封印師。
「キレイ……」
「あれって、竜? 雲?」
放課後の18時を回った校庭。
黄昏時も過ぎて宵闇も迫る日も沈んだ暗い空に、青色の雲が時折、音もなく稲光を放つのが見えた。
明日の新入生歓迎会のために体育館へ、足りないパイプ椅子を運んでた俺は、同じ高校2年の山崎さんと日野さんの声を聞いて空を見上げた。
「ま、まさか!?」
幼なじみの琴音と俺とは、代々召喚師と封印師の家系で。
こないだ、免許皆伝の儀を受けたばかりだった。
「ルーズネ、ルーズリオ、マホトルテ。我が命を生贄に、全てを灰燼に帰す炎を吐け。天空の覇者バハムル!! 世界を滅ぼせ!!」
「ぐっ!!」
間違いない。琴音の声だ。
空を割るような雷鳴轟く轟音が、俺の頭の中に響く。
召喚師と封印師は体内に施された術式の印が共鳴しあうから、否が応でも分かる。
「ハァ……ハァ………。琴音っ!!」
「あ? なに、由人?」
琴音の声が俺の頭に響いた2年A組の教室の扉を開くと、そこには、多重層体内魔法陣を胸から空に青白く映し出した琴音が、魔瘴風に長い黒髪を靡かせながら瞳の奥を赤く光らせて笑っていた。
「あ、じゃねぇよ、琴音っ!!」
「ハハッ! 私の気持ちも知らないくせに? それより見てよ! 私のバハムル!!」
バハムル──。
──竜王の名だ。
琴音はこないだ十七歳になったばかりなのに、もう竜王を召喚するほどの力を持っている。
「お前! 何やってんのか、分かってんのか!?」
「え? 世界を滅ぼすんだよ?」
竜王バハムルの渦巻く校庭の空から、暗闇の雲が雷鳴を放ち、魔瘴風が教室の窓から吹き荒れる。
琴音が、何もかもを忘れたように恍惚とした表情を、その赤い瞳に浮かばせると──、
──カーテンが千切れそうなほどの魔瘴風が、教室の机や椅子の何もかもを吹き飛ばした。
「ぐっ!! 近づけ、ねぇ……」
教室の窓から見える暗闇の雲。
その中から低く頭をもたげた竜王バハムルの口に──、雷の塊のような光の電玉が空気を引き裂くように咥えられている。
「や、ヤバい!!」
「世界も終わりね、由人? 私を止めてよ」
「え?」
魔瘴風が吹き荒れる教室の窓辺に、赤い瞳を光らせた琴音が、長い黒髪を掻き上げて俺を見つめる。
琴音の放った本心の中で矛盾した言葉が、心に突き刺さって俺の身体の奥深くを貫いた──。
「──体内封印術式、発動……。多重層結界陣【『常闇』】!! 竜王バハムルを校庭に! 術者、琴音を俺の胸へと引きずり込めぇっ!!」
(グオオオオォォォォォォ!! バルルルルルルル!!)
「ひゃっ! ゆ、由人──!!」
──最大出力。封印術式を限界まで解放した力。
空に渦巻く暗闇の黒雲とともに、竜王バハムルが竜巻状に校庭へと稲光を巻き込んで、多重層結界陣【『常闇』】の発動した暗黒の地面へと吸い込まれてゆく。
それと同時に、瞳を赤く光らせた窓辺に居た琴音の身体も、教室の扉の前に立つ俺の身体の体内封印術式へと、吸い込まれた。
「よ、と!!」
「きゃっ! ゆ、由人!?」
驚いた赤い瞳の琴音を見つめた俺は、封印術式に琴音が吸い込まれる寸前で術式を解除して抱き止めた。
「わり、琴音……」
「ん、ンー!!」
封印の口づけ。
魔に魅せられた術者の効力を奪いつつ、命を救うにはコレしかない……。
まあ、カタチだけなら救急隊員の心肺蘇生みたいなもんだし。
教室の床に両手をついて、封印術式で押し倒された琴音の柔らかい唇から、合わさった俺の唇へと琴音の竜王バハムルの召喚魔力が暖かく溶けるように入り込む。
けど──。
「ゆ、由人……。もう少し……」
「う、ん……」
合わさった琴音の制服越しの柔らかさが、いつまでも俺から離れずにいて、暖かさに埋めるようにして、俺は琴音の身体を抱きしめた。
初めての温もりが、琴音の温もりが──、ずっとずっと俺の体内封印術式よりも奥深くへと流れ込んで、今度は俺が魔に魅入られそうになった。
(琴音を虜にしたい──)
──代々、召喚師と封印師の当主同士が結婚するのは御法度だけど。
今だけは何もかも、これからのことなんて考えることなんて出来ずにいた。
大好きな琴音を目の前にして。