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次の日。

その日は案の定、宝条は僕に一度も話し掛けてこなかった。

誰かに訊ねて部誌を手に入れるつもりだろうが、そう簡単にうまくはいかないのだろう。

僕は胸がせいせいする思いで放課後を迎えた。

今日は図書室で執筆活動だ。

僕は図書委員に所属していて、週に一回図書室の当番をこなしている。

僕と同じ日に担当になったのは一個上の先輩の高野先輩だ。

彼女は同じく図書委員である一個上の先輩、君島隼人と最近付き合い始めたらしい。

というか僕は隼人先輩から一学期、ちょくちょく話を聞いており、けしかけたのは僕でもあるのでこれは確かな情報だ。

あの頃は二人の関係は煮え切らない感じで、どう見てもお互い両想いにしか見えなかったのに付き合うまでに無駄に時間を費やしていたものだから、端で見ていてうざったかったものだ。

今は付き合い始めて、いちいちのろけるのでうざい。

だから結局恋する男女とはうざいものなのだ。

腹いせに文芸部の部誌にはこの二人を題材にした恋愛小説を書いて載させた。

色々相談にも乗ってやったのだからそのくらいのリターンはあって然るべきなのだ。


「城之内くん、何かあった?」


唐突にカウンターに人がいなくなった頃を見計らって高野先輩が僕に声を掛けてきた。

彼女は眼鏡の奥に覗く大きな瞳を潤ませて僕を見ている。

僕は少し彼女が苦手だった。

いい人を絵に描いたような人柄で、後輩の面倒をすぐ見ようとする。

何故がそれにいまいち逆らえず、余計なことを言ってしまったりすることもあった。

小動物のようにちょこちょこしているから動物に対してそれなりに愛護心がある僕は、そのせいだと勝手に思っている。


「何もないですが?」


そう言う僕を見上げつつ、小首を傾げる高野先輩。頬に人差し指を当てる仕草がやはり小動物っぽいと思った。


「そうなの? ……何か、そわそわしているというか、とにかくいつもと違うなあって思ったから」


なんだそれは、心外だと思いつつ。ちょっと興味をそそられた。


「変なことを言いますねえ。僕がそんなにいつもと違って見えますか? 至って普通ですよ?」


僕は高野先輩を見下ろし、右手で眼鏡をクイッとやった。


「そうかな。城之内くん、今日ずっと落ち着かない感じだよ? 心のどこかで何かを気にしているような、そんな感じ」


「……」


心外だ。

僕は別に何も気にしちゃいない。

一体この先輩は何を言うのか。

でも高野先輩の僕の心を見透かしたような言動には僕自身胸に刺さるものもあって。

僕は不覚にもこんなことを言ってしまったんだ。


「先輩」


「うん?」


「僕はね。ただ、興味本位で嫌われようとしたんですよ」


「え、うん。」


「相手の反応を今後の執筆活動の参考にしようと思いましてね。どこにでもいる平凡なやつでしたし」


「小説のね?」


「適当に悪口言って追い返そうとしたら、逆に食いついてきまして」


「それって変わった子なんじゃないの?」


「そうなんですよ。変わってるんですよ。僕がことあるごとに無視したり、遠ざけたりしようとしても、めげることなく、しつこく話し掛けてくるんですよ。僕はそんなこと望んでもいないのに」


「うん」


その時夕日が射し込むカウンターに一人、返却の人が来た。先輩は何も言わずにそっちを対応してくれていた。

僕は構わずに話し続ける。


「挙げ句の果てには僕が書いた小説まで読みたいとか言い出しまして」


生徒の対応を終えた高野先輩が振り向いた。

赤い光が彼女の横顔を照らして少し大人びて見えた。


「それで?」


「断りました」


「断ったの?」


先輩は表情を変えない。

今日の先輩はいつもと違って妙に落ちついていてやりにくい。

僕の印象では恋愛沙汰になるとすぐに頬を赤らめて落ち着かなくなるうぶな女性という印象だったのだが。

いや、これは別に恋愛の話ではないが。

ただのクラスメートとのやり取りを先輩に話しているだけ。

思い通りにいかない彼女とのやり取りを、少しだけ吐露しているだけなのだ。

というか、なぜ僕はこんなことを高野先輩に言ってしまっているのか。

今更ながら冷静な思考が頭に浮かぶ。

でももういい。

面倒だ。話してしまえ。


「いや、正確にはわざわざ貸さないけど、誰かに借りるならいいと言ったんですよ。」


「……何か意地悪だね」


意地悪。

そんなことは先輩に言われなくともわかっているさ。

分かっていてやったんだ。何なら傷つけてやろうと思ってすらいた。

だから別にどうでもいいんだそんな事。


「……」


「でもそれを城之内くんは気にして落ち込んでいるんだね?」


「……は? 落ち込む? 僕がですか?」


僕は高野先輩の言い分を聞いて思わず鼻で笑いそうになる。

僕が落ち込んでいるなどと。そんな事あるわけがない。


「違うの?」


何だかそんな事を言われると途端に馬鹿馬鹿しくなった。

落ち込む? 考え込む? 僕が? 宝条のことで?

そんなの馬鹿にも程がある。

つまらん。

こんな話、やめよう。


「……ふふ」


思考する僕を見て高野先輩はくすりと笑う。

口に手を当て笑う様は上品な雰囲気が醸し出されるが、今回のこの笑みには胸がもやもやとした。


「何ですか?」


険のある僕の声音な慌てて高野先輩は顔の前で手を振った。


「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったの。ただ、何だか似てるなあって思っちゃって」


「似てる……?」


その言葉の先の意図するところが僕には分かってしまい思わず眼鏡をくいと上げてしまう。

先輩はあろうことか自分の彼氏である隼人先輩と似ていると言いたいんだろう。

そんな事あり得るはずがないだろう。

ふうと長いため息が漏れる。


「やれやれ、変なことを言いますね。冗談はそのくらいにしてもらっていいですか?」


「うん、そだね……ごめん」


言葉とは裏腹に、相変わらず微笑みを崩さない。

高野先輩は僕の心を見透かすように微笑んだまま、黙って僕を見つめている。

本当に今日の高野先輩はやりづらい。


「……何ですか」


「ううん。何でもないよ?」


ふるふると嬉しそうに首を振る高野先輩はやはり小動物っぽいと思った。

もう一度ふうと長いため息を吐く。

何だか凄く疲れたぞ。

結局僕はこんなことを自分から高野先輩に話してどうしたかったのか。どうするつもりだったのか。

そう考えると無性に馬鹿馬鹿しくなってきた。

もうこれ以上話すこともない。この話はこれで終わりとしよう。

それきり高野先輩とは宝条のことを話すこともなく、帰り支度をするのだった。

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