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土曜日。
麗らかな日射しと秋風が心地よい天気のいい日。
今日は学校がだったので僕は外出することにした。
あれから宝条とは特に会話はしていない。
まあ別にどうでもいいのだが、何故か気分が優れないのだ。
一時とはいえあんなに嬉しそうに話す彼女を見て、でも最終的に突き放した。
そんないつもなら他愛もないことが、今は尾を引いている。
僕としたことがそんな些細なことを気にするなんて一体どうしたというのだ。
高野先輩に話したのが原因か。
大して気にもしていないことだったのに、人に話したことで心に留めてしまった。それがいけなかったように思うのだ。
僕はそれでも最近の鬱血とした思いを振り払うべく、出掛けることにした。
何をするかというと、人間ウォッチングだ。
執筆活動には人間観察は欠かせない。
見たこと、感じたこと。それをノートに書き留める。
執筆のふとした時にネタ帳のようにそれを取り出して物語に役立てるのだ。
今日はどんなドラマに出会えるだろう。
いつものようにルーティーンに入ると幾らか気持ちが楽になった。
やはり物書きとしての活動はいい。
気持ちが落ち着く。
僕がよく行く場所は、最寄り駅である大久保駅前にあるショッピングモールだ。
ここでは家族連れやカップル、老夫婦や子供、学生など様々な年齢層の人達が行き交う。
そういった人達を観察するのは実に面白いのだ。
僕は特に人が好き、なんて気持ち悪いことは絶対に思わないが、人が何を見て、何を感じるのか、なんていうことを模索することは嫌いではない。
そしてある特定の人物にフォーカスを当てたりして、そこから想像を膨らませ、人間ドラマや恋物語などを考えたりするのだ。
これは僕にとっての癒しの時間だった。
一頻り午前中は人間観察をした。
気になったこと、感じたことをノートに書き留め、そろそろ空腹感で腹がぐうと鳴った。
僕はそこでふと顔を上げた。
「ふむ。昼食を食べて帰るとするか」
今いる場所から移動して、レストラン街のある棟へとやって来た。
僕の目的の場所。それは焼き肉屋だ。
「牛藤か」
お昼から焼き肉とはちょっと重い気もしたが、それも若いうちならではだろう。
それに昼なら焼き肉でもランチがあり、財布にも優しい。
そんなことを考えながら店の中に入ると、けっこう待ちの客が並んでいた。
やはり休日。混み合うのは仕方ないか。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
店員が私に気づいて声を掛けてきた。
中々に綺麗な女性だ。
愛想もよく、笑顔が似合っている。
その店員の話によると30分以上は待つそうだ。
待合室の椅子は全て満たされていたため、やはりとは思ったが、仕方ない。
「そうですか。では遠慮します」
僕は待たされるのは嫌いだ。
特に食事で待たされるのは我慢ならない。
空腹の中じっと自分の番を待つという行為には嫌悪しかないのだ。
それなら帰って家にあるもので済ませた方がよっぽどいい。
そのまま行こうとした時、去り行く背中に声を掛けられた。
「城之内くん!?」
目を向けるとそこにいたのは私服姿の宝条だった。
彼女は膝丈くらいのタイトな黒のスカートに、白地のもこもこのセーターと、なんとも女の子らしい格好をしていた。
偶然の出会いに、僕を呼び止めたものの宝条は目を丸くして驚いている
「……」
何と声を掛けたものかと悩んでいると、宝条は僕を見てくすりと笑った。
「ふふっ。相変わらずなのね。外でも無視するなんて」
「あ、いや。そういうわけでは……」
それでも宝条が笑ってくれてホッと胸を撫で下ろす。
そう思って僕は何を安堵しているのかとムカムカした。
「私次入れるんだけど、良かったら一緒に食べない?」
そんな提案をしてくれることは素直にありがたかったが、流石にそれはどうかとも思う。
「ぐうううう……」
そんな時、僕は思い切りお腹を鳴らしてしまう。
宝条は再び目を丸くして、僕を見つめていた。
「プッ! そんなにお腹空いてるの?」
「くっ……これは……」
言い訳しようとしたところにうまいタイミングで店員が次の客を呼んだ。
それはもちろん宝条のことだ。
「あ、すいません。一人増えて、二名になるんですけど、大丈夫ですか?」
「なっ!?」
宝条は店員にそう掛け合い、するすると中へと二人通されてしまった。
先程の綺麗な店員がにこやかに僕と宝条を見ている視線に若干目を泳がせてしまう。
というか焼き肉屋とはいえ、女性と二人で食事など、初めての経験だったのだ。