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僕達は店員に促されるまま、案内されたテーブル席についた。
荷物かごにショルダーバッグを入れ、席に着くと宝条は辺りをキョロキョロと見回した。
不意に宝条と視線がかち合う。
宝条は少しだけ気まずそうに目を逸らし、長い髪の襟足をくりくりと弄んだ。
「あ、えっと……ここに知り合い、いるから」
「……そうだったのか?」
なるほど、それで席に着くや否や落ち着きがなかったのかと合点がいく。
だが、いまいち得心を得ないこともあった。
宝条は俯き加減で目を逸らしたまま、ほんのりと頬を朱に染めている。
「ん? どうした宝条? 顔が赤いぞ?」
「は!? え!? ……そ、そうかな? 別に、普通だけど! あ、ちょっと店内暑いからかなあっ。暖房、効いてるし」
何故か慌てふためく宝条だったが、確かに彼女の格好ならば暑いと感じるのも頷ける。
季節は未だ暦の上でも揺蕩う空気も、秋の様相を呈している。
「……まあそうか」
「美咲、久しぶり! 元気だった!? ……て、城之内くんじゃない」
「椎名先輩」
僕と宝条の会話を遮るように颯爽と現れた元気のいい女性。
誰かと思えば僕の知っている人だった。
身長は女性にしては高めの170センチ。
スタイルも良く、顔立ちもスッキリと整っている。
高校二年生ながらに完成された美貌を誇っているが、本人はそんなことは鼻にもかけず、愛嬌があり、いつも元気いっぱいだ。
僕は正直こんなうるさいタイプは苦手だが、男子には人気があるんだろうなと思う。
彼女は同じ図書委員である高野先輩の友人で、度々顔を合わせていて面識があったのだ。
ここでバイトしてるとは知らなかった。
「え? 二人、知り合いなんですか?」
「あ、うん。一応ね。顔見知り程度だけど」
椎名先輩はにこやかに僕と宝条に視線を送りながら答える。
そういう仕様の人形か何かのように首を動かす仕草になんだこの人と思ったが、宝条は何故か椎名先輩のその様子にどんどん顔を赤らめていく。
「そ、そうだったんですね? あ、あの、先輩。例の物、後で渡して下さいね?」
「うんうん! 大丈夫よ! いや~……若いっていいわね~」
宝条の言葉に椎名先輩は頷いて、にやにやしながら宝条を見て、それから再びちらと僕を見た。
「な、何を意味不明なこと言ってるんですか!? 先輩っていつも意味不明ですよねほんと早く向こういってください意味不明なんで早く意味不明なんで」
何だかやたらと早口で捲し立てる宝条。
というかこいつ、こんなに早く喋れたのか。
ちょっとおっとりしたイメージがあったから意外だった。
「ふ~ん……ま、いっか。私、お邪魔みたいだから、とりあえず退散するねっ?」
そう言い椎名先輩はさささっと席を離れてしまった。
なんと言うか、風みたいな人だな。
ふと視線を前へ向けると宝条がじっと僕の顔を見ていた。
「ん? どうしたんだ? 」
「……いや……ごめんね? なんか」
「は? どうして宝条が謝るんだ? それに椎名先輩がああなのは前からだ。気にすることじゃないと思うが」
そう言う僕に宝条は首を横に振った。
その口元は笑んでいるので特に気に病んでいることもなさそうだが。
「だってさ、嫌、だったでしょ?」
「は? 何がだ? 嫌ならとっくに帰ってる。変なことを気にするな」
そう言い眼鏡をくいと押し上げる。
そんな僕を目を丸くし、ぱちぱちと2、3度しばたたかせながら僕を見る宝条。
「……そっか……良かった」
そうとだけ呟く宝条。
「……」
「あ。じゃあ食べようか? ここランチバイキングだから、お互いに食べたいもの持ってこよう?」
宝条はそう言い席を立った。
「ん? 城之内くん?」
「あ、いや。なんでもない。お互い荷物があるだろう。宝条が先に行け」
「あ、うん。……ありがとう」
宝条は少しきょとんとした顔をして、そのまま肉を中心に様々な食べ物が並べられている場所へと行ってしまった。
その後ろ姿を見送りながら僕は少しだけ考えごとをしていた。
だが頭の中ですぐにそれを否定する。
こんなことを悟られたら宝条が調子づくような気がしたからだ。
だから今感じたことは自分の中ではなかったことにしよう。
目の前の彼女の安堵するような表情に一瞬でも心奪われてしまったなどと、絶対に知られるわけにはいかない。