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第三話 町へ②

基本二日に一度更新。

『ブックマーク』や『評価』等々を一つでも頂けた日は翌日も更新します。

「…………………………………………………………………………………………………ッ″!」


 眠り、というより生死せいし境の行脚あんぎやより雅の意識いしきもどってきた。


 じわじわとがってくるまぶた。しかしそれが近くにひと気配けはいを感知した瞬間一気(いっき)に限界まで見開みひらかれ、もはや脊髄せきずい反射はんしゃの領域で枕元まくらもとに置いてある筈のかたなつかむ。

 そして、夕暮れ空のもとちにやいばきらめかせ、 頭上の気配けはいを一刀両断とばした。



「ッぎ″ゃあああああああ!?」



 さるごえの様な絶叫ぜっきょうと共に、ドタリッという何かのたおれるおとが聞こえる。そうして再び心地の良い静寂せいじゃくを取り戻した雅は、その得物えものさやへともどしもう一眠りしようと


「 旦″那″ッ!! それ辞めてくれよッ、何か斬られてねえのに背筋がゾクッてするんだよ!」


 しかし、もどしたと思っていた静寂せいじゃくが、再びキンキンとしたたかこえやぶられた。


 微かにおぼえの有る気がするこえおぼえの有る気がする手応てごた感触かんしょく

 それらに雅は、寝ぼけの霧が充満したあたまかしげる。


「………………」


 そこでこすって視界のボヤけを取り、腰が抜け地面じめんにへたり少年しょうねんを見て、ようやく彼の中で過去かこの記憶と現在げんざいの光景がかさなったのであった。

 雅は周囲しゅういをキョロキョロと見渡みわたし、木に掛けられた着物きものかたなを発見。尻餅を突いた千賀丸せんがまるよこ素通すどおりしてそれらを取りに行く。


「旦那、だからそれは未だ乾いてねえって。風邪引くぜ?」


「ふあぁぁ……ッ 知らん。ワシは風邪など引いた事がない」


 二度目の忠告ちゅうこくけ、当たり前の如く人間にんげんばなれした事を返す雅に 千賀丸せんがまるはもう何もくなってしまう。

 そうして何とかしり地面じめんからはなれた少年は火に掛けていたしるわんによそい、湿っている着物きものまとかたなす彼の足下あしもとへと 箸と共にく。



  そのわんを雅はしばし無言むごん見下みおろしていた。しかしはらっていたのか突然とつぜん無造作にばすと 口の中へ一気いっきんだのである。

 そして高速で咀嚼音そしゃくおんこえ ゴクリッと喉仏のどぼとけねた後、彼は目線を腕に向けたままくちひらいた。


「…………ワシは、今日だけで獄門衆ごくもんしゅうを二人斬った」


「 はい」


「…………獄卒ごくそつも一匹殺した」


「 はい」


「流石にもう殺し疲れたわ。今更お前の様な根性こんじょうなしを一人斬ってもまらぬから、今日は見逃してやる。 ありがたく思え。」


「……どッ、どうも」


 そして瞬く間にわんからにしてみせた彼は、美味いとも不味いとも言わず 自分じぶん感謝かんしゃしろとだけ言ってくる。

 こんなデカい態度たいどで他人の作っためしえる人間ははじめて見た。しかしそのころさないという確証かくしょうは 彼なりの飯へ対する代金だいきんなのかなと思い、千賀丸は苦笑いを浮べつつ調子ちょうしわせる。


 すると空になったわんち雅が近付ちかづいてたかと思えば、千賀丸から玉杓子たまじゃくしったくり再びうつわたした。そうしてその器一杯によそったしるを瞬く間にくちながみ、またうつわからになる。


「貸しなよ。オイラが一々よそってやるから」


 千賀丸がそう言ってばすと、雅は同じく無言でうつわ杓子しゃくしす。それが汁で満たされかえってると直ぐにまたんで、またす。

 そんな一連いちれんながれが暫く続いた。


 一見女が如くほそ身体からだに見えて、とんでもない大食漢たいしょくかんである。


「旦那、凄え量食うな。もしかして腹の穴から汁が全部零れてんじゃねえのか?」


 千賀丸がそう言うと、みやびは着物の襟を捲って本当にはらあなから汁がしてはいないかを確認かくにんする。

 冗談じょうだんで言ったのだが、まさかけられるとは。千賀丸はしそうに成るのを必死ひっしこらえる。



「…………腹が膨れた、寝る」


 まるでの容量が無限むげんであるかの如く一定のペースでわんし続けていた雅が、チラリとなべなかを見るなりきゅうにそうった。そしてからはなれ、先程着物や刀が掛けられていた根元ねもとへと行き寝転ねころがる。

 ついさっき気絶きぜつから覚醒かくせいしたばかりであるが、きるという事はいらしい。


 そうして仕事が一段落した千賀丸せんがまるがようやく自分じぶん食事しょくじを始めようとすると、なべなかには丁度椀一杯分だけしるのこされていたのだった。



「なあ、旦那はやっぱり獄門衆を狩ってるのか?」



 自分のめしをチビチビいながら、千賀丸せんがまるは牛になりそうな程ドテンと寝転ねころがって腹を摩る雅に 無視むしされるものと思いながらそうたずねた。


「 それ以外、此処じゃやる事が無いからな。さっきの奴で二十六にじゅうろく人目じゃ」


 しかしその質問に、意外いがいにも雅は欠伸あくび混じりなこえで答えてくれたのだ。

 一飯いっぱん恩義おんぎか、唯の気紛きまぐれか、将又()ながぎて頭が弱っているのだろうか。

 


 そんなおどはしめた少年を他所に、みやびが寝転がったままちゅうつかむ。するとそのなかへ紫色の表紙に唐草模様からくさもようの金装飾が施された巻物まきものあらわれたのだ。

その巻物はすべての獄門衆ごくもんしゅうがこの地獄に墜ちてきた瞬間よりっている、 『盂蘭盆ノ経(うらぼんのきょう)』 と呼ばれる経典きょうてんの一部が記された罪人ざいにんあかし


 盂蘭盆ノ経とは、 例え現世でゆるされざるつみおかしたものであろうと その全てを消し去り輪廻りんねもどしてしまう凄まじい霊力が込められたほとけおしえ。此処の人間達に言わせれば、無間むげん地獄じごくからすただ一筋の蜘蛛くもいとであった。


 巻物には獄門衆ごくもんしゅうを一人(ころ)ごとに経の一節いっせつまれてゆき、百人ひゃくにんころす事によって丁度経典(きょうてん)完成かんせいするように成っている。

 故にここの住人じゅうにんたちは自分と同じ獄門衆を探し、さい河原かわらがごとく殺し殺され幾度もやりなおし、経典きょうてん完成かんせいという遥か遠くの出口でぐちを求め争い続けるのであった。


 そしてみやび巻物まきものには、今日殺した二人を加えた二十六にじゅうろくせつの経がもう既にまれている。



「今まで 二十六人も殺したのか?」


「これまで殺してきた数なら、合わせて九十は行く。ワシは此処で幾度か死んでおるからの。…………現世まで含めれば、百は下回らん」


「やっぱり、経を完成させてこの地獄を出たいのか?」


「 この地獄が肌に合っておる、別に出たいとは思っておらん。獄門衆を狩るのは、ただ殺せば殺すほど己が強く成れるからに過ぎん」


 そう言うと雅は寝返ねがえりを打って背中せなかを千賀丸へとけた。


「そんなに強く成ってどうするんだよ」


「……下らん事を聞くな、この世に生まれた以上強くなる事以外に生きる理由などある筈もない。ワシは強くなる…そして嘗てワシを殺した四人よにん剣士けんしをこの手で殺し返してやるんじゃ。…そのため方々を旅しておるが………今日は、無駄むだぼねじゃった」


 雅にたたか理由りゆうを尋ね、返ってきたのは今の自分ではまった理解りかいできない回答かいとう。しかしそれでも少年はからないなりにかったようかおをして頷く。

 

 そして、話にたびという単語たんごてきたのを機に、千賀丸はけっして彼にとっての本題ほんだいす。


「なあ旦那、その旅ってやつにオイラもいてって良いか? オイラ役に立つぜッ。今日みたいにめしも作るし、洗濯せんたくもするし、雑用ざつようは何だって押し付けてくれよ。だからさ、荷物にもつちでも良いから一緒に連れてってくれないか?」


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………スゥ…スゥ…スゥ……」


 しかし、その本題に対する雅の回答かいとうく、ただ寝息ねいきだけが夜闇の下で響く。


 一瞬(たぬき)りだろうかとも思った。だが今日一日見たこのおとこの何でもかんでも真正面ましょうめんからてる性格的にそれはいと結論が出る。

 恐らくこの絶妙ぜつみょう頃合ころあいで、全くの偶然にねむりへちたのだろう。


「…………仕方ねえ、勝手に付いて行くか」


 そのつい先程まで血に塗れころいをしていたとは思えない綺麗きれい寝顔ねがおを見て、千賀丸は今日の内に追従ついじゅう許可きょかを得ることをあきめる。

 無理に起こして、またえないけんで首を斬られても溜まらない。


 そして千賀丸はすっかり空となったなべを冷たい夜のかわあらい、 彼もまた同じ様に、 野宿でねむりにいたのであった。


 

 

お読み頂き有難うございます。


もし楽しんで頂けましたら、『ブックマーク』と『評価』等々を宜しくお願いします。そしてそれらを一つでも頂けましたら、明日も新しいエピソードを追加させて頂こうと思います。


何卒応援のほど、宜しくお願い申し上げます


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