第四話 灰川町⑥
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その場全員の予想を裏切り、 本気で子供を殺そうとしていると思って土俵に片足入れた大人たちの前で、 雷峰は盛大に頭から転んだ。
その光景を前にまるで日が西から登って東へ沈んだかの如く、境内の時が一瞬凍り付く。
「…………な″ッ、何という計略。まさか手からはたき落とされたフリをして、これを狙っていたとは。 完敗だ」
そんな中で、雷峰が地面に接吻していた面を上げた。
しかしその顔にはもう以前の怒気は陰も形もなく、代わりに心底驚嘆させたれたという表情が。そして全員の視線が彼へと注がれる中、地獄の大横綱は自ら完敗だと呟いたのである。
当の少年は一体何が起こったのか分からないという様子。
だがそんな彼へと、なんと更に雷峰は頭を地面に押しつけ謝罪までし始めたのであった。
「参りましたッ!! まさかこれ程までのご俊秀とは思いもせず、数々の無礼を働いたことお許しください。いや全く、 全く恐れ入り申した! そして当然約束通り…………この景品は全て、 貴方様の物でございまする″ッ!!!!」
雷峰はそう言いつつ土俵を出て、その脇に置いていた米俵と酒樽を持ち上げる。そして少年の前にドスンと置いて見せた。
そうして目に見える形で示された勝利の証に、これまで戸惑うだけだった男の子の顔へ遂に笑顔が浮かぶ。
大の大人達が幾度挑んでも弾き返されてきた壁。それをこの小さな英雄は知恵を使い、見事打ち破ってみせたのだ。
ッオ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″オ″″″″!!!!!!!!!!!!!!
そのまるで御伽噺が如き大金星に、灰河町の人々は我が事であるかの如く歓声を上げる。それはこの興行が始まって以来発された凡ゆる音を上回る、桁違いのエネルギーを秘めた大歓声。
土俵に立って積み上げられた俵を見上げる少年以外、誰一人得をした訳ではない。
しかしにも関わらず、皆が今目の前で起こった奇跡を心の底から喜び祝福していたのだ。
「 ささッ、ではこの雷峰めが米俵を家までお運びしましょう。酒はぁ……まあ酒屋にでも売って銭としましょうか。今日はご家族と一緒に、腹一杯白米を食べられますぞ!! ダ ハッハッハッハッハッハッハ″″″!!!!」
雷峰はそう言って米と酒を背負い、更にその上へ少年と弟妹達を乗せる。
そして豪快な笑い声を響かせながら、集まった群衆をゾロゾロとその後ろへ引き連れ神社から出て行ったのであった。
「 翁の言う通り、止めないで正解だったな。お陰で良いもん見れた」
「ホッホッホッ、この町の見え方が少しは変わったかの?」
人が消えた境内は、急速にその聖域としての清浄さを取り戻していった。
つい先程の欲望渦巻く様子との落差で余計特別に感じるこの静けさを壊さぬよう、たった二人残された千賀丸と翁は小声で言葉を交わす。
「……うん変わった」
「そうか。 一見どれほど醜く映る物であっても、良く良く目を凝らしてみれば価値を感じる物の一つや二つ見つかるものじゃ。蓮の花は泥中に咲くからこそ美しい。 目を凝らす、それがこの地獄で正気を保つコツじゃな」
「目を凝らす、 か」
そう翁は、千賀丸が今まで聞いたことの無いほど穏やかな音を口から発した。
その顔は面に隠されていて良く見えない。がしかしきっと彼の瞳にはこの世界が地獄には映っていないのだろうな、と思う。
「 なら、この町の価値をもっと感じる為に団子を食いに行かねえとなッ。いつの間にか日も傾いてきたし、急がねえと店が閉まっちまう」
「うむ。では最後に茶屋へ行って町案内は終わりとするかの」
思っていた何倍もの時間を神社で過ごしてしまい焦る千賀丸に急かされ、翁は老体を酷使する早歩きにて石段を降りていった。
そんな二人を見下ろす太陽は刻一刻西へと落ち赤みを増してゆく。
そしてその反対側、 昼の平穏を塗りつぶす真っ暗な夜がジリジリと地平線の向こうより触手伸ばし、 今にも町へ覆い被さらんとしていたのであった。
お読み頂き有難うございます。
話の丁度いい切れ目が此処でしか作れず、今回の更新は短い内容と成ってしまいました。その代わり本日の午後10時半にも更新致しますので、宜しかったらまた読みに来て頂けると嬉しいです。




