番外編 不動尊
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「済まぬのう、福寿朗。 ワシを恨んでくれ…」
地面に横たわり己の血潮に沈んでゆく弟子へ、師匠は出来る筈の無い事を言った。
寧ろ恨まれなければ成らないのは自分の方であろう。頭領である不動尊の指示を無視し、師匠に生き残った最後の教え子を殺させるという最大の親不孝を犯したのだから。
だが、どうしても許せなかったのである。
仲間たちが、師匠が、まるで存在すらしなかったかの如く歴史の闇に葬り去られてしまうのが。
千剱岳の忍仙は遥か昔から日ノ本の裏で暗躍し歴史を左右してきた暗殺集団。そして二百七十年も続いた平和な世が終わったこの幕末、自分達は錦の御旗を手にやってきた西の侍達に味方していた。
千剱岳はこれまで一度たりとも金や恩賞目当てで動いたことは無い。
全てはこの国の安寧のため、歴史が大転換を求めた時その汚れ仕事を背負い込むために存在する。それが遥か昔より続く自分達の誇りであり、太平の世で同業者たちが消えゆく中忍の術を継承し続けて来た訳だ。
だから、今回の師匠が下した決断に文句は無い。
欧米列強の干渉を受けず独立を維持する為 国の構造を根底から変革し西洋に負けない強国にする。その目的を良く理解して、兄弟子や弟弟子たちは死んでいった筈。
それ故これは、恥ずかしながら生き残ってしまった自分の未熟な我儘である。
様々な犠牲を払い維新が成され新政府が樹立した折、千剱岳へと百両の章典という名の口留め料と密勅が届けられた。
そしてその密勅の内容とは、先の動乱で千剱岳が行ったあらゆる仕事の口外を禁じ、死んだ者達を社で祀る事も、墓を建てる事も、名前を残す事すらも禁じるという物だったのである。
それはたった紙ぺら一枚の文章であったが、新政府の連中の金さえ貰えれば満足なのだろうという 見下した視線を感じ取るには十分であった。
自分はただ 知って欲しかったのである。
この国を作ったこれほど強い名も残さぬ男達が居たのだと。卑怯者だと罵られる自分達がどれほど崇高な目的に生きていたのかを。侍共の掲げる大義やお題目がいかに見せかけ倒しの偽物に過ぎないのかという事を。
だから新政府の要人を暗殺し、 その腸にこの穢れた小判を押し込んでやれば、 それが少しは伝わるかと思った。
だが同時に、そんな馬鹿な自分を師匠が止めてくれる事も 何処かで期待していたのだ。
政権樹立が成ったとはいえ未だ情勢は安定していない。
此処で自分が要人を暗殺すれば、政府の正当性を損ねるような仕事を明かせば、 それが新たな戦乱の火種となるやも知れぬ。
戦乱が長引けばその分国力は落ち、近代化も遅れる。それはきっとこの国のため命を捧げていった同胞達の意志に反する事だ。
本当は分かっている、自分達は何も残さず消えるのが正解なのだと。
しかし、それを虚しいと思ってしまう自分は修業が足りないのであろうか? 死んでいった仲間達の事を覚えていて欲しい、そう思うのはそんなに愚かな事なのだろうか?
感謝してくれとは言わない。ただ光ある所には影があるという当たり前の事実を知っていて欲しい、そんな感情は不要な物なのだろうか。
「いいや、お主はワシの自慢の弟子じゃ。何も間違ってはおらんよ」
体内の血液が殆ど流れ出て 声も碌に発せなく成った自分の言葉をまるで聞き取れているかの如く、師匠が言った。
それはきっと、名前も知られず下劣な卑怯者として死んでいった弟子達全員が欲しかった言葉であろう。
そうして等々身体が動かなくなり、目も見えなくなり、唯耳で聞く事しか出来なく成った自分へと 師匠は意を決した様に宣言したのであった。
「福寿朗、お主に第二十七代不動尊の名を授ける。お前こそ正真正銘最後の不動尊、千剱岳の化身に相応しい最も気高き忍仙よ」
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