第四話 灰川町⑦
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神社で力士による思わぬ余興を見た千賀丸と翁は、その後灰川町で最も大きな通りに出た。
そこも煌びやかとまでは呼べぬものの、それでも幾種類かの商店が立ち並ぶ活気を纏った場所。翁によると、この通りは集落の住民というより外部から入ってきた人間を客とし商いを行なっているらしい。
しかしそんな正しく町の中心と呼べる場所にも関わらず、道行く人の顔はどこか焦っている様だった。
迫る夜の気配に歩調を早め、日の高度と比例するように通りからは人影が消えてゆく。
「うめえぇぇ″ッ!! この団子めちゃくちゃ美味いぞ翁、現世で食ったのより何倍も!!」
「そうか。それは良かったのぉ」
「翁も一本食ってみろよ。ほらッ、ほっぺが蕩けるぜ」
「いや、ワシは今腹が一杯じゃから遠慮しておこう。年を取ると胃が小さく成るのが困り物じゃ」
「…………奢ってもらって、独り占めってのは気が引けるな」
「ホホッ、その気持ちだけで充分じゃよ。団子も本当に美味いと思う者に食われた方が幸せじゃろうて」
何となく急かされている様な茜空の下、買って貰ったみたらし団子を一口にした千賀丸が もう一串を翁へと勧める。
しかし老人は顔の面を外さず、その一串も少年に食べさせたのであった。
そんな翁の口振りは食欲が無いというより、自分は味の美醜が分からないと言う風に聞こえる。
「…そう美味い美味いって食べて貰えると、こっちとしても作った甲斐が有るわね。ほらこれ、オマケしてあげるッ」
いつの間にか自分達だけに成っていた通りで孫と祖父のような会話を二人がしていると、茶屋の中から店員が出てきて話し掛けてくる。
そして千賀丸の皿へ餡団子を置き、茶のお代わりを注いでくれた。
「うわぁ、ありがとう美人の姉ちゃん!!」
「ウフフッ、煽ててももう団子は出ないわよ。それで今日のは最後だから」
茶屋の店員の女性は飾り気のない、しかし何故か目を惹く男勝りな印象の美女であった。そんな彼女の美貌を千賀丸は素直に誉めただけなのだが、おべっかと受け取られてしまったらしい。
「別に、そういうつもりで言ったんじゃ無いんだけどな……あ〜んッ」
女子を褒めるのって難しい、そんな事を思いながら少年はオマケの団子も豪快に一口で頬張る。
「 翁様…この子は?」
ほくほく顔で舌鼓を打つ千賀丸の後ろ、店員の女性が翁に声を顰めながら訪ねた。
その声色は、唯知り合いが子供を店に連れてきただけにしては深刻気である。
「うむ、照姫お主の察し通りじゃ。何故かこの歳で無間地獄に落ちてきてしまった迷い子じゃよ」
「まさかッ、こんな小さい子供の獄門衆なんて。………一体何があったらそんな事に」
「さあのぉ、ワシにも考えが及ばん。この地獄では現世にいた頃の話は尋ねんのが不文律じゃしな」
「それはそうですが。でもッ…」
「もし仮に、 分かったところでワシらには何も出来んじゃろ。助ける事も出来ぬ人間が悪戯に同情するなど、傷口に塩を塗り込んでおるのと変わらん」
「………………」
「ワシがこの子にしてあげられるのは団子を奢ってやるのが精々じゃ。どんな理由であれ、一度無限地獄に落ちた以上は神や仏ですら救いの手を差し伸べてはくれん。自分の力で這い上がる…それが正しいのかも分からぬが 」
翁はそう力ない声を茶屋の女性 照姫に返し、飲む気もない茶を掴んだ。
そしてすっかり冷め切った温度を掌に感じ 無意味にまた元の場所へ戻そうとしたその時、 団子を呑み込んだ千賀丸がその空に成った口で叫んだのである。
「あッ! 翁、向こうからお神輿が来てるぜ!! やっぱり今日って何かの祭りだったのか?」
「 神輿?? はて、そんな話も聞いてはおらんが……」
湯気のない湯呑みの水面を眺めていた翁は、その高い声を聞いて視線を上げる。そうして千賀丸が指差していた方向を見ると、確かに神輿のような影と行列が目に映ったのだ。
そこで、何か聞いていたか思い出そうとしつつその神輿を眺めていると、夕日の紅い光の中ゆっくり近づいてくる行列が 詳細を目視できる距離に入ったのである。
「……………………千賀丸、アレは駄目じゃ。見ちゃならん。ワシが良いと言うまで顔を伏せておれッ」
「へえ? …うわッ!」
その神輿の正体に気づいた翁は、面の下の目を見開き慌てて見るなと警告する。
がしかしまだそれを神輿だと思い込んだままな千賀丸。そんな彼の目を、照姫が手で強引に覆い隠した。
柔らかで細い感触に少年は肩を跳ね上げる。
「なッ、何だよ二人とも急に。オイラに意地悪してんのか?」
「意地悪ではない。とにかく、これからワシが良いと言うまで絶対にその状態から動いては成らんぞッ」
突然目隠しをされた千賀丸は半分冗談のつもりで言ったのだが、それに返ってきた翁の緊迫した声で察する。
今何が起こっているのかは分からない。だがどうやら、彼の言葉に素直に従った方が良さそうだ。
そして千賀丸は口を真一文字に閉ざし、翁と照姫はその迫ってくる多数の人影を 警戒心剥き出しの瞳で見詰めた。
…アッ…………ッ……ハッ……………アハッ…………
千賀丸が神輿だと勘違いした物。その正体は、異形の存在を御神体が如く背負って歩く丸裸な男女の集団であった。
その男女の年齢は統一性なく、壮年の男、嫁入り前という風の女、白髪で皮膚が垂れ下がった老婆など様々。
更にその集団をよく見ると明らかに健康でない外見もあり、痛々しいデキモノが全身を覆っている者や皮膚が黒灰色に変色している者などが幾人か伺える。
しかし、その性別も年齢も外見も健康状態も異なる人々が、一つ異形の下皆同じ様に 此処ぞ極楽なり という笑顔を浮かべ歩いているのだ。
アハッ………アハハ…アハッハ…………アハハハッ…
そしてそんな行列の上に乗る異形。その姿はまるで未熟児が如く毛髪一本無いツルンとした身体をしていて、体の割には手足短く頭がデカい。
赤ん坊にも坊主にも人にも芋虫にも生き物にも無機物にも見える 奇妙極まりない外見だ。
更にその異形は部下か家来か関係定かでない老若男女に担がれながら、「ブブゥ……ブブゥ……ブブゥ……」という奇音を唇の隙間から漏らすのであった。
アハハハッ! アハッアハハハハッ! アハッアハッアハハハハハハハアッ!! アハッアハア″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ア″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″ハ″″″″ッ!!!!!!!!!
悪夢が如き、忌避感を禁じ得ないその光景を凍り付いたように眺める翁へと、行列は笑い声を上げゆっくり近づいてくる。
そうして巨大な蛇が鱗を落とすが如く病火に命焼き尽くされた人間を剥がしながら行列は彼の前へと到達、 停止した。
「…ブブゥ…ブブゥ……ブッ……………翁ぁ、聞けぇ」
五,六十は居ようかという集団にも関わらず合図も無しにピタリと静止した様子へ翁が更なる気味悪さを感じていると、異形が話しかけてきた。
見た目に似合わず、いや七尺は有ろうかという体格には似合っているのか、低い地響きが如き声である。
「群がぁ、近づいて来ておるぅ」
「……ッ!?」
「だからぁ、この町ぃ、もう終わりぃじゃぁ。僕ら教団はぁ此処を後にするぅよ。 ブブゥ……ブブ…ブブブ……ブッ……ブブゥ…………ブ………………………」
群が近づいて来ている。 それはこの地獄の住人にとって死刑宣告に等しい言葉。
それを善意か悪意かは分からぬが言い残して、異形とそれを支える行列は通り過ぎていったのである。
彼らは『悪の教団』。
この地獄における最大派閥にして、神にも仏にも見放された罪人達を不完全な救済によって苦しみから救う地獄のメシアであった。
「………群の接近、冗談にしては笑えませんね」
遠退いて小さく成ってゆく行列を視線のみで見送り暫しの沈黙を挟んだ後、照姫が重い口を開いた。
その声は心無しか、若干震えている様である。
「 冗談に成ってくれるのなら幾らでも笑ってやるわい。じゃが残念なことに、奴らは洒落が通じん事の方で有名じゃからの。……事実として腹を括るしかない」
「まさか、 迎え撃つつもりですか?」
「フフッ。どうせ死んでも死ねぬ身じゃ、精々派手に使い潰してやるわい」
「でも 貴方一人ではどうしようも無いでしょ? 群の規模がどれ位かは分からないけど、個人で如何こう出来る物じゃない」
「そこは無い頭を振り絞って考えるわい。幸いここは殺し争いの達人だけなら事欠かぬ地獄の底じゃ、この町の獄門衆どもを上手く使えばなんッ」
「なあ翁〜、オイラいつまで黙ってれば良いんだ? 何でお神輿見ちゃいけねえんだよーッ」
突如知らされた町の危機に表情を深刻にして話し込み始めた大人たち。その会話を、少年の甲高い声が遮った。
まだ先程の醜悪な行列を祭りの神輿だと思い続けている千賀丸が、痺れを切らし遂に口を開いたのである。
「あッ、ごめんね。もう目を開けていいわよ」
「すまんすまんッ。つい話に熱中して、良いと言うのを忘れておったわい」
その声で照姫は慌てて手を離し、翁は誤魔化すように多少茶化して謝った。
この話題はこんな道端で話す内容ではない、今は一先ずこの子供を夜が来る前に安全な屋内へと帰さなくては、 と二人は目配せのみで伝え合う。
「ちぇッ、オイラ世間話って奴は嫌いだな。 ところで何で目隠しさせられたんだ?」
「ホッホッホッ、そういうお祭りなのじゃよ。有難い御神輿を直視するなどバチが当たって目が潰れるでな」
「ほッ、本当か!? おっかねえ祭りだぜ…」
「そんな事より、これにて今日の町案内はお終いじゃ。約束通り夜が来る前に宿へと戻るぞ?」
「うん、分かった。 約束だからな」
翁の言葉を受けて素直に頷いた千賀丸の頭を、照姫が数度優しく撫でた。
「 それにッ、旦那に夜になったら起こせって言われてるんだ。もし起こし忘れたとあっちゃ…オイラ今度こそ斬り殺されちまう」
「フム、あの侍か………………」
そして千賀丸が雅のことを話題に出すと、翁はこれまでと少し違った声色で反応を示した。
表情が変わらぬ筈の面が何かを思慮しているかの如く見えたのは、少年の豊かな想像力故であろうか。
その後 照姫に手を振った千賀丸は翁に付き添われ、日が沈む寸前に雅が寝息を立てる長屋へと戻ってきたのであった。
そうして遂に、夜が訪れる。
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