同じものを愛する同士
退社時刻を告げるチャイムがなり皆一斉に帰っていく中、梅小路は開発部のロッカールームにいた。
食品メーカーであるため各階にロッカールームはあるが開発部は私服のまま原案作成やミーティングなど制作の時期以外は使わないため誰もいないことが多いのだ。
梅小路は昼休憩の時間いっぱいまで探して手に入れた袋を手にまじまじと見つめてはニヤニヤとしている。
何を隠そう梅小路は幼少からこの会社の商品が大好きで入社前からネットや投函チラシを駆使し持てる時間を使って何件もお店をハシゴし発売日初日に新作の食品を食べることに生きる喜びを噛み締めできたのだ。
入社してから決裁の把握に勤しんでいたのは開発からの決済を知ることでより深く食品への愛情とより早い情報収集で美味しく新商品たちを楽しむためでもあるのだ。
そんな彼女の手には冷えていてもとろりとろけるチーズにこだわったチーズちくわである。
まずはパッケージを堪能していく。
冬の販売に合わせて作られた紺色のスプレー調の下地に散りばめられた雪の結晶とにっこり笑う雪だるま。
雪だるまの口元は蕩けるようなふにゃっとした線で半月を描いている。
いつもは中身がわかるよう透明部分から竹輪が見えるデザインが多いがイラストで断面からチーズが垂れているものが描かれ焦げ目のない純白な竹輪とオレンジのチーズが満月のようなお皿に拡がっている構図だ。
裏のバーコードは雪だるまの後ろ姿と降り注ぐ雪がバーコードになっているという手の込みようだ。
期待に胸を膨らませいざ、袋を開けようとした時。
「もしもーし才川ですよ~」
とノックと同時に才川が入ってきた。
驚き固まる梅小路とばっちり目が合った才川はなんでという顔をしたがそれよりも梅小路の手に握られたものに目がいく。
「あ~っ俺の愛する雪のちくわちゃんじゃないですか~」
いつもかる笑うだけの顔の彼が竹輪を見た途端目がたれニンマリと口角が上がり格段に弾んだ声を出す。
「え~梅ちゃんそれどしたの?今日先行発売だからこの辺売ってないよね?ね?」
いつも梅小路が怖いのか必要以上に喋ろうとしない才川はかつてないハイテンションで話しかけながら当たり前のようにその隣に座る。
「才川さんお疲れ様です。ご存知でしたか。そうなのです。この子今朝から探し求めていて今日のお昼休みにバス乗り継いでやっと手に入れた冷たいままでもとろけるチーズにこだわった竹輪なんです。確か才川さんのチームのでしたよね。」
思わず早口で話すと才川は笑顔でうんうんと頷く
「パッケージにもこだわりたくて駆けずり回ったのよ~。いつもの竹輪のパッケージのところにそんなチャラチャラしたものは認めんとか言われてさ。」
「実はもう2袋買ってあるのですよ。共用冷蔵庫に入れてたのでキンキンですよ。」
お1つどうです?と尋ねるとさらに才川の顔が輝いた。
「いいんっすか~?キンキンなの分かってますね~だからこんなとこで食べようとしてたんですかぁ。」
カバンから出したものを才川に渡しハサミを取り出す。
「ちっちっち~梅ちゃん。見てて。」
才川が袋を引っ張ると裏面の方が綺麗に一直線に切れていった。
「パッケージの見た目に拘ったの開けた時も綺麗になるように開発しッスよ」
「これは洗ってから飾りたい私みたいな人に優しい切り口。なんて優しい。」
自分を開けてみてその美しい開き口に感動していると芳醇なチーズの香りが漂う。
「キンキンなのにこんなに香り高いなんてこれで香料は入れてないのよね?」
「さすがッスね~メジャーじゃないけれどエポワスをちょっと入れてるんっすよ」
早速ぱくりと食べる。
竹輪の皮を感じることなく噛み締めるとチーズがトロリと流れ出てくる。
中のチーズは溢れ出ない絶妙な柔らかさのバランスが保たれている。
「才川くん。この竹輪皮を感じないわ!それにほんのり甘いのかしら。まってチーズが先になくならずにちゃんと竹輪と一緒に無くなるわようちの竹輪も歯切れがいいけどこれはもう溶けて言ってるのかしら?すごいわ」
「竹輪の焼き時間と温度を変えて中のチーズと併せて食べ終われるようにしたんですよ~。チーズの塩味が強いので塩を大幅に減らすことで魚の甘みがダイレクトに来る竹輪になってるんっす。」
梅小路がカバンを漁り袋を開ける。
「胡椒クラッチェル。合うと思わない?」
胡椒クラッチェルとは先週販売されたばかりの自社製品でプレッツェルの硬い歯ごたえのクラッカーで濃い胡椒がピリッと聞いたおつまみ小袋である。
「おー!思いつかなかったけど絶対美味いやつ!!」
それから30分ほど今までの商品のことを話しながら竹輪とクラッチェルを食べた。
「いや~こんなに語ったの久しぶりッスよ~。開発部飲み会の時だって俺の隣嫌がられますもん」
「私もよ。何件もハシゴするなんて私の中では当たり前なのにみんなに引かれるもん」
もうすっかり打ち解け互いに梅ちゃんゆうさんと呼びあいタメ口で話すようになった。
「梅ちゃんさ~週末暇?カフェ巡りしたいんだけどどうよ?」
「なにそれ面白そう!てか絶対面白いよね行く行く」
「梅ちゃんどこ住み?」
「えーっとグーグル・・・ここ」
「え?ちょー近いじゃんこのまま一緒帰ろ語り足りんわ。」
「じゃああそこのコンビニ行きたいの。あそこの・・・」
「チョコあられパフェでしょ同じこと考えてたわ~」
こうして2人の愛すべき自社製品と食べ歩きの会が始まった。