↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/52

第一話 地獄の底

 頭上《ずじょう》を覆《おお》う分厚い森《もり》の冠《かんむり》。その周囲取(と)り囲《かこ》む木々(きぎ)の勝手気ままに伸《の》ばす枝葉《えだは》をすり抜《ぬ》け、僅《わず》かな光《ひかり》のみがその場所《ばしょ》を照らす。

そして そんな木漏《こも》れ日《び》に浮かび上げられた見上《みあ》げんばかり巨影《きょえい》が、今まさに彼《かれ》へ向けて拳《こぶし》を振《ふ》り下《お》ろそうとしていた。




ッズ′′ ドオオオオ″オ″オ″″ン″″″!!!!!!!!!!




 つい一刹那(せつな)前まで踏みしめていた地面《じめん》が超質量の衝突によって爆《は》ぜた。

 辺りに飛び散った砂塵《さじん》、地面から這《は》い上《あ》がってくる振動《しんどう》、それらにより目前の赤鬼《あかおに》が自らを一切の躊躇《ちゅうちょ》もなく殺《ころ》そうとしている事がヒシヒシと伝わってくる。


(良いのお、最高じゃッ)


 しかし、そんな怪物が自らへ向ける殺意《さつい》に濁《にご》った瞳《ひとみ》を見て、雅《みやび》 は体《からだ》を横へと転《ころ》がしながら女と見紛われるほどの細面《ほそおもて》をニカリッと歪《ゆが》ませた。


 そして敵が振り下ろした拳《こぶし》を避《よ》けて崩れた身体を跳《は》ね起《お》こし、右手に刀《かたな》握り直して、左手《ひだりて》両足《りょうあし》の三本でもって地を蹴《け》り赤鬼へと突進《とっしん》。

 とても人の身では成し得ぬ獣《けもの》のごとき動《うご》き。それを天性《てんせい》のバランス感覚と、この世界に掛けられた呪《のろ》いの力《ちから》とで成立させる。


 更に駆《か》ける中で上体を起こし、一切速度(そくど)落とさぬまま三足《さんそく》から二足《にそく》歩行へと移行。

 顎《あご》の直ぐ下を地面《じめん》が吹《ふ》っ飛《と》んでゆく。身体の落下《らっか》する力を前への推進力《すいしんりょく》に変える瞬歩《しゅんぽ》の動き、それによって瞬く間にトップスピードへと突入。


 それは宛ら鼠《ねずみ》が人へと襲《おそ》い掛《か》かるが如く、体長7メートルを越す鬼の懐《ふところ》へと雅は飛《と》び込《こ》んだ。

 そして右手の刀を両手《もろて》に持ち替え、 纏った速度そのままに身体《からだ》を投《な》げ出《だ》すがごとく、 敵のくるぶし目がけ刃《やいば》を振《ふ》り抜《ぬ》いたのである。



ザ″″ッグ″ゥン!!!!



 肉《にく》を裂《さ》き 骨《ほね》を断《た》った音。鋭くしかし重い音が鼓膜《こまく》を揺《ゆ》らす。

 それだけで、雅は己の一太刀《ひとたち》が敵の左足《あしくび》を切断《せつだん》したのだと確信。


 そしてその確信《かくしん》へ大判《おおばん》押すかの様に、背後《はいご》より、鬼の巨体が地面と衝突する轟音《ごうおん》が響《ひび》いたのであった。


「 ハハッ…ハッ……アハハハハハハハハハハッ!! この地獄とはほんにクソな所じゃけれど、刀の切れ味だけは格別じゃのおッ」


 雅は身体《からだ》を半転《はんてん》させ片足《かたあし》を地面に突《つ》き、進み続けようとする己へとブレーキ掛けながらそう言《い》った。


 10メートルもない距離に異形の怪物《かいぶつ》が居り、その怪物の攻撃《こうげき》をギリギリで躱《かわ》し、そして逆にその片足《かたあし》を切断《せつだん》してみせた直後《ちょくご》 これ程屈託(くったく)なく笑《わら》える。

 この雅《みやび》という男は、狂《くる》っていた。



「グウゥゥゥゥ、フウッ……フルルルルルルル」


「おおッ、そうかそうか、ワシが憎いか。…なら殺してみろ化物。ワシは例え死んでも 己の行いに謝罪はせんぞ」


 

 起き上がろうとして転倒《てんとう》し、それで初めて自らの踝《くるぶし》より先《さき》が無《な》くなっている事に気付《きづ》いたらしい鬼が喉《のど》を鳴《な》らした。

 その何とも恨みがましい地響《じひび》きのような音《おと》、それを聞いて雅《みやび》は臆する事なく殺《ころ》してみろと宣《のたま》う。


「ルルルルルル……………………」

               ダ″″″″ンッ!!!!!!!!!!



 するとその言葉が通じたのか、言《い》われるまでも無《な》いと言うように、赤鬼《あかおに》は先程の意趣返《いしゅがえ》しが如く三足《さんぼんあし》で地を蹴り 突《つ》っ込《こ》んできた。


 その大質量にて轢《ひ》き潰《つぶ》さんとする無骨な突進《とっしん》には、流石の狂人も真正面から受ける事はしない。赤鬼が伸《の》ばして来《き》た手《て》を済んでの所で横に跳《と》び躱《かわ》し、そのまま背を向けて一目散に森《もり》の中へと逃《に》げる。

 しかし殺意《さつい》燃えたぎる叫びはそう簡単に彼を逃《に》がしてはくれない。刻一刻《こくいっこく》と大《おお》きくなる足裏へと伝わる振動《しんどう》で、敵《てき》が追《お》ってきているのが分かった。


 地面《じめん》を虫の様に這《は》い それで無くとも片足《かたあし》が無《な》いというのに、非常識《ひじょうしき》極まりない速度《そくど》である。



ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″


「グルル オ″オ″オ″オ″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″″ッ!!」


ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ド″ッ!!!!!!



 雅は身体の小さい自《みずか》らが有利《ゆうり》な、複雑に木立《こだち》が生《は》え並《なら》ぶ方向へと進路《しんろ》を向ける。

 しかし赤鬼は生半可な障害物《しょうがいぶつ》程度では物《もの》ともしない。体当たりで吹《ふ》き飛《と》ばし、幹の細い樹木《じゅもく》程度へし折《お》って、ゾッとする様な轟音《ごうおん》と共《とも》にどこまでもどこまでも憎《にく》き相手《あいて》の背を追《お》い掛《か》けてくる。


「……………………ッ″!!」


 そんな正しく命懸けな鬼《おに》ごっこの幕切《まくぎ》れ。それは唐突に 枝《えだ》蔦《つる》を掻《か》き分《わ》けた雅《みやび》の前《まえ》へと、見上げんばかりに行手《ゆくて》を塞《ふさ》ぐ岩壁《がんぺき》として現れたのだった。



 行《ゆ》き止《ど》まり。即ち万事《ばんじ》休《きゅう》すである。

 雅はその岩壁《がんぺき》の前《まえ》まで往生際悪く懸命《けんめい》に進《すす》むも、其処で心《こころ》が折《お》れたのか、まるで白旗《しろはた》を揚《かか》げるが如くその手に握っていた刀《かたな》を空中へと放《ほう》り投《な》げた。


 今更《いまさら》振り返り敵に斬《き》り込《こ》んだ所で、自分の背中目掛(めが)けて突《つ》っ込《こ》んで来《き》ている小山が如き巨体に跳《は》ね飛《と》ばされるのがオチ。こんな棒《ぼう》っ切《き》れ一本では何の役《やく》にも立《た》ちはしない。

 そう、全《すべ》てを諦《あきら》めた上での行動であろう。


 そんな何とも惨めで情けない仇《かたき》の行動《こうどう》を見《み》た赤鬼は、表情を厭《いや》らしく歪《ゆが》ませる。

 どうやって左足を奪った報《むく》いを受《う》けさせてやろう。どうやって苦《くる》しめてやろう。どうやって殺《ころ》してやろう。そんな下劣《げれつ》極まる思考《しこう》が、そのへの字と成った両目《りょうめ》に滲《にじ》む様であった。


 そうだ、このまま突っ込んで全身《ぜんしん》の骨《ほね》を粉々(こなごな)にし、息ある内に四肢《しし》を全て食《く》い千切《ちぎ》ってやろう。

 そう復讐《ふくしゅう》の方法《ほうほう》を決めた赤鬼は、もう抵抗《ていこう》する気力《きりょく》さえ無《な》くなったらしい背中へ目掛けて、一際強く地面を蹴り込み 突《つ》っ込《こ》んだ。


ッド″″″オ″オ″オ″オ″オ″″オ″″オ″″″ン ! ! ! !

               












                 ズパアァン″″ッ



 牛《うし》十頭《じゅっとう》分もの巨体《きょたい》が突っ込んだ衝撃《しょうげき》は、周囲の大気《たいき》を数秒に渡って振《ふ》るわせ続《つづ》けた。

 それは殆ど砲弾《ほうだん》の炸裂《さくれつ》が如くに砂煙《すなけむり》を立《た》ち昇《のぼ》らせ、そしてその中へと、確かに標的としていた背中《せなか》は呑《の》み込《こ》まれたのだ。


 人間《にんげん》等、先ず命《いのち》は無《な》いであろう。


しかしそれから数拍《すうはく》遅《おく》れ、赤鬼はまるで硬い木の幹へと鉞《まさかり》が振《ふ》り下《お》ろされたかの様な音《おと》を、自らの直ぐ背後《はいご》に聞《き》いたのである。

 そしてその音《おと》を境《さかい》とし、何故か突然身体(からだ)へ力《ちから》が入《はい》らなく成ったのだ。



「ほう、一撃では完全に割れておらんか…なんとぶ厚い頭蓋をしとるんじゃ」



 更に、自分がたった今体当たりで潰《つぶ》した筈《はず》の声が、同じく首《くび》の後《うし》ろから聞《き》こえてきた。


 雅《みやび》は何故か先程勝負を投げるが如く空宙《くうちゅう》に放《ほう》った筈の刀《かたな》をその手へ握《にぎ》っており、その刀身《とうしん》は宛ら天空より振り下ろされたかの如く赤鬼の後頭《こうとう》へと潜《もぐ》り込《こ》んでいた。

 しかし、刀を引き抜いて傷口から見えた頭蓋骨《ずがいこつ》は薄めの塀《へい》と見紛うほどに厚《あつ》く、落下《らっか》の勢《いきお》いに全体重を乗せ叩き込んだ斬撃《ざんげき》にも関わらず致命傷《ちめいしょう》には至《いた》っていなかった。


 身体をフルフルと震わせながら、まだ怪物《かいぶつ》は起《お》き上《あ》がろうとしている。



ズッパアァン″″!!!!!!



 しかし、僅かに浮《う》き上《あ》がった赤鬼の身体《からだ》を、再び後頭部《こうとうぶ》に振り下ろされた命へ杭打つような衝撃《しょうげき》が地面に叩《たた》き落《お》とした。


 まだ命《たま》は取れていない。そう分かるや否や、雅は先程斬撃を叩き込んで出来た頭蓋骨《ずがいこつ》の割《わ》れ目《め》へと再度《さいど》刀を振《ふ》り降《お》ろしたのである。

 そして今度は、骨の層を突破し僅かに中身《なかみ》へと届《とど》く手応《えごた》えがあった。



ズッパアァァン″″!!!!



 雅は繰り返し、表情一切変えずにめり込んだ刀《かたな》を引《ひ》き抜《ぬ》き、三度目《さんどめ》の斬撃《ざんげき》を鬼の後頭部へと振《ふ》り降《お》ろす。

 そして回数《かいすう》を重《かさ》ねる毎《ごと》に刃はより深く敵《てき》の急所《きゅうしょ》を侵《おか》し、赤鬼の動《うご》きを鈍《にぶ》くし、その命《いのち》に深刻なダメージを与えてゆく。



ズッ パ″″アアァァァ………………………………



 そして四発目《よんはつめ》が敵の後頭部を捉《とら》えた瞬間《しゅんかん》。雅は固く握った刀《かたな》の柄《え》より、確かに命《いのち》を両断《りょうだん》した手応《てごた》えが伝わってくるのを感じた。

 地面を引っ掻く様にして藻掻いていた赤鬼《あかおに》の動《うご》きが止《と》まる。巨体の奥底《おくそこ》より響《ひび》いていた地鳴りの如き音《おと》が消《き》え、怪物は物言わぬ骸《むくろ》として地面に横たわった。


ジュルウッ


 刀《かたな》を赤鬼の頭蓋骨から引《ひ》き抜《ぬ》くと、血《ち》やら脳漿《のうしょう》やら良く分からない物がドロリと糸《いと》を引《ひ》く。

 気が付くと、彼が纏う紺色の着物《きもの》は刃振るう毎盛大(せいだい)に撒き散らされる血飛沫《ちしぶき》によって真《ま》っ赤《か》に染《そ》まっていた。


「よし、わしの勝ちじゃなッ」


 しかしそんな事はまるで気《き》にも留《と》めず、雅はさながら親に駄賃《だちん》でも貰《もら》った子供《こども》の如く、童顔を歪めて笑《わら》うのであった。





 

 真《ま》っ当《とう》な感性を持っている人間《にんげん》など、此処には一人としていない。

 優《やさ》しさや思《おも》いやり、正義感《せいぎかん》など此処では死因《しいん》にしか成らないのだ。刀・槍・弓・銃、各々使う得物《えもの》は異《こと》なれど、皆須く生まれつき備わった人《ひと》の醜《みにく》さを武器《ぶき》に戦っている。


 此処は無間地獄《むげんじごく》。最も業深き大罪人《たいざいにん》共が落とされる地獄《しごく》の底《そこ》。

 そして輪廻《りんね》への帰還《きかん》を目指すモノノフ共が延々血で血を洗う争《あらそ》いを繰《く》り返《かえ》す、バトルロワイヤルの会場でもあった。

 


お読み頂き誠にありがとうございます。

基本的に二日に一度の投稿ペースで進めてゆくつもりですが、ブックマークや感想等々を多く頂けましたら投稿頻度を上げてゆくつもりです。


何卒、この先も楽しんで読み進めていって頂けたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。