ。
「………………………ああ、頼むよお婆ちゃん。夜が明けるまでちょっと匿ってくれ」
そして結局、 千賀丸は雅より一足先にこの夜の町から抜け出すという選択をしたのであった。
「 うむ。ささ…早くこっちへ来んしゃい。ささ、早く、急いでおいで。早く早くこっちへ来んしゃい」
少年がご好意に甘えるという判断を下すと、闇の中の老婆は手招きを一層早くする。
その手の動きが妙に急でいる様に少年の瞳には映った。だが 彼女も外へ出ている以上身を危険に晒しているのだ、焦るのも当然であろう。
そう千賀丸は考えて、老婆が手招く真っ暗な路地に踏み入ろうと
ブォォォオオオオオオオオオッ!!
しかし、 彼が路地に一歩足を踏み入れた瞬間、まるで狙い澄ましたかの如く町を風が吹き抜けた。
そして更にその風が夜空の雲を動かして、月が彼らの頭上へと光を降らせ始めたのである。
「………………ッ″」
降り注いだ月光。それにより思いがけず全体像が顕となったその光景に、 千賀丸は愕然と言葉を失って立ち尽くした。
彼を手招いていた老婆は、それと反対の手に まだ血が滴っている包丁を握っていたのだ。
更にその身に纏う着物にも血飛沫がベットリと付着していて、長い白髪の隙間からは充血した目とニヤニヤと吊り上がった口が覗いている。
それは、彼が暗闇の向こうに想像していた優しい老婆の顔では無かった。
正気を保っている人間には決して作る事が出来ない、精神が狂気へと振り切れた表情。
本能で察した、コイツは自分を殺す気だと。
「………うッ、うわああああ″あ″あ″あ″″!!!!」
強張り閉じていた声帯が急に開いたかと思うと、其処から一気に止めどなく悲鳴が溢れる。そして弾かれた様に、千賀丸はその老婆から距離を取る方向へと駆け出した。
「はあッ はあッ なんだよ一体……この地獄じゃ、年寄りの婆ちゃんすら警戒しなくちゃ成らねえのかよ!!」
一目見ただけで瞼に焼き付いてしまった狂気的な笑顔に、千賀丸は全身の毛が逆立ってゆくのを感じる。
優しそうな声に騙されて危うく殺される所であった。
あの老婆が獄門衆かそれとも落子かは分からない、だが少なくともあれは人殺しの目。風が吹くのがあと少しでも遅れていたら、自分は一体どう成っていたのだろうか。
これはもう当分 夜に一人で小便へは行けそうに無かった。
がしかし、 それでもあくまで相手は身体的に脆弱な老人である。流石に後ろから追ってきて捕まえる事は出来ないであろう。
そう考えた千賀丸は ある程度走った所で足を止め、乱れた呼吸を整えようと
「……………………………こっちへ来んしゃい………」
だがそこで、彼が偶々足を止めた場所の横に伸びる路地から、隙間風の如き音が聞こえてきたのである。
千賀丸は直ぐにその音が何であるのかを悟った。
だがそれを気のせいであると否定したくて、彼は再び強張り始めた首を動かし その路地の中を覗き込んだのである。
「……………………こっちへ来んしゃい…………こっちへ来んしゃい………儂を一人に しないでおくれぇぇええええ!!」
すると其処には、 つい先ほど後ろの路地に居た筈の老婆が、同じようにニッタリと笑顔を浮かべながら此方を手招いていたのであった。
「…………ッ ぎ″ゃ″あ″あ″あ″あ″あ″ッ!!!!」
そんな訳の分からない気味が悪過ぎる光景に、千賀丸はとうとう恐怖が限界を超える。
呼吸が整うのも待たず、老婆が居るこの路地から距離を取ろうと一目散に駆け出した。
「……こっちへ来んしゃい………こっちへ来んしゃい…………一人の山は冷たいぞえ」
「嘘 だろ…ッ!? どう成ってんだよこれッ!」
しかし、幾ら走っても千賀丸は老婆を引き剥がす事は出来なかった。夜の町を走って曲がり角の前を通過する度、その全ての路地に此方へと手招きをする老婆の姿が有ったのだ。
しかも 姿が有るだけでは無く、徐々に徐々に老婆と曲がり角との間にある距離が詰まってきていたのである。
「こっちへ来んしゃい……こっちへ来んしゃい……育てた我が子に捨てられた悲しみ埋めておくれ」
それは恐らく、この老婆の獄門衆が持つ業の力なのだろう。
だがそんな事が分かった所で今の千賀丸には何の助けにも成りはしない。唯この老婆が少なくとも十人は獄門衆を殺していて、逃げるのが限りなく不可能に近いという絶望が突き付けられるだけであった。
「こっちへ来んしゃい…こっちへ来んしゃい…醜い大人に成る前に、かわいい子のままで死んどくれ」
気が付けば、老婆はもう声の一言一句がくっきりと聞き取れる程の距離まで接近してきていた。
その声には怒り・悲しみ・寂しさ・憎悪・愛情等々の感情が複雑に絡まっていて、聞いた者の鼓膜にしがみ付いて離さない。
口減らしとして実の息子に山へ捨てられた老女の怨念。それが彼女の業にも現れている様であった。
………………………ッ ガシ″″!!!!!!
「うわぁ″あ″あ″!!!!」
そして遂に、老婆の伸ばした手が千賀丸の身体へと届く。枯れ枝がごとき指が肩の肉へミリリッと喰い込み、その小さな身体を地面へと引き倒した。
さらに其処から右腕一本でとても見た目からは想像できぬ怪力で少年を押さえ付け、左手に握った包丁を振り上げる。
「……ぁ″…あ…………ぁぁ…ッ !」
「 アハハハッ、そんなに怯えた顔せんでも大丈夫じゃ。人は皆母の腹から産まれてきた、じゃから元に戻るだけじゃよ。細切れに成って母の中に帰りんしゃい。 アハッ、 ハハハッ…ギャハ″ハ″ハ″ハ″ ハ″ハ″″ハ″″″ハ″″″″ッ!!!!」
地面に押さえ付けられ身動きが取れない。その今までにない程身近に感じた死に 千賀丸は恐怖で声も満足に出せなくなる。
そしてそれを感じ取ったのか老婆はまるで泣く赤子を慰す様に千賀丸へと囁き、直後完全に正気を失した笑いを夜空へ響かせた。
( 駄目だ、終わった…殺されるッ!!)
その命乞いなど通じる筈もない振り切れた狂気に、少年はもう無理だと自らの命を諦める。
瞼を閉ざし、逃れ得ぬ死を受け入れた。
そうして等々 老婆の手に握られた包丁が千賀丸の首へ向けて振り下ろされ
「 ん、どすこおお″い″″ッ!!」
……ッズ ド″オ″オ″オ″″オ″″″ン!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「………………………………………………え?」
しかし、両目を閉ざし暗闇の中で死を待っていた千賀丸の鼓膜を、突如爆発が如き轟音と野太い雄叫びが揺らした。
その思いもしない音に、少年は思わずもう二度と開くことは無いと思っていた瞼を開ける。
すると 今まさに自分を殺そうとしていた筈の老婆が、 風に舞い上がった木葉のごとく宙を貫き吹っ飛んでゆくという、 衝撃的という言葉では余りある光景が目に飛び込んできたのだ。
一体何があれば最後に見たあの光景から今に繋がるのかと言葉を失う千賀丸。
がしかしそんな彼の横で、この光景を生み出した張本人は豪快に肩を揺すって高笑いを上げたのであった。
「4つ…5つ…6つ…7つッ! もう7つ目か、やはり今日は景気が良いな。 ガッハハハハハ!!!!」
地獄大横綱 雷峰。獄門衆の中でも指折りの実力者であるこの男が、今夜の参加者で最多となる七人目の犠牲者を生み出した。
灰河町バトルロワイヤルもいよいよ終盤戦。
夜空の下には強者のみが残り、戦いは益々苛烈を極め地獄の深みへと落ちてゆく。
お読み頂き有難うございます。
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